エピローグ:名杙兄妹の現状・最新版
一連の事件が落ち着き、5月も折り返した翌週水曜日。時刻は午前7時を過ぎたところ。
いつも通り朝の身支度を終えた名杙統治は、靴を履いて職場へ向かおうとしていた。
本日は1日内勤の予定なので、白い襟付きシャツの上からグレーのカーディガンを羽織り、ライトベージュのスラックスというビジネスカジュアルな服装。大分暖かくなってきたとはいえ、宮城の朝晩は肌寒いこともあるので、荷物と一緒に黒いロングコートも持参する。足元は、これから駅まで15分程度歩くこともあり、軽量化されたスニーカーを着用していた。
薄型ノートパソコンの入ったスリーウェイブリーフケースとコートを右手に持った瞬間……後ろからバタバタと大きな足音が聞こえ、誰かがコチラへ向かってくるのが分かる。
「――だから、今日は日直なの!! 早く出るからって昨日も言ったでしょ!?」
甲高い声を家中に響かせながら廊下を走ってきた彼女――名杙心愛が、ブレザータイプの制服姿で、ツインテールを振り乱し、玄関へ乱入してきた。
忘れ物がないかどうかを確認している統治の隣をすり抜け、靴を履いた後に扉を開き、その勢いで自転車の鍵を落としそうになって慌てながらも、統治へ向けて言葉をかける。
「行ってきます。お兄様も気をつけてね」
「ああ。心愛こそ……自転車で転ばないように気をつけるんだぞ」
「わっ、分かってるわよ!! じゃあお兄様、ドア閉めといてね!!」
そう言って自分に背を向けて走り出すツインテールを見送りつつ、統治も外へ出て玄関の扉を閉める。
朝晩の冷え込みが緩み、過ごしやすくなってきた空は……見事な五月晴れだった。
そして、時刻は午後16時過ぎ。
仁義は政宗に頼まれた資料を持って、『仙台支局』が入っているビルのエレベーターホールにいた。
今日の仁義は黒いウィッグの上から地元球団の野球帽をかぶり、眼鏡とコンタクトで瞳の色を誤魔化している。黒い縦型のトートバックを肩にかけ、襟付きの黒いシャツと同系色のパンツを着用しているため、上から下まで真っ黒な出で立ちだ。(帽子を除く)
先日の一件では、『生前調書』のない『痕』を多く『切って』しまった。その全てが不可抗力だったとはいえ……やはり、ある程度は体裁を整える必要がある。
今回は対象となる『痕』について、ほぼ全員の名前が分かっていること、そして、その半数が学生であることもあり、仁義は、ユカと心愛を校舎内で襲った『松井静佳』と、中庭にいた『丸川成恵』の調査を頼まれていた。前者は写真があったこと、後者も制服から学校が特定出来たこともあり、あまり時間をかけることなく仕事を終わらせることが出来たのだ。
オフィスの関係者専用のエレベーターホールなので、数名のビジネスマンが仁義と同じくエレベーターの到着を待っている。肝心のエレベーターは、たった今最上階に到達したようだ。再び1階まで降りてくるのを待っていると……背後から、バタパタと軽い足音が聞こえてくる。
「……あ」
仁義が肩越しに振り返ると、職員通用口から小走りでコチラに向かってくる、制服姿の心愛と目があった。
心愛は一瞬目を見開いたが、すぐに表情を戻し、「こんにちは」と挨拶して、仁義の隣に並ぶ。
仁義も心愛に挨拶を返してから、無言でエレベーターを待つ。
程無くしてエレベーターが到着し、その場にいた全員が乗り込んで、それぞれの目的地を目指した。
そして……24階、仁義と心愛のみが降りて、背後で扉が閉まる。
ここで初めて、仁義が心愛に話しかけた。秘匿性の強い内容になる可能性もあるため、他の人がいる場所で雑談として聞いていいことなのか……判断出来なかったのだ。
「今日は、これから仕事ですか?」
その問いかけに心愛は一度首肯してから、2人揃って『仙台支局』目指して歩き始める。
「そうなんです。今月中にもう少し処理しないと、初級の試験を受けられないって言われたから……」
「このペースなら大丈夫だと思います。頑張ってくださいね」
「ありがとうございます……」
仁義の笑顔にはにかんだ笑みを向ける心愛が……表情を引き締めて立止まり、一度、呼吸を整えてから、彼にこんなことを尋ねる。
「あ、あの……」
「はい、何ですか?」
「あの時……ヒドいこと言って、本当にごめんなさい!!」
そう言って頭を下げる心愛に、仁義のほうが狼狽してしまう。
「あ、頭をあげてください!! 前にも言いましたが、あれに関しては本当に大丈夫というか、気にしていないというか……」
自分の中で言い訳を組み立てていた仁義は……ため息をついてその言い訳をぶち壊し、正直に、感情を紡ぐ。
「……少し訂正します。正直、気にしなかったわけじゃありません」
「……」
「ですが、僕は里穂や政宗さん、統治さん……皆さんのおかげで、ここまで生きることが出来ました。心愛さんの言葉も、今ならそう言いたくなる気持ちも分かるんです。それくらい、名杙という家の歪みは……厄介だと思います」
心愛の前で名杙を非難するようなことを言うのは、正直どうかと思ったが……ただ、ここで取り繕ってしまうと、心愛との距離は近づかない。
顔を上げて萎縮している心愛に、仁義はいつも通りの笑顔を向けて、あっけらかんと言ってのける。
大好きで尊敬出来る彼女が、いつもそうしているように。
「だから……大丈夫です。心愛さんはもう、1人で歩こうとしている。僕はそれを知っていますから」
そう言って更に笑顔を見せる仁義に、心愛は肩の力を抜き、「ありがとうございます……」と、軽く会釈をした。
そして。
「あ、あの、これからは、その……心愛も、リッピーみたいに……ジンって呼んでも、いいですか?」
自分からも、少しだけ、勇気を出して。
すぐに近づくことは出来ないけれど、少しずつ、少しずつ。
予想外の申し出に、仁義は思わず目を軽く見開く。しかし、それも一瞬のことで……すぐにまた笑顔を作り、大きく頷いた。
「はい、是非宜しくお願いします、心愛さん」
さて、そんな2人が『仙台支局』の扉をくぐると……不機嫌そうな表情の華蓮が、扉の近くにある未使用のコピー用紙を抱えているところに遭遇する。
「片倉さん、お疲れ様です」
先程の一件で余計にハッピーな仁義が笑顔を向けるが、彼女は無表情で会釈をしてから、コピー用紙を持って衝立の奥に引っ込んでしまう。
2人が無言で顔を見合わせていると……入れ違いに奥から出てきた政宗が、状況を理解出来ずに戸惑う学生2名に苦笑いを向けた。
「仁義君、心愛ちゃん、お疲れ様。あ、心愛ちゃんはこれから仕事に出るんだったね。ただ……」
言葉を濁す政宗は、ますます状況を理解できずに首を傾げる学生2名に、衝立の向こう側を指差す。
「……まぁ、向こう側に行ってみてよ。俺はちょっとトイレ行ってくるから」
そう言って逃げるように部屋から出ていく政宗。仁義と心愛は互いに顔を見合わせつつ……これ以上立ち尽くしていても何の進展も見せないため、思い切って、衝立の向こう側を覗いてみることにした。
そこには……。
「……うぅっ、思い出せん……終わりが見えん……!!」
自分の机でパソコンと向かい合い、半泣きでキーボードを叩くユカと。
「迂闊だった……まさか、こんなことになるとは……」
同じく自分の席でパソコンと向かい合い、今日はイヤホンをつけずに、顔をしかめて画面を覗き込む統治。そして。
「お2人とも……あと30分で、本当に終わるんですか?」
ユカの斜め後ろ、コーヒーメーカーの隣にあるコピー機の用紙トレイに紙の補充を終えた華蓮が、冷めきった目と抑揚のない口調で、ユカと統治に問いかけた。
統治は無言で何度も首肯し、ユカは「あーうーえぇっとー……」を繰り返すのみ。
そんな情けない姿に華蓮がため息をついて……衝立の隣で棒立ちになっている仁義と心愛へ、改めて軽く会釈した。
「お疲れ様です。先程は失礼しました」
仁義は慌てて首を横にふりつつ、今は主のいない政宗の席へ移動する。そして、カバンから取り出した資料を机上に置いてから……ユカと政宗の間にある席でパソコンのキーボードをガタガタ打ち込む華蓮に、恐る恐る話しかけた。
「あ、あの……片倉さん、何かありましたか?」
「柳井さんは気にしないでください。〆切を守らないお二人が悪いんです」
「〆切? ああ……」
ここまで聞いて、仁義の中で何となく話がつながる。
先に述べた通り、先日の一件では、『生前調書』がない『痕』を、ばっさばっさと『切って』しまった。そのため、早急に『生前調書』を揃える必要がある。仁義が今回やって来たのも、その情報を届けるため。
そして、『縁』を『切った』『縁故』は、その状況などを報告書に記載しなければらない。報告書の記載は速やかに行うべし(仕事をしてから2日以内が望ましい)、というのが、暗黙のルール。
そして、今、ユカと統治は……それぞれに『縁』を『切った』時の状況について、報告書に記載しているところだった。ユカは心愛と倫子を守って、3本の『関係縁』が残った男子生徒を切った時、統治は、心愛が丸川成恵の『縁』を『切った』直後に登場した、輪郭がぼんやりしている『痕』に対処した時のことを。
ただ……あの時のユカは満身創痍で、その後半分意識が飛んでいたため、ちっとも詳細に覚えていないし、統治に至っては性別さえ不明な『痕』なのだ。どんな状態でどう『切った』か、なんて……『妹を助けるためにお兄様は無我夢中で頑張りました』、としか記載出来ない。
しかし、それでは圧倒的に文字数とか足りないわけで……名杙を納得させるための内容を考えていたら、暗黙のルールとなっている2日間が過ぎてしまった、というわけだ。
華蓮は2人の仕上げた報告書と、仁の情報を元に政宗が仕上げる『生前調書』をまとめ、『東日本良縁協会』に提出する体裁を整えなければならない。そのために、まるで小説家に原稿を催促する編集者のごとく、今日は出勤してからずっと、ユカと統治に報告書の催促を続けているのだ。
しかも……華蓮に催促されてから2人が慌てて作業を始めたため――要するにこれまで何時間も余裕があったにもかかわらず、華蓮が出勤してきた15分ほど前から慌てて作業を始めたため――華蓮が怒髪天状態になっている、というわけ。
席に座って作業を開始する前に、華蓮はパソコンの脇に置いておいた、白い団子を手に取った。
これは統治が差し入れとして持ってきた、松栄堂の『ごま摺り団子』である。食べ方にさえ気をつければ凄まじく美味しい和菓子であり、早速食べ方を間違えたユカが、1人で「ああああ!!」と慌てていたのは5分ほど前のことだ。
一口で食べられる大きさの白い団子の中には、ドロっとして濃厚なごまの摺り餡が入っている。口の中で団子を噛むことで、ごまの味と風味が口内にこれでもかというほど広がり……上品な味を提供してくれるのだ。
ちなみに、ここでいう『間違った食べ方』というのは、一口目を前歯で噛んでしまうこと。中に目一杯入っているごま餡が豪快にドロリと出てきてしまい、非常に勿体無いことになってしまうのだ。よって、一口で口の中に入れた後は奥歯で噛んでから、口の中でじっくり味わうことをオススメしたい。華蓮は当然そのことを知っているため、何の躊躇いもなくその味を風味を楽しんでから、ペットボトルのお茶で口内をリセット。近くにおいたハンカチで両手を拭いてから、パソコン作業を再開する。
そんな華蓮の隣に、心愛がやって来た。そして……不機嫌な彼女へオズオズと話しかける。
「あの……昨日、メールで送ったファイルは……」
すると、これまで爪が割れそうな勢いでキーボードを叩いていた華蓮が不意に手を止めて、椅子に座ったまま、左隣に立つ心愛を見上げた。
そして……一度、コクリと頷く。
「無事に届いています。佐藤支局長にも確認してもらいましたが、内容も問題ありませんでした。ありがとうございました」
そう言われて、少し強張っていた心愛の顔に、安心した表情がにじみ出る。
刹那、華蓮の右隣で作業をしていたユカが、驚いた表情で立ち上がった。
「嘘!? 心愛ちゃん、もう報告書ば提出しとると!?」
そして、瞬時に華蓮から睨まれる。
「それが当たり前なんですよね山本さん」
「うぐっ……いや、それはそうなんやけど、ケッカちゃんも色々忙しくて……」
「今週は大事を取って、1件もお仕事されていませんよね? 何が忙しかったんですか?」
「そーれーはーでーすーねー……スイマセン頑張ります……」
敗北して静かに腰を下ろすユカにため息をつきつつ、華蓮は改めて心愛を見つめる。
「今日はこれから仕事でしたね。『生前調書』は佐藤支局長から受け取ってください。あと、付き添いですが……お二人がこの体たらくなので、恐らく佐藤支局長になると思います」
「でしょうね……」
心愛も呆れ顔でユカと統治を見やり……そして、改めて華蓮を見つめてから。
「あ、あの……この間は、ごめんなさい!!」
急に謝罪され、面食らった華蓮が本気で首を傾げる。
「……何のことですか?」
「あ、えっと……学校で、その……」
ここで華蓮は、先日、ユカと華蓮の2人で学校を尋ねた際、教室に『痕』が現れて混乱した時のことをさしていることに気付いた。
そして、ゆっくり首を横にふる。
「あれは……気にしないでください。むしろ、当たり前の反応です」
あの時、混乱していたとはいえ、心愛は華蓮の手を振りほどいてしまった。
それは……体に残る恐怖心が咄嗟に動いた結果だとは思う。この件に関して言えば心愛はむしろ被害者だし、華蓮は当然の態度だと思っているのだ。
ただ……。
「片倉さんのこと……正直、まだ少し怖い……かも、しれないけど……でも、今はお兄様達が信じて仕事を任せている人だから、心愛も……心愛も頑張って、また、信じてみようと……思ってる、ところです」
過去の心愛ではなく、今の心愛をみて、信じてくれる人がここには何人もいるから。
だから自分も、もう少し……勇気を出してみようと思えた。
この言葉を聞いた華蓮は、一瞬絶句してから……一度鼻をすすって口元を引き締め、呼吸を整える。
涙が出るかと思った。
あれだけのことをして――信じさせて、裏切って、心愛が自分を恨んでいるのは当然だ。同じ空間にいるのだって本当は嫌に決まっている。そう思っていた。事実、最初はそうだったと思う。
仕事だと割り切って接する、それでいいと思っていた。
先程の心愛の言葉は、前日、ユカから聞いた言葉を華蓮に思い出させる。
「政宗が……いや、統治もやね。あの2人が君を信用してここに置いとるけん、あたしも信じるよ。2人ともお人好しで甘いところもあるけど……でも、敵味方の分別はつけられるはずやけんね」
どうして、ここにいる人間は、こんなに――こんなに強くて、こんなに優しいんだろうか。
過去の自分ではなく、今の自分を見て、『信じる』と言ってくれるのだろうか。
泣きそうに、なった。
――不甲斐ない生き方したら、承知しないんだからね。
そして思い出すのは、姉からかけられた最期の言葉。
あの時言われたこの言葉を……自分はしっかり、胸に刻んだはずだ。
その上で、ここで生きることを選んだ。
だから、ここで涙を見せるのは違うんだ。
華蓮は立ち上がって心愛に向き直り、深く頭を下げた。
「……あの時は、怖い思いをさせて……本当に、本当にごめんなさい」
そんな2人のやり取りを、トイレから戻ってきた政宗と、彼の隣でビールジョッキを片手にほくそ笑む分町ママが、少し離れた場所から見つめている。
「政宗君、いいスタッフが揃ってきたんじゃないの?」
そう言って中身をあおる分町ママに、政宗は胸を張って言い返すのだ。
「ええ、俺の部下は……優秀な人材ばかりですよ」
その後、2人が記憶をひねり出して作成した報告書は……無事に全て、『東日本良縁協会』に受理されたことを述べておく。
そんな日の翌日、木曜日の午後16時30分頃。
名杙統治は1人、グレーのスーツを着て、秀麗中学の正門前にいた。
既に職員用のパスは受け取っているので、首から下げたものを提示すると、門のところに常駐している警備員が笑顔で通してくれる。
既に終わりのホームルームまで終了しているので、生徒は帰宅したり、部活動に勤しんだり……と、それぞれの時間を過ごそうとしているところだ。
そんな中、教師ではない若い男性が入ってきたら……それはもう、注目の的になるわけで。
統治は内心落ち着かないまま、まずは来客用の玄関を目指す。
彼がここにいるのには、立派な理由があった。
ほぼ1週間前の金曜日、聖人が朝一番で尋ねてきた時のこと。
「それで、政宗君に統治君……頑張ろうと思っている伊達先生から、ちょっとした相談があるんだけど」
そう言って笑みを向ける聖人は、2人に『とある』提案をする。それは……。
「統治君、週に一度、秀麗中学の見回りに行ってくれないかな」
「…………はい?」
唐突に指名された統治は、その理由が分からずに首を傾げた。政宗もまた、突拍子もない提案に、聖人の説明を待つことしか出来ない。
ゆっくりコーヒーを飲んだ聖人は、戸惑う2人に対して、その理由を説明する。
「今回の件は、今、中学校にいる『痕』を消して終わり、ってわけにはいかないよね。確かに阿部さんには『絶縁体』を持たせているけれど、どこまで効果があるのか分からないし、心愛ちゃんが側にいることで、更に能力が引き出されてしまう可能性もある。要するに、経過観察が必要な案件だと思うんだ」
その言い分には政宗も同意した。そして、その経過観察に統治が適任であることも分かっている。
『縁由』という、これまでにない素質。それについてまず深く知るべきは、自分よりも統治だと、政宗も思っているから。
ただ……。
「人材を統治に固定する必要はありますか?」
政宗の質問に、聖人は迷わず首肯する。
「あると思うよ。やっぱり、名杙の名を持つ人間が直接来てくれると、政宗君には申し訳ないけれど、学校側の安心感は違うと思う。それに……統治君ももう少し、外の世界を見ておくべきだと思うんだ。桂樹さんのようにね」
名杙の中核に属しながら、いまだかつて無い裏切りを実行し……失敗した、名杙桂樹。彼もまた、非常勤のスクールカウンセラーとして、名杙以外の接点を持って生きていた。
それは、学校で『縁故』としての素質に目覚めた人材を見つければ、人と違う世界で悩む彼らを救うために。
「恐らくあの学校には、まだ、自分たちが見つけられていない『縁故』や『縁由』の力を持った生徒がいると思うんだ。そんな彼らを見つけて導いてあげるのも、立派な業務の1つだと思ってね。本当は自分が養護教諭とかで潜り込めばいいのかもしれないけど……あいにく、自分は『縁故』ではないから、『痕』が出た時に対処出来ないんだ。だから、統治君に提案してみたってわけ」
話を最後まで聞いた統治は無言になり、政宗は苦笑いで天井を仰いだ。
「なるほどなぁ……まぁ確かに、それが一番手っ取り早いかもしれませんね。時間的にもそれくらいなら俺は構わないけど、統治、どうする?」
そう言って統治を見やる。
「……」
突然の申し出に、統治は……困惑した表情で黙り込むことしか出来なかった。
けれど……少し考えてから、一度、小さく頷く。
「どこまで出来るか分かりませんが……やってみます」
「はいはいっ!! うち兄、学校へのアフターフォローって……どういうことっすか?」
目を丸くして尋ねる里穂に、統治は、自分が定期的に学校を訪問することを説明した。
「えっ……!?」
心愛が絶句して書類を取り落とす。
「統治さん……」
仁義が意外そうな眼差しで統治を見つめる。
「……」
既に知っていた華蓮は、したり顔でお茶を飲んだ。
「うち兄……マジっすか」
驚きで更に目を見開く里穂に、統治は真顔で返答した。
「マジだ」
そして、慌てて落とした書類を拾い集める心愛を一瞥して、その理由を説明する。
「理由は……先程、仁義が危惧した通りだ。今回の騒動が落ち着いたからとって、全ての問題が解決するわけではない。経過観察という意味も含めて、具体的な対処法が確立するまでは、俺が定期的に様子を見に行こうと思う」
これは、先程名杙当主と――父親とも簡単に話し合って決めたことでもあった。
倫子の力を抑えられる可能性が隠れている、かもしれない、蓮が知る『呪い』。これらを聞き出し、解析をして組み立て直す……となると、一朝一夕では無理だ。
しかし、倫子の『縁由』は待ってくれない。だからこそ、定期的に訪問して、問題があれば早めに潰す必要がある。
また、統治が顔を出すことで、その原因である倫子が、学校側から不利益を被ることがないようにすることも、狙いの1つではあった。
加えて……統治は一度息を整えると、少しだけ頼もしくなった妹を見つめる。
「それに……心愛」
「は、はいっ!?」
突然指名された心愛が、まとめた書類を膝に乗せて統治の方を見た。
彼は成長著しい妹に改めて目を細め、言葉を続ける。
「名杙直系はどうしても、周囲の『縁故』に影響を与えてしまう。今回は例外的かもしれないが……俺も、あの研修の時に、佐藤と山本には随分と影響を与えてしまったんだ」
「え……!?」
心愛は目を見開いて、ユカと政宗を見やる。2人はそれぞれに肩をすくめ、当時のことを思い出して苦笑いを浮かべた。
「最初はちょっと大変やったよねー。ずっと浮ついた感じがあったっていうか、政宗が一番影響受けすぎて、いきなりぶっ倒れたりしたっけ」
「そんなこともあったな。でもまぁ……一緒にいれば慣れるし、統治が自分の能力をある程度制御して、麻里子様が先頭に立って引き受けてくれて何とかなったんだよな。それを言うなら、里穂ちゃんと仁義君だってそうだろう?」
政宗に話をふられ、里穂と仁義が顔を見合わせて「ああ」と納得する。
「そういえば、そんなこともあったっすねぇ。最終的にはお母さんとお父さんにも協力してもらったっすけど……確か、ジンが常に酔っ払った政さんみたいにウザい日が、しばらく続いたような気がするっす」
「面目ない……」
「ちょっと待って里穂ちゃん、今のは聞き捨てならないし、仁義君が謝るとおじさんは地味に傷つくんだけどなぁ!!」
焦って訴える政宗と生ぬるい目線を向ける高校生2名はとりあえずスルーして、統治は改めて、困惑する心愛を見つめた。
「要するに……心愛が『縁故』としての修行を進めることは必須だが、他の『縁故』が側にいることでも、この影響力は大分落ち着くことが考えられる。今の心愛の場合は、既に阿部さんへの影響ルートが出来ているし、今後、新たに影響を受ける生徒が出る可能性もある」
かつて、統治は自分の未熟さ故に、仲間に迷惑をかけてしまった。
心愛には、あの時のような惨めな思いをさせたくはない。
ユカや政宗に負担を強いた統治の影響力は、当時の研修スタッフである福岡の『縁故』が――麻里子が、主に受け止め、受け流す道筋を作ってくれた。
だから、次は自分が……そんな存在になりたい。
「だから……俺が自宅以外でも心愛と接点を持つことで、心愛から阿部さんへ向かう影響力の分散と、新たに影響を受ける生徒の発生を抑制出来ればと考えたんだ。もっとも、実際にやってみないと、上手くいくかどうかは分からないが……」
「お兄様、今、心愛に修行って……」
「俺を超えるんだろう? 頼りにしている」
そう言って、いつもより優しく微笑む統治に……心愛は真顔のまま、首を何度も縦に動かしたのだった。
そして秀麗中学の部活(パソコン部)における臨時職員という適当な理由と肩書で、統治は無事に潜入することに成功したのである。
来客用の玄関から、事務室に軽く挨拶をした統治は……スリッパに履き替えて、まずは校長室を尋ね、改めて挨拶をしておく。その後は職員室にいる教頭に挨拶を済ませてから、いざ、倫子と心愛がいる『生徒会室』へ向かおうとした。
が……。
「……ない」
先程教頭からもらった校内の案内図を見ているのだが、『生徒会室』という教室は見当たらない。
特別教室として存在すると思っていたので、思わぬ誤算になってしまった。
職員室の前で、1人、地図とにらめっこをする統治。生徒が訝しげに彼を見ながら通り過ぎていく中……そんな統治の姿を見つめる視線があった。
「……ん?」
先程から自分を見つめる視線に気が付き、キョロキョロと首を動かすと……校舎を繋ぐ渡り廊下からコチラへ向かってくる男子生徒が、顔をしかめながら統治を見つめているのだ。
学校指定のジャージに身を包み、短い髪の毛と凛々しい顔つきなのだが……普段はちょっと鋭い彼の目線も、今は統治を見るので精一杯。
統治はジャージの胸元に記載されている彼の名前を確認してから、一度目を軽く閉じて、世界の見え方を切り替えた。そして、目を開いてから改めて彼を見つめ――
「君は……」
「……お兄さん、随分濃い『紐』を持ってるんすね」
彼――森環と同時に口を開き、早々に『縁』が見える学生と出会ってしまったことを悟る。
そしてこれから、統治は週に一度、秀麗中学生徒会メンバーと共に、なぜだか校内の平和維持活動に勤しむことになるのだが……それはまた、別の話だ。
とりあえずのエピローグです。色々詰め込んだら、一万文字近くになってしまいました……本当はこの後に心愛や倫子、勝利と統治が顔合わせをしているシーンも入れたかったのですが……いずれ外伝でフォローします。
仁義と心愛、心愛と華蓮(蓮)に関して、ちゃんとけじめをつけることが出来て良かったです。これで彼らもギスギスしなくなるんだなぁと思うと、仙台支局はもっと活気づきますね。本当に若い組織になってきたなぁ……頑張れよ支局長。
そして、華蓮が食べている松栄堂(http://www.shoeidoh.co.jp/)の『ごま摺り団子』は、本当に一口目を前歯で噛むと食べないと大変なことになります。某奇妙な冒険の第8部で、主人公が「何だこれはぁぁ―――ッ ンマイなあああッ!!」と食べていたお菓子の元ネタとしても有名ですかね。霧原もジョジョ展で買って食べましたよ、ごま蜜団子。




