第17話 戦いの暗さを感じさせない
目覚めは悪かった。アルフィルクは質素で見慣れてきた自室の天井を見上げる。寝心地が良いとは言えないベッドに寝そべって。
昨夜のことを思い出す、オリジンビリーブとフォルティアと会ったことを。彼女たちから聞いた覚悟の言葉が頭から離れない。
殺されるかもしれないというのに、故郷の星の、友たちを弔うために命を使う彼女たち。
嘘のない言葉に自分の弱さがちっぽけに感じられて、アルフィルクは何を言うでもベッドのマットレスを殴った。
眠気などとうに無くなっていて、時計を見れば、早朝五時だった。他の軍人ならば、もう起きて業務を行っている頃だろう。
ミソロジア・ザフィーアのパイロットであるアルフィルクも一応は軍人の枠組みに入るが、クリフトンの配慮により少しばかり優遇されている。
一般的な軍人が行う業務を免除され、ザフィーアのパイロットとしてのみ行動するように任されていた。それはこの戦いに巻き込んでしまった詫びだ。
とはいえ、自由という訳ではない。アルフィルクはベッドから起き上がって、自分に用意された黒を基調としている軍服へと着替える。
出撃する時にはパイロットスーツに着替えることになるが、アルフィルクはどの服装も苦手だった。どれも戦うために存在しているかのようで。
嫌でも呼びに来るのは分かっている。アルフィルクは深い溜息を吐き出してから自室を出た。
無機質な通路を歩きながら真っ直ぐに格納庫へと向かう。すれ違う軍人や研究員から挨拶をされ、適当に返しながら。
クリフトンやフォルティアに挨拶をしたほうが良いのかもしれないが、アルフィルクはそうしなかった。
格納庫への扉を開ければ、ザフィーアの周囲には研究員と整備員が忙しなく動いていた。
モニターを凝視しながら研究員たちは話し、整備員はいつでも出撃できるようにザフィーアの機体を確認している。
そんな彼らの傍にポラリスはいた。モニターの傍で椅子に座りながら、いくつかの機器に繋がれて。
腕、手首、首、足首、額。なんの検査をしているのか分からないが、いくつもの線が機器とポラリスを繋いで、彼女は瞼を閉じている。まるで眠っているかのように。
なんだろうか。アルフィルクは此処に来てから暫く経つが、その光景を見たのは初めてだった。だから、気になって近寄ってみる。
「ミソロジア・ザフィーアとの接続、良好。調律値73.7% 安定しています」
「70%前後を維持できているな、これならば問題はない」
モニターを操作していた一人の男が持っていたタブレット端末にペンを走らせる。ふと、気づいたように振り返った。
少し長めのぼさぼさとした黒髪を後ろに一つで結った壮年の男は、アルフィルクに「よぉ、王子さま」と声をかけながら無精ひげを撫でて笑う。
タブレット端末をモニターの置かれたデスクに置いて、だらしなく着こなす白衣のポケットに片手を突っ込みながら男は、無精ひげを撫でていた手で手招きをした。
その態度に何をされるのかとアルフィルクは警戒しながらも、彼の傍に近寄ってみれば、ポラリスの瞼が持ち上げられる。
「アルフィルク、おはよう」
「あぁ……。何やってんだ」
「おいおい、おれを無視しないでくれよぉ」
「おっさん、誰だよ」
「四十を過ぎてるおっさんだけど……。 おれはタツノリ。このオリジンの副司令官で最高研究局長さ」
どうだと胸を張るタツノリと名乗った男にアルフィルクは、「なんて言った?」と聞き返してしまった。何せ、肩書が二つもあったからだ。
タツノリは「副司令官であり、研究局長でもあるってことさ」と、もう一度、教えてくれた。
どうやら、彼はクリフトンの次に偉い人間らしいとアルフィルクは認識する。
「その副司令官様は何をやってるだ?」
「あぁ、姫とザフィーアの調律値を計っていたところだよ。これは定期的にやる……メンテナンスみたいなものさ」
調律者であるポラリスはザフィーアにとって、自身のバイタルなど全てを調整してくれる存在だ。そんな彼女との調律が上手くいっていなければ、戦闘に支障が出てしまう。
それらを事前に見極めるためにこうして定期的なメンテナンスが行われているということだった。そういったことが判断できる数値を調律値というのだと。
「調律値は70%前後を維持できていれば、安定している。それよりも下回ると姫の体調がおかしいか、ザフィーアが損傷しているかのどちらかだ」
「100%とかって出ることがあるのか?」
「なくはないが、最大出力となるから身体に負荷がかかるんだ」
調律値が100%だから良いわけではない。常に全力を出せる状態というのは維持するだけでも身体に負荷がかかる。安全面を考えるならば、70%前後が身体にも影響がないらしい。
調律者というのは面倒なものだなとアルフィルクは思った。自分だけでなく、ザフィーアのことも考えなくてはならないのだから。
「王子だって、ザフィーアの神経を司ってるんだぞ。あんたが居なきゃ、ザフィーアは完全体にはなれないんだ」
「その、王子って呼び方。あのおっさんからだろ、始まったの」
「スーザリオだろ? そうだよ。いやぁ、姫の対は王子って面白いなぁって思ったからな」
ぴったりじゃないかとタツノリは笑う。こちらとしては笑い事ではない、王子などと呼ばれるほどの人間ではないのだ。そもそも、恥ずかしいわけで。
アルフィルクは「やめてくれ」と言ってみるが、「もうあいつが広めちゃってるから無理だろ」とタツノリに冷静に返されてしまう。
「変な愛称、つけやがってあのおっさん……」
「コーヒーおじさんは優しいよ?」
「姫、そういうことじゃないんだよ」
何が違うのと機器を取り外されながらポラリスは小首を傾げる。アルフィルクはこの感情を説明するのが面倒になって「大したことじゃねぇよ」と話を切った。
ポラリスは納得いっていないようで、眉を寄せながらうーんと首をさらに傾ける。
こいつは何を考えているか、本当に分からないとアルフィルクは彼女を眺めた。
「よう、姫と王子! コーヒータイムにしないかい? って、なんだその顔は」
「スーザリオ。今は丁度、お前の話をしてたんだよ。愛称が不満らしいぞ」
「なんだ、なんだ。王子は気に入らないか?」
良い呼び方だと思ったんだがなぁとスーザリオは、コーヒーの入ったマグカップをアルフィルクに渡す。
何が良い呼び方だとアルフィルクが「恥ずかしいだろうが」と愚痴れば、スーザリオは「すまんすまん」と謝りながら、もう一つのマグカップをポラリスに差し出す。
「そこまで恥ずかしがることはないと思うんだけどなぁ。まだ若いんだから」
「若さは関係ないだろ」
「そうか?」
「隊長、なにやってんすか」
エクエス機のパイロットスーツを着た青年が数人、やってくる。スーザリオは声をかけられて、「いやさぁ」と王子と呼ぶのを怒られてと話す。
それを聞いた彼らは「ほら、やっぱりなぁ」と呆れたような返事が返ってきた。だから言ったじゃないですかと。
「王子って愛称は恥ずかしいって思いますって、若い子は」
「そうだぜ、隊長。おれでも嫌だわ」
「なんだよ、お前らも反対かよ」
むーっと口を尖らせるスーザリオにアルフィルクが「あいつらは?」と言うように指をさす。
すると、「第一戦隊のエクエス機のパイロットだ」と、自分たちの部下を紹介してくれた。
二十代から三十代で構成されている第一戦隊は前線に出てザフィーアの支援をするのが役目だ。スーザリオは「四十代はオレと副隊長だけなんだぜ」と笑う。
「みんな、若くってなぁ。腕前もいいし」
「隊長に敵うのなんて、副隊長ぐらいっすよ」
「そうそう。おれらなんてまだまだ」
第一戦隊のパイロットたちはスーザリオに軽く突っ込みを入れていた。思った以上に雰囲気が良くて、アルフィルクは意外といったふうに彼らを見遣る。
そんな視線に気づいてか、タツノリが「スーザリオは良い上司って評判だからなぁ」と教えてくれた。
どんな些細な事でも相談に乗ってくれて、気遣ってくれる。責めることもしない、明るい上司だと。
「世話焼きなんだよ、スーザリオは」
「まぁ、俺らにも何かとつけて世話焼いてくるしな」
「おじさんの淹れるコーヒーは美味しい」
「嬉しいことを言ってくれじゃないか、姫」
オレはインスタントコーヒーですら上手く淹れられるぞと、得意げにしているスーザリオに隊員たちが「姫、下手におだてないでくださいよ」と眉を下げる。
調子に乗るとしつこいのだと言われてスーザリオが「なんて言った、お前らー」と返せば、ほらと面倒くさげに彼らに見つめられた。
お前らなぁとスーザリオが何か言おうとして、彼らは「さーて、おれらは持ち場に戻るかー」と逃げていく。そんな様子にタツノリは笑っていた、相変わらずだなと。
アルフィルクはそれを眺めながらコーヒーを飲む。ほんのりとミルクの味がするのは変わらなくて、落ち着ける。
「ったく、あいつらは……」
「まぁ、いいじゃん。こんな時でもネガティブにならずに頑張っていけているんだから」
「そうだけどよ……」
『ミソロジア・ザフィーアのパイロット及び調律者、第一戦隊から第三戦隊の隊長は司令部まで――』
会話を裂くように艦内放送が流れる。今は六時を過ぎた頃だ。アルフィルクは出撃かと、コーヒーを飲み干した。
「行くぞ」
「うぅ、全部飲めなかった……」
「また淹れてやるさ、姫」
さあ行こうとぱんっとスーザリオに肩を叩かれて、アルフィルクは片眉を下げる。
ポラリスはマグカップをタツノリに預けた。少しばかり残念そうに。
いってらっしゃいと見送るタツノリにポラリスが手を振ったのを見てから、アルフィルクは前を行くスーザリオの後を追った。




