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四十八話 見ている世界


 登場からここまで好き放題するアテナ。その足元では懸命にティーナの治療を続けるノクティアの姿が。吹き飛ばされた内臓は、魔力を用いた外科的治療との相性が良くなく。神官による治癒でなければ回復が難しい。


「う、うぅ……どうしてこんな酷いことを……」


 涙ながらに懸命に魔力を流し続けるが、欠損した臓器は修復しない。傷を塞ごうにも、損傷が激し過ぎてどこをどうすれば良いのかもわからなかった。


「治らないねぇ?困ったねぇ。さーて、どうする?私について来てくれるなら、その女を助けてあげるわよ。女神様の力でね」


 ドクドクと腹部から血を溢れさせるティーナの頭蓋を踏みつけるアテナ。


「やめて……!神様はこんなことしないでしょっ!」


 その足を振り払おうとするノクティアだが、アテナはビクともせず。ミシミシと頭部が軋みだす。


「やめて欲しかったらさぁ、私についてくるって言うだけでいいのよぉ?ほらほら……どんどん骨が凹んでいくの、見ててもわかるでしょ。人間の骨って、意外と柔らかいのよねぇー」

「いやぁ!ティーナお姉さんをこれ以上傷つけないでっ!!」


 ノクティアの悲痛な表情が嗜虐心を満たすようで、アテナは愉悦に口元を歪める。


 横で見ていた四条はあまりの悪趣味さに、盛大なため息をついた。


「はぁー。いきなり登場したかと思えば、アクセル全開過ぎませんか。女神様っていつからヤクザになったんです?脅すにしても、品性のかけらもありませんね」


 乱入してきて、幼い魔族の女子を虐めだすのは微塵も女神らしくない。


 このような上位存在が世界を管理していると考えただけで情けない気持ちになってくる。それも、元々は異世界サポートセンターの役員だったという話。


「……随分な言い様ね。人間を管理する女神に対して、あまりに無礼じゃなーい?」


 四条に向き直り、ようやくアテナはティーナの頭部から足をどかす。


「この世界に住む人々はイスタルテ様の大切なステークホルダーです。徒に命を奪うのは、如何に女神様といえどやめて頂きたいですね」


 イスタルテ案件の担当者として。現地人が外部の存在に脅かされるのは断じて許せない。特に、まだノクティアは完全に人間の味方とは言えず。ティーナの協力はしばらく必要だろう。アテナもそこは認識しているはずで、人質として最も効果があると判断したと考えられる。


「課長。とりあえず応急処置をしますので、治癒アイテムの使用申請をお願い出来ますか?状況的には許可おりますよね」

「わかった。すぐに申請する」


 四条はティーナの腹部へ粒子化した【ネームレス】を複雑に操り巡らせる。

 擬似的な血管の役割を、黒い粒子が管状に形成されて担う。これで延命するための血液循環は可能となった。


 ノクティアが治せず、四条が治せたのは経験の差が大きい。魔力で強引に傷を塞ぐくらいの処置しか出来ないノクティアに、血管を繋ぎ合わせる技術を求めるのは酷だが。


 桜井は四条ならばこの程度の臓器損傷も延命可能だと信じ、治療は一任し会社との連絡に集中する。


「すごーい、器用な使い方をするものねぇ」


 パチパチと手を叩くアテナ。


「【ネームレス】を応用して治療するだなんて、きっと製作者も考えつかなかったんじゃないかなぁ」


 感心しているのか、それともフリか。女神アテナは掴みどころが全く無く、一見好意的な態度に見えても信用は出来ない。


「ふむふむ。治すのでは無く、血管として代用しているのね」


 治療する四条の隣にしゃがみ、真剣に患部を観察するアテナ。


「……掃討部では、社員といえど死にかける場面は多くありました。このくらいの応急処置は出来ないと、チームの生存率も下がりますから」

「なーるほどねぇ。うん、一つのアイテムをいろんな用途に応用出来るのは偉いぞっ」


 思い出したくも無い過去。


 【社員証】による防御を突破してくる化け物達を相手に戦い続けた記憶。目の前でバラバラに引き裂かれた仲間を、今みたいに無理やり縫い合わせて救った場面は数えきれないほど。


 腹部の欠損程度は、重症にもカウントされない。


「その女に心を開くなよ、四条。かつて雨野社長を裏切って会社を去った、要注意人物だ」

「わかっています。心を開くどころか、次の瞬間には攻撃されるのではと身構えてますよ」


 連絡を終えた桜井が、四条に馴れ馴れしくするアテナを睨みつける。


「やーねぇ、終末対処部にいた子達は冷静沈着過ぎて。テンション低くてつまんないなぁ」


 異世界で女神と敵対する。


 そんな状況になれば、普通の社員だと社内へ強制的にテレポートさせられる。掃討案件や帰還対策など、異世界サポートセンターにはハイリスクな業務が多く存在するが、女神との戦闘はそれらを軽く凌駕してしまう危険度だ。


 四条と桜井は元掃討部の人間だが、今は対女神用の装備を整えておらず。ノクティア問題さえ無ければとっくに逃走している。


「アテナ先輩は、イスタルテ様に頼まれてここに来たんですか?」


 桜井は、イスタルテがいつまでも姿を見せないのもアテナが絡んでいると予想する。


「春華に質問されるのも久しぶりね」


 神であっても、懐かしいといった感情はあるようで。アテナはかつての後輩に優しく微笑む。ティーナと同じ人間相手とは思えない差がそこには存在していた。


「さっきも言ったよね。イスタルテと私は友達同士なの。最近、担当する世界がどこも大変って相談を受けててさぁ。ちょこっとお友達価格で現地調査に来てみたら、なんだか面白そうな魔族がいたってわけ。ラッキーって感じ?」

「……要するに先輩は、偶然このタイミングで現れたんですね?イスタルテ様から、ノクティアさんを異世界サポートセンターに渡すなと言われたわけじゃなく」

「うん。だって、考えてもみなさいよ。イスタルテからしたら、私がノクティアちゃんを確保しようが異世界サポートセンターが確保しようが、どっちでも恩恵を受けられるでしょ?敢えて異世界サポセンに渡すな、なんてお願いはしてこないよ。だからこれは、あくまで私個人がノクティアちゃんを欲しくてやってるの。競合他社には負けていられないからね」

「……なら、アテナ先輩に譲るわけにはいきませんね。イスタルテ様が方針を定めるまでは」


 ここまでのやり取りがアテナの独断であれば、ノクティアについての返答がイスタルテからも来る筈だ。

 二人の女神が友人関係であろうと、お金を貰ってサポートを引き受けている以上は他社へ重要人物を管理させては無責任。そして、もしもアテナがノクティアを独占して高額費用をイスタルテに請求してしまうなんて事があれば、色々とまずい。ノクティアを奪われた異世界サポートセンターに非があると責められかねない。


「課長の言う通り、イスタルテ様の信用を失うわけにはいきません。ノクティア様の件はすでにメールで問い合わせしているので、解答をお待ち頂けますか?もしもイスタルテ様がアテナ様へ引き渡すよう仰るなら、当社としては従うまでです」


 四条はティーナの応急処置を終えて、真正面からアテナと対峙する。後からやって来て横槍を入れてくる相手は、女神だろうが気持ちの良いものでは無い。


「今のノクティアちゃんの価値、やっぱり理解してないみたいね。イスタルテがなんて返事しようと、君たちには渡さないつもりなのだけれど」

「アテナさんとしては、世界を管理する女神の意向はどうでも良いと?」

「まあ正直なトコロ、このたった一つの世界をF案件化するだけってのはノクティアちゃんの無駄遣いかなって。異世界サポートセンターが斜陽産業になりかねない、そんなレベルだよ」


 温厚な魔族。あらゆる世界で魔族がノクティアと同じ思想を持てば、全てF案件となる。人間と魔族が争わなければチートアイテムなんかも不要となり、確かに異世界サポートセンターは売り上げ大幅減だろう。


「今からでも、求人サイト見といた方がいいだろうか……」


 四条の脳内に【倒産】と【転職】といったワードがよぎる。


「だからアテナ先輩にノクティアさんを渡しちゃダメなんでしょーが!」


 不景気に絶望しそうな部下を前に、桜井は緊張感の無いツッコミを入れざるを得なかった。

 場の空気が弛緩したタイミングで。桜井のアポロンシステムによるバリア内だというのに、何も無い空間から白い羽が舞い飛び、頭上から光が降り注ぐ。


「お待たせ致しました、四条さん」


 毎度下界に降臨する度に派手な登場を心がけるイスタルテ。今日も今日とて、登場アイテムを探していた分遅くなったらしい。


「イスタルテ様。ウチの製品でアイテムソート用の良いのがあるので、今度紹介しますね……。今日ばかりは、ちょっと早く来て貰えると助かりました」


 今回ばかりは早く来て欲しかった四条は、物をしまうのが苦手な女神様に便利グッズの購入を勧めた。


「う、すみませんでした。メール貰ってから、これでも急いだんですけど」


 出会ってからこれまで見た記憶が無い疲れた顔の四条に、イスタルテはやってしまったかと心臓を痛めた。


「そーよ、イスタルテってば来るの遅いって」


 気さくに片手を挙げながら友人を出迎えるアテナ。


「えっ!?どうしてここにいるの、アテナ」

「前にアンタが頼んだんでしょ?私に一度世界を見て欲しいってさ」

「そうだけど、来るなら連絡くらいしてよっ!こっちだって掃除とか買い物とか、色々あるんだからね」

「ごめんごめん!それよりもイスタルテ、異世界サポセンの四条君からメールあったでしょ?ノクティアちゃんの件なんだけどさぁ……」


 単刀直入。アテナは友人の立場も利用しながらノクティアを手中におさめようと切り出すと


「あの子がノクティアさんね……!四条さん、どうか彼女もサポートしながらこの世界を平和に導けますか?」


 今現在あらゆる担当世界が崩壊しかけているイスタルテは、ノクティアの価値を正しく理解した上で【A-27】でのみ彼女を活かそうと決めていた。


「イスタルテ?アンタいいのそれで。あのノクティアちゃんがいれば、別の世界や他の女神の担当世界さえ平和に出来るかもしれないのよ?」


 アテナがやれやれと肩をすくめる。本当にわかってる?と付け加えて。


「わかってるよ。そりゃ、他の世界は大変なんだけど、ノクティアさんはこの世界だけの存在だもの。そっちはそっちで四条さんやアテナにサポートして貰うから大丈夫!」


 魔王の娘を倒す事にあれだけ拘っていたイスタルテが、ノクティアを自分の世界に生きる尊い存在として扱っている。


「四条さんからメールを貰って、心優しい魔族が真実なのかノクティアさんが王都に来た後の行動を追ってみたの。彼女は人間と同じか……それ以上に清らかな精神の持ち主ですね」


 イスタルテは胸に手を当て、ノクティアという稀有な存在に心からの称賛を送った。四条と桜井、人間からすると全ての人間が心清らかと思われるのは疑問もあるのだが。


「もしや、ノクティアさんの行動を振り返っていたから遅かったのですか?」


 四条が聞くと、イスタルテは照れたように笑う。


「はい。魔族でありながら人間と平和に暮らそうとするノクティアさんを前にしたら、いい加減な私でも少しは女神らしいとこ見せなきゃと思いまして」


 そう言って、ティーナに手をかざすイスタルテ。すると、たったそれだけで重傷を完全回復させてしまった。


「ティーナお姉さんの傷が……!まさか、貴女は本当の女神様なのですか?」


 ノクティアが涙ながらにイスタルテを見上げる。


「申し遅れました。私は、女神イスタルテ。この世界に住むすべての生命を慈しむ存在です」


 背中から神々しい白き翼を広げた立ち姿は、ノクティアを心酔させるには十分過ぎる輝きを放っていた。


「イスタルテさん、良いのですか?現地に生きる存在を自ら回復させるなんて。神界では確か……」


 桜井がイスタルテの立場を心配する。


「大丈夫です。傷つけたのがアテナ……女神なので、ノーカウントでいけるかと!」


 ガッツポーズで返す女神。


「そう。イスタルテは……結局自分の世界だけが大事なんだね」


 誰にも聞き取れない声量でアテナは言う。


「ノクティアを研究すれば、神界さえ変えられるかもしれないのに……なんでわかんないのよ」


 友人ならば、わかってくれると思っていた。少なくとも、自分と同じ場所を見てくれると信じていた。

 けれどイスタルテの瞳に映っているのは、神界の未来ではなく、ただ目の前の小さな世界だけだったのだ。

 その事実だけが、アテナの胸の奥を静かに冷やしていく。


「イスタルテ、私帰るから」

「え?もう??もっとゆっくりしてけば良いのに」

「ううん、いいの。また来るね」


 引き止めも虚しく。アテナは来た時と同様、アポロンシステムを強引に突き破りながら


「じゃあね、春華。次に会う時は……」


 とだけ言い残して消えてしまった。


「次に会う時は……なんなんですか、アテナ先輩……」


 桜井は言葉の先が気になって尋ねるも、もう届く事は無かった。




 






 

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