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四十五話 空を覆う黒


 王都の宿屋は無人だった。


 四条達が図書館から出て向かった先は、何の変哲もない宿屋。警報が鳴り響く街をのんきに散歩しつつ帰ってみると。


「すみませーん!誰かいませんかー??」


 昨晩も利用しておりその時までは従業員がいたのだが、先ほどの警報で避難してしまったらしい。


「それはそうか。じゃ、代金だけ受付に置いときましょう」


 四条は懐からこの世界の通貨を取り出して、カウンターの奥底へ隠す。火事場泥棒が現れないとも限らないので、よほど念入りに荒らさない限り見つからないようにしておいた。


「律儀ねぇ。魔族に滅ぼされるかもって瀬戸際に連泊客の代金を気にしないわよ、普通」


 監視カメラも存在しない世界。黙ってベッドだけ借りても問題は無いのだが、四条なりのポリシーだろうか。


「そんなことよりも四条くん、これからの方針を教えてくれないかしら?吉田くんの能力が解析されるまで連泊するつもりじゃないわよね。大浴場も、朝食バイキングも付いてないホテルに長期滞在は嫌よぉ?」


 吉田がエイリーンを人質にしているため、考えなしに魔族を撃退し停戦協定反故と捉えられても面倒だ。だが異世界サポセンとしては吉田をどうにかするまで帰れないのも事実。掃討部時代は野宿どころか寝ずに戦い続ける事もしばしばあったので、桜井がそんなにひ弱では無いのを知る四条は自分が弄られているのだとわかる。


「じゃあ課長は先に帰ってても良いですよ」

「む、つれないわねぇー!ちょっとは引き留めたりしなさいよっ!」

「……帰りたいのか、帰りたくないのかどっちなんですか」


 気を遣って帰社を促してみるも、機嫌を損ねてしまった。部下から不要と思われて面白くなかったのか。扱いにくいなぁと四条が肩を落としながら部屋を目指し歩き出すと。


 ダンッ!!


 背後から床を蹴る音が聞こえた。


「四条くん、気がついてないの?」


 振り返ると、桜井はいつの間にか物陰に身を隠してエントランスの入口を警戒していた。床を蹴って飛び隠れたようだ。

 【なにがですか?】と聞き返すよりも早く、四条も入口から遮蔽となるカウンター裏へ滑り込む。まだ桜井の発言は理解していないが、非常事態なのは間違いない。


 最初から強盗や暴漢の線は無い。この世界の一般人を桜井がここまで警戒する理由は無いからだ。だとすると次に考えられるのは吉田の襲撃。しかしそれも可能性は低い。戦力的に不利と判断して停戦を持ちかけてきたのは吉田自身。ここで再び襲ってくるのは不自然。ならば、残る選択肢は……


「魔王の娘ですか?」


 四条は社員証にて【魔力感知】を強化する。


「どうかしら。でも、この状況は魔王の娘絡みと考えるのが自然かもね」


 ここでようやく四条にも状況が飲み込めた。社員証により、王都のあらゆる場所から魔力が一点に集まるのが把握できたからだ。


「これは……以前、魔王が自死した時と同じ現象だ。だが何故王都中から魔力が集まる……?」


 魔王軍幹部サタニールを倒した際にはこの現象は発生しなかった。てっきり肉親だからこそ魔力の受け渡しが可能なのかと仮定していた四条。


「集っていく魔力の塊は百……二百……まだまだ増えていくわね。今この瞬間にも、新たに魔力が流れていってるようよ」


 今認識出来るだけでも、各地で死んだ魔族から魔力が流れているとしか考えられない数。全て魔王の血縁とは思えない。


「つまり、そこらの雑魚魔族が死んでもノクティアは力を受け継げる……のか?」

「もしくは、吉田くんが似たような方法で自分を強化しているか。この魔力の先にはきっとノクティアか吉田くんがいるはずよ。」


 確証などありはしない。


「どちらにしろ。戦闘が激化して魔族が死んでいくほど、集う魔力も増えてしまいますね。ノクティアが父親から魔力を受け取っただけでも怪しかった天秤が、このままだと田中、エイリーンペアに勝機が無いところまで傾いちゃいそうだ」


 二人は宿屋を出て、空をゆく大量の黒い線を見上げた。流星群のように一定方向へ流れる魔力は、見ようによっては美しささえ感じさせる。


「ノクティアが、まさか全魔族から魔力を受け取れるとは想像以上だったわね。父親からの魔力で強化された結果得た特性かもしれないけれど」


 桜井の考察に四条も納得した。特性を得る前だったからサタニールの魔力は吸われなかったのではと。


「吉田さんだけでも厄介なのに、ノクティアもかなり脅威ですねー。空を覆うほどの魔力が現在進行形でノクティアを強化しているのなら、すでに【伝説の剣:LS-80】では倒せないかも……」

「んー。本来なら調査をしてから対応策を考える時間が欲しいけど、このケースだと時間が経つほど悪化していくばかりだものね」


 四条は軽く首を回して、一周させる間に考えをまとめた。


「これは実際に見ないと判断つきませんね」


 結論が出ないという結論に、桜井も一つ頷く。

 

「で、しょうねぇ。なら魔力のゴール地点には何があるのか。ササっと確認しちゃいましょう」

「はい。万が一田中さんが魔力の向かう先を確かめに行くと厄介ですし」


 二人は魔力の流れを確認しながら走り出す。


 王都のどこかでは田中やエイリーンもこの不自然な魔力移動を認識しているだろう。もし確認しようと流れを追ってしまうと、ノクティアor吉田との戦闘が始まる恐れがある。田中又はエイリーンが敗北し命を落とすと、イスタルテのシナリオは崩壊。つまりサポート失敗だ。


 なんとしても、それだけは回避しなくては。


 目指す方角から感じ取れる魔力は鰻登り。一旦全ての兵士に戦いをやめさせたいが、魔族が攻めてきている以上応戦は必須。ノクティアに力を引き継がせる目的で無理攻めしているのでは?と考えてしまう。

 これで魔族側が人類を滅ぼしたとして、果たしてそれは勝利と言えるのか。


「吉田さんの仕業なら……矛盾しているな」


 家を飛び越え、塀を飛び越えながら用務員室での吉田の発言を振り返る。寿命逸脱ケースを引き合いに、そのようなミスをする女神は生命を蔑ろにしていると怒っていた。だが今、魔族に特攻させたのが吉田だとすれば……道理が通らない。ノクティアか、自分を強化する為に多くの魔族を犠牲にしてしまうなどと。


「そう?……ま、彼の考えを理解する必要は無いわよ。これだけ好き勝手やってくれたんですもの、行いだけ見て対処しましょう。神様を相手に仕事をする我々には法律なんて関係ないんだし、情状酌量もありはしないの」

「わかっています」


 話しながらも、あっという間に王城付近に到達した二人。一際高い城壁の上から周囲を見渡すと、一瞬で魔力の集う大元が見つかった。続々と流れ込む魔力に苦しみながらも、傷ついた人々を治療する存在。


「あれが……魔王の娘か?」


 四条が疑問符をつけたのは、魔族ならばどうして人間を治療しているのかがわからなかったから。ローブを被っていて顔は見えず、ローブそのものにも細工があるのか魔族の反応が薄い。

 隣の桜井は目をオレンジ色に光らせ、ローブの人物を観察する。


「人間では無さそうね……つまり魔王の娘と考えて良いでしょう。でもこれは……」

「どうしました?課長」

「ちょっと、ねぇ」


 珍しく言葉を詰まらせる様子に、四条は「おや」と驚く。常に冷静に物事の本質を見抜く桜井がこうなることは滅多に無い。


 四条も社員証の【能力】で観察するも、速度も精度も桜井には一歩及ばない。だが、時間はかかったが何故言葉を詰まらせたのかは理解する。


「なるほど。あれはもう【基準外】ですね……」


 桜井が首を縦に振る。


「ウチの製品に設けられた上限、100レベルはゆうに超えてしまってるわねぇ」


 安全上設定された異世界サポートセンター製品の最高出力は100レベル。田中の【伝説の剣】が仮に【LS-100】だったところで倒すのが不可能な強さをローブの少女は持っている。


 四条は腕を組み、目を強く閉じる。自分がサポート担当となった世界では初めてのケースを口にするのがあまりに苦痛だが、言わなければ先に進めない。


「……【掃討案件】ですね」


 その言葉を口にした瞬間、四条の胸の奥がわずかに冷えた。

 異世界サポートセンターにおいて、それは単なる討伐依頼を意味しない。管理不能。規格外。既存の製品や現地戦力……転生者では対処不能。そして、放置すれば世界の均衡を崩す可能性がある対象。


 四条がかつて所属していた部署の名が、否応なく脳裏を過った。かつての任務の記憶も。現時点でイスタルテのシナリオは崩壊が確定し、サポートも失敗となる。ここからはどう臨機応変に動くかが肝心だ。


「ええ。分類上は、ね」


 桜井はローブの少女から視線を外さない。


「けれど四条くん。掃討案件だからといって、即処分だとは限らないわ」

「はい。……わかってはいます」

「なら結構よ」


 少女はなおも傷ついた兵士、住民へ手を伸ばしている。その身体には、死んだ魔族達の魔力が流れ込み続けているというのに。どの道、桜井や四条が直接ノクティアを倒すには莫大な費用が発生する。イスタルテに見積もりを出してからじゃないと戦えもしない。……ノクティアの強化に吉田が関与していなければ、ではあるが。


「少なくとも。あの子は今、人間を殺してはいない」


 桜井の声は静かだった。


「むしろ、どういうわけか助けている」


 四条は小さく息を吐いた。


「……ええ、俺も気にはなっていました。ちょっと事情がありそうですね」


 掃討すべき規格外。しかし、実際に目の前にいるのは苦痛に耐えながら人命を繋ぐ少女。

 対象の脅威度と、対象の意思。その二つが、綺麗に噛み合ってはいなかった。吉田が会社を辞めてまでノクティアに肩入れしているのにも、理由があるはず。


「幸い今の俺たちは掃討課ではありませんし、掃討任務でここにいるわけでもありません。話を聞くくらいは許されますよね?課長」


 仮に掃討部として赴任していれば、今いる城壁の上から奇襲で始末する状況。

 しかし、サポート課員だからこそ出来る対処を四条は試したいとのこと。それを否定する材料は桜井には見当たらなかった。


「……サポート課長として許可するわ」


 イスタルテのシナリオでは死んで貰うしかないのだが、100レベルを超えては前提条件が覆る。英雄を創り上げようにも倒せないのではお話にならない。ノクティアに治療を受けた人々が発生した以上、それを殺して英雄を名乗るのもどうかといったところ。


 ローブの少女は人混みに紛れながらも通用口へ姿を消した。

 城壁から飛び降りた四条は早足で追いかける。話が通じる相手である事を願って。


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