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四十七話 URノクティア


 人類と魔族は共存出来ない。


 そのように【造られている】のだから、当然だ。どちらか一方が絶滅するまで世界に平穏などやって来ない。

 ノクティアの回答は四条と桜井からしても、まずあり得ないと考えていたもの。


「……マジでか。そんな事を言ってくれる魔族が存在するのですね」


 四条は聞き間違いでは無い。現魔王となったノクティアが、人類との共存を望むと口にしたのだ。集う魔力さえどうにかしてしまえば、もうそれで【A-27】世界は安泰。F案件化し、田中が戦う必要さえ無くなった。


「ノクティア、やっぱりあんたは変わってるねぇ。魔族でありながら、人間の貧困街を見にきて平和を模索するだなんてさ」


 ティーナはノクティアが人間では無さそうだと、初対面から疑っていた。確信に変わったのはここへ来てだが。


「そう? ……でも、お父様は常々おっしゃっていたの。人間は愚かだけれど、長寿で頑強な我々魔族が導き続ければ、いつかは野蛮さを捨てられると」


 幼い頃、父から聞かされた話を思い出すノクティア。


「野蛮……ですか」


 四条は珍しく、咄嗟に声にしてしまう。


 ここでは無い数多の世界で魔族を掃討した過去がそうさせた。が、それは仕事であり、魔族が人類に滅ぼされかけていたので仕方のない部分もあった。


「この子は貧困街で奴隷商人を目にしてね。王侯貴族が同じ人間を……幼い子供まで奴隷にしているのを言ってるのさ。金がない者は身を売る。身も売れない者は死ぬ。ここじゃ当たり前の事なんだけどね」


 どこの世界でも、魔族が魔族を奴隷にする事は基本的に無い。個体戦闘力が高く、長寿なので奴隷制度とはそもそもの相性が悪い。仮に奴隷を欲するのなら、人間を攫うのが一般的なのだ。数が多く、力は弱く、寿命も短い。理想的な労働力と言える。


「前魔王も人間を導こうって考えだったとはね。四条くん、この世界は……【前例】が無いわ」


 桜井は端末を操作し、どこかへメールを飛ばす。


「このような思考をする魔族がいるケースはかつて無い。異世界サポートセンターとして、【A-27】はこれより要監視案件とすべきよ」


 ノクティアは前代未聞の魔族。このケースを意図的に操れるようになれば、異世界サポートセンターの経営方針さえ変化する。


「たった今、イスタルテ様へメールを送ったわ。勝手に担当世界へお邪魔した謝罪から、ノクティア様についてもね。どうするかをメールか電話で返事してくれるまでは待機ねぇ」


 異世界サポートセンターにとって初めてのケース。つまりそれは、神々からしても初となる。雨野社長でさえ見た事が無いであろうノクティアの希少性は、掃討案件として片付けて良いレベルでは無い。


「ちょっと! ノクティアをどうするつもりだい? あんまり変な事に巻き込むんじゃないよ」


 話を聞いても理解が追いつかないが、ノクティアをどうにかしようと考えているのは感じ取れる。


 ティーナは両手を広げてノクティアを守る。


「安心してください、ノクティア様の安全は我々が保証します」

「……まず、あんたらが信用出来ないって話なんだけど」

「ですよね。一応、ノクティア様を正気に戻す為、サンドバッグになって差し上げた点を評価してくださるとありがたいのですが」

「ふん。で? いつまでこうしていればいいわけ」

「今、外に集まった魔力をノクティア様が吸収しないよう考えています。もう少々お待ちを」


 桜井のバリアが魔力を防ぎ、四条はノクティアを正気に戻した。ティーナとしても、田中や城の兵士よりは信頼出来る。言われるがまま、少し待つことにした。


 担当者として、四条はこの世界が掃討案件では無くなりそうで心底安堵する。


「ま、吉田さんだけは解決しなきゃいけませんがね」


 すっかり忘れてしまいそうだった吉田の存在。それから、アポロンシステムの外に集まった魔力。この2点だけをどうにかすれば、晴れてイスタルテ案件から解放されるのだ。


「そうねぇ。どこで何をしているのやらって感じ?」


 桜井も顎に指を当て考えている様子。未だに吉田の能力の解析も終わらないらしい。この世界と現実世界では時間のズレもあり、まだまだかかりそうだ。

 ノクティアはすっかり元気を取り戻しティーナと楽しそうに話している。魔族を王都から帰らせたら、以前の店で豆のスープを飲もうと相談中だ。


「こんな平和に終わるとは、少々拍子抜けでしたね」


 四条が「やっと帰れるよ……」と腕時計を確認し、しかし帰ったら帰ったでこの世界の処理をしなくてはと嫌な気にもなった。そこは自身より事務処理に長ける三ツ橋に助力を願おうかと考えつつ。


 そこへ


 バチバチッ!! 


 アポロンシステム表面に青白い火花が走る。

 本来、神格攻撃すら遮断する橙色の障壁が……軋んだ。


「アポロンシステム……/Type-Haruka、流石に通り抜けるのは難儀するわね」


 スーツ姿の細身の女性が、桜井の展開するシールドをすり抜けるように侵入して来た。青い髪を肩まで伸ばし、モデル顔負けの美貌を持つ人物。


「どちら様ですか……?」


 ここに来るとすればイスタルテかと予想していた四条。見たこともない女性を警戒。桜井のアポロンシステムを知っているのなら、サポセン関係者だろうか。


「んーと、君が社長のお気に入り【四条君】ね? 会うのはコレが初めてか」


 名乗らないまま、女性はゆっくりと歩く。


「雨野社長をご存知……‥という事は、サポートセンターの方ですよね?」


 四条が質問しても微笑むだけ。


 結局、誰なのか。四条は説明を求めようと桜井の横顔を見る。

 いつものほほんと四条を揶揄う桜井が、顔一面に冷や汗を浮かべて女を睨む。目を見開き、幽霊を見つけたように硬直していた。


「課長?」


 声をかけられてハッとしてから、侵入者とノクティアを交互に見て


「……ネームレス、あの侵入者を殺せっ!!」


 桜井が叫んだ。


「やーん。怖ぁい! 久しぶりの再会だって言うのに、随分な挨拶ねぇ……春華」


 女は構わず距離を詰めてくる。


 四条をかつてのコードネームで呼ぶ時、桜井は本気だ。本当に殺さなくてはならない相手なのか、四条には判断がつかない。それでも、異世界サポセン全社員の中でも指折りの実力者である桜井をここまで怯えさせる存在……一瞬の隙が命を落とすレベルの相手なのだろう。


「誰だか知らんが恨むなよっ!」


 四条は前方に【ネームレス】をライフル弾程のサイズに形成し、瞬時に五十発発射した。


 黒い弾丸は音速を置き去りにして、女の身体へ殺到した。

 だが、着弾音はしなかった。女の周囲で、五十発の弾丸がぴたりと停止している。


「懐かしいわね、【ネームレス】。でも勿体無いわぁ……エイリーンちゃんを守ってるせいで70パーセントってとこね」

「バケモンじゃん」


 四条は相手をそう認識し、五十発の制止させられた弾丸を爆発させる。


「これならどうだ?」


 一度は受け止めた弾丸が爆風や瓦礫と共に女を襲う。


 しかし


「こんな美人を化け物呼ばわりとは、生意気な坊やね。うん……でも確かに今の攻撃だけ見ても、社長が気にいるのがわかるかな」


 女のスーツには、焦げ跡一つ存在しない。


「……課長が焦るわけか」


 桜井は目にアポロンシステムを展開し、オレンジ色に発光させて


「下がれネームレス」


 桜井は、僅かに声を震わせた。


「アレは異世界サポートセンターの元役員……そして、【女神】だ」


 侵入者の正体を告げた。


「女神様……か、道理で。元役員なんですね」


 社長の雨野と共に異世界サポートセンターを運営する側の存在だった女神。


「名乗るのが遅れたわね。いきなり攻撃してきた四条君のせいでもあるけど……」


 歩くのが面倒になったのか、女神は背中から白い翼を生やして四条達の眼前まで飛んだ。


「私の名前はアテナ。今は異世界サポートセンターにとって商売敵……競合他社って感じかな? そこのノクティアちゃん、ライバルのあなた達には渡せないから奪いに来ちゃった!」


 まともな人間なら絶対に惚れてしまう。そんな笑顔で、とんでもない爆弾発言を放り込んだ。


「競合他社ですか」


 桜井に一旦静止させられた四条は、戦いを中断する。この侵入者……アテナの目的はノクティアだと言う。異世界サポートセンターにとっても初めてのケース、人類との共存を望む魔王。みすみす渡して良いわけがない。


(エイリーン王女の守りを戻し、出力最大で攻撃すればどうだ……)


 脳内でアテナを倒す手段を考える。桜井はノクティアを守る為、シールドの展開をし続けなくてはならない。この場で戦えるのは四条だけだ。


「ひょっとしてぇ、全力なら私に勝てるか考えてる?」

「……ぅ」


 考えを読まれる。


「そもそも私は友達のイスタルテを救うためにここに来たの。四条君と遊びに来たわけじゃないんだよー」


 アテナは、四条の顧客イスタルテと友人関係らしい。


「ウルトラレアなノクティアちゃんをどう扱えば良いのか、ノウハウが無い異世界サポセンじゃわからないでしょ? ここは引いてくれないかなぁ」

「……アテナ先輩なら、正しく扱えると?」


 桜井はかつて、アテナの後輩ポジションだったらしい。女神と人間ではあるが、同じ会社にいた以上はそういう関係にもなるのだろう。


「あーん、春華に先輩って呼ばれるの久しぶりで嬉しいーっ!」

「質問に答えてくださいよ!」


 口調が後輩っぽくなった桜井だが、殺意は変わらず。昔この二人に何があったのか気になる四条だが、今そこは肝心では無い。


「可愛い後輩に免じて教えてあげたいけど、今は競合他社なのよねぇ。春華ならウチに歓迎するよ? 来てくれるなら、教えちゃうっ」


 アテナが桜井の肩に手を乗せる。それを瞬時に払いのけて


「お断りします」

「もう、素直じゃないなぁー。まあ良いわ、それなら教えてあげないんだから」


 プンッと怒るアテナに、四条はどこか普段の桜井が重なる。もしや、桜井の人格はアテナによる影響を受けているのではと。


「じゃ、ノクティアちゃん! お姉さんと一緒に行きましょうか」


 全く無関係な存在からそう言われても、ノクティアはついていけず。


「え、嫌です……! ティーナお姉さんと離れるつもりはありません」


 普通に断った。先の四条とアテナの戦いを間近で見ていたティーナは、あまりに別次元過ぎて顔面蒼白だ。それでも


「そうだよ。なんなんだい、みんな急に現れ好き勝手言って。ノクティアが嫌がってるだろう?」


 人間が、上位存在の女神へ物申す。


「んーと、貴女には聞いてないのよ?」


 アテナは口元だけは微笑みながら、鋭い目つきでティーナを観察して


 美しい、細くて長い指でティーナの脇腹を抉り取った。


「……え?」


 臓器ごと根こそぎ腹を抉られて、ティーナは事実を確認する前に倒れる。


「ティーナお姉さん!!?」


 ノクティアが瞬時に治療を始める。


「あらーん、ほんとに人間を治療するのね。ノクティアちゃんてば、激レアすぎ」


 魔王が真に人間を助けるのか。その確認をする為だけに、ティーナを手にかけたアテナ。


「なんなんですか……貴女は……!」


 涙目でアテナを睨むノクティア。その顔に興奮でもしたのか、ゾクゾクと身悶えながらアテナは


「ノクティアちゃん。私と来るなら、その女を助けたげる。来ないなら、今すぐ頭を踏み潰す。どっちにする?」


 無慈悲な選択をノクティアに迫った。

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