エピソード5:心の先にある愛のカタチ④
時間は、30分ほど前にさかのぼる。
午前10時過ぎ、仙台市中心部の『クリスロード商店街』内にある喫茶店で向かい合っている統治と櫻子は、特に盛り上がることもなく、コーヒーをちびちび飲んでは互いの様子を伺っていた。
時間ばかりが過ぎていくこの現状をどうしたものか……と、統治がお手上げ状態で内心溜息をつくと、これまで口数少なかった櫻子が、「あの……」と、意を決したように口を開く。
「その……私の勘違いだったらごめんなさい。名杙さん……今日は何か、その、私とは違う、大切なご用事があるのではありませんか?」
「え……」
自分の内心をいとも簡単に見透かされ、間の抜けた表情と一緒に声まで漏れてしまった。それは、櫻子の指摘を肯定しているに他ならない、確かな自白。
慌てて表情を引き締める統治だが、時既に遅し。「やっぱり」と言わんばかりの苦笑いを浮かべている櫻子に、いたたまれない思いで白状するしかない。
「……失礼な態度を取ってしまったことをお詫びします。今日は、その……妹や仲間が別件で仕事をしていて、どうしても、気になってしまって……」
正直に告げると、櫻子は少し目を見開いてから、どこか萎縮したような表情で頭を下げる。
「そうでしたか……私の方こそ申し訳なかったですね」
「い、いえ、透名さんの方が先約でしたし、俺がいなくても彼らは問題なく仕事をこなします。ただ……俺がまだ、精神的に未熟なんです。彼らと直接関わっていないと……自分が、置いていかれたような気がしてしまって……」
いつも自分の隣に立っている政宗は、前を向いて、周囲も見つめて、更に先へ進もうとしている。
ユカもまた、自身の過酷な状況を誰よりも把握した上で、先へ進もうとしている。
最初は――あの研修の時は自分が先頭だと思っていたけれど、いつの間にか横並びになり、2人はそれぞれの道を見つけて、先へ進もうとしているのを感じていた。
心愛もそうだ。これまでは自分の後ろに隠れ、怯えているだけだと思っていた。自分が守らなくちゃいけないと思っていた存在なのに……今日、家を出る統治に声をかけてくれた心愛には、何かを吹っ切ったような強さを感じた。
政宗、ユカ、心愛……全員が自分の意思で、自分の道を決めている。
自分は――名杙統治は、それが出来ているだろうか。
目の前の彼女に不満はない。むしろ、こんな自分に付き合ってくれて、しかも言い出しにくい話を切り出してくれて、ありがたいと思っている。
ただ……。
「……透名さん」
腹をくくって彼女の名前を呼んだ。
「はい」
既に内容を理解している櫻子は、静かに微笑んで彼の言葉を待つ。
今、統治が一番自分で決めたいこと、それは――
「大変申し訳ないのですが……また、日を改めてお話させてもらうことは、可能でしょうか?」
目の前の彼女に自分の言葉で断って、仲間の元へ向かうことだ。
「……お兄様、サイッテー」
ここまでの話を聞いた心愛が、心からの本音を吐き捨てた。ある程度予想していたとはいえ、妹からの蔑みと「最低」のコンボは……地味に、きく。
ですよねーとうなだれる統治に、政宗と、その隣にいるユカが……揃って苦笑いを浮かべた。
「統治、今までそげなこと考えとったと? あたしはむしろ、政宗と統治においてかれてる気がしとったよ」
「それは俺も同じだな。俺も……統治とケッカにおいていかれないように頑張ってるつもりだ。統治が俺より後ろにいる、なんて、思ったことないぞ?」
どこかからかうように告げる仲間に、気恥ずかしさがこみ上げてきた統治は返す言葉が見当たらず……結果、視線を外して口をつぐんだ。
と、そんな彼へ、ジト目の妹が追い討ちをかける。
「で。お兄様は透名さんを追い帰してここに来たってこと?」
「いや、その……追い帰したというか、先に帰られたというか……」
あの時。
目の前の彼女に頭を下げた数秒後、櫻子は穏やかな声で「名杙さん、顔を上げてください」と声をかける。
そして、バツが悪くて仕方のない統治へいたずらっぽい表情を向けると、こんなことを言ってのけた。
「分かりました、今日はこれで失礼します。でも……これで貸し借りナシになりましたよ、名杙さん」
「貸し借り……?」
急に心当たりのない話をふられ、統治が更に困惑する。
そんな彼の様子を面白がっている様子の櫻子は、カップに残ったコーヒーを飲み干すと、コートと伝票を持って立ち上がった。そして。
「その理由は……次にお会いした時に、改めてお話させていただきますね」
そう言って、統治より先に店を後にしたのだ。
「追い帰してないむしろ悪化してるわよお兄様!! っていうかありえなくない!? わざわざ時間を作ってくれた女性をそんな風に扱って何も出来なかったとか、本当にサイテー!!」
「……」
心愛の言葉が胸に刺さる。自分でも彼女に悪いことをしたという自覚があるため、統治は物言わぬ貝になりたくて仕方なかった。
そんな兄の姿に心愛は大きな大きなため息をつくと……腰に手を当てて、ジト目のまま、統治を見上げる。
「お兄様……こんな調子で結婚なんて出来るのかしら。心愛の方が早いかもしれないわね」
「何だって!?」
刹那、統治が目を見開いて心愛を見つめた。そんな兄から心愛は華麗に視線をそらすと……隣で苦笑いを浮かべている倫子に目を合わせ、同じく苦笑いで肩をすくめるしかなかった。
これまで見せてこなかった心愛の一面。それを今、目の前で見せられた倫子は……自分のことを、どう思っただろうか?
「あーあ……バレちゃった。学校では大人しいキャラなのになぁ……」
そんな心愛に、倫子が笑いながら意見を述べる。
「でも……私は、学校でも今の名杙さんで構わないと思いますよ?」
「やめてくださいよぉ……」
そう言って2人でひとしきり笑ってから……心愛は改めて、倫子を見つめた。
「阿部会長……会長が心愛達とも違う素質があることは聞きました。心愛もずっと、『痕』が……さっきの幽霊みたいなのがずっと怖くて目をそらしてきたので、阿部会長の気持ち、何となく分かるつもりです」
「名杙さん……」
「でも……きっと、これからは前よりも少しだけ、怖くなくなっていると思います。だから……」
心愛は肩の力を抜き、倫子に不敵な笑顔を向ける。
「だから、学校で何か怖いことがあったら……心愛に教えてください。この学校は、心愛が守ってみせますから」
そんな、迷いなく言ってのける妹の表情を見つめつつ……統治は、「心愛が来年あたりに許嫁を連れてきたらどうしよう」と、先程の発言を思い出して複雑な気分になるのだった。
その後、『絶縁体』を持っていない倫子を統治と心愛で送ることになり、ユカ達とは使っている路線が異なることから、学校の門のところで解散することとなった。
別れ際、倫子が改めて、政宗とユカに頭を下げる。
「今日は……勝手な行動をして、本当に申し訳ありませんでした」
背中が見えそうな角度で頭を下げる倫子に、政宗は苦笑して「頭をあげて大丈夫だよ」と声をかける。
そして、まだどこか罪悪感を感じている彼女へ、政宗は努めて優しく言葉を続けた。
「繰り返しになるけど、阿部さんが同じことをしなければ、俺達は君の味方だから。これからも困ったことがあれば、心愛ちゃんでも誰でもいいから、遠慮なく相談して欲しい。きっと、力になれると思う」
その言葉に、倫子の表情が少しだけ明るくなったような気がしたのは、ユカの勘違いではないと思う。
「分かりました。宜しくお願いします」
そう言って彼女は軽く会釈した後、統治と心愛に付き添われて学校を後にした。
残されたのは、ユカ、政宗、仁義の3名。するとここで仁義が2人に向き直り、これまたペコリと軽く会釈する。
「今日はお疲れ様でした。実は……里穂から参考書の買い物を頼まれているので、近くの本屋に寄ってから帰ります。今日はここで失礼しても大丈夫ですか?」
この学校から徒歩圏内に、そこそこ大きな書店がある。しかし、それは駅と違う方向になるため、今日はここで現地解散をしたい、という申し出だった。
ぶっちゃけ仙台まで出た方が大型書店も複数あるのだが……勿論これは、彼なりの心遣いも含まれてのこと。
政宗は仁義の優しさに内心感謝しつつ、平静を装って言葉を返す。
「構わないよ。今日はお疲れ様、頼みたいことは週明け以降になると思うから、また連絡するよ」
「了解です。山本さんもお疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」
そう言って立ち去る仁義に、ゆるく手を降って別れを告げたユカは……さて、と、隣にいる政宗に問いかけた。
「政宗、これからどげんすると? 一旦『仙台支局』に戻る?」
尋ねられた政宗は、一瞬考えて……すぐに結論を出す。
「いや……このまま帰るぞ」
「よかと?」
「元々休日出勤は午前中だけのつもりだったし、ケッカはこれ以上無理をするな。明日の出勤も自分の状況を見て判断してくれて構わないから、今日はもう業務終了だ」
「分かった。じゃあ駅まで戻って、っと……!!」
そう言って前へ踏み出そうとした瞬間、ユカの体が大きく傾いた。
「ケッカ!?」
慌てて彼女の左二の腕を少し強引に握って引き戻し、転倒を回避することに成功する政宗。とりあえず助けられたことに安堵の息を吐きつつ……苦笑いを浮かべて自分を見上げるユカを、ジト目で見下ろした。
その目ははっきり焦点が合っておらず、どこを見ているのか、よく分からなかったから。
「ケッカ……お前、無理してるだろう」
政宗の言葉に、ユカは更に目を泳がせる。
「あー……ま、まぁ多少は。でも、もう大丈夫やけんね!! 大丈夫だよ!!」
「信用出来るわけないだろうが!! 今日はタクシーで帰った方がいいぞ」
「よ、よかよ!!(←やめてくれという拒絶) なんか勿体なか……電車に乗ればピューッと帰れるっちゃけんね!!」
無理に強がってから元気を見せつけるユカに、政宗はもう一度ため息をついてから……不意に握っていた腕を離し、そのまま彼女の前に腰を下ろした。
「政宗?」
彼の行動の意味が分からず、ユカが首をかしげる。そんな彼女を肩越しに振り返って見上げつつ、政宗はその理由を説明した。
「駅まで背負って連れていけばいいんだろう? 行くぞ」
「ひぇっ!?」
彼の言葉を聞いた瞬間、ユカの喉から変な声が出た。そして、心なしか顔を赤くして、首を何度も横に振る。
「ど、どどどうしてそげな解釈になると!? そ……そげな恥ずかしいことせんでも大丈夫やけんがっ!!」
そんな彼女を珍しく見上げる政宗もまた、若干顔を赤くして……その、一見すると突拍子もない行動の理由を説明した。
「……覚えてるか? あの研修の時にケッカが言い出した罰ゲームのこと」
「あ……」
思わず声が漏れる。まさか、政宗が覚えているとは思わなかったから。
それは、ユカが先日思い出した、あの時の記憶。
「じゃあ罰ゲームとして、そのうち……疲れた時は佐藤さんにおんぶでもしてもらって、連れて行ってもらおうっと」
その後実行されることのなかった、2人の約束の1つ。
「結局、研修中には実行出来なかったからな。こうやって……あの時出来なかったことを1つ1つ消化していきたいんだ。悪いけど、付き合ってくれないか?」
それは先ほと、心愛の危機に駆けつけられた統治を見ていて、政宗がより強く思ったことでもあった。
10年前の約束、些細なことからでも1つずつ消化していくことで……自分の中にずっと残っている『しこり』が、少しずつ、小さくなるような気がしたから。
正直、この年になってこんなことを言い出すのは恥ずかしい。でも、それを乗り越えないと……自分は、先に進めない。
そしてそれは、ユカにとっても同じことで。
「そういうことなら、しょうがなかね……」
ユカは肩をすくめて、あの時よりずっと大きくなった彼の背中に、自分の体重を預けることにした。
学校から駅までの道のりは、徒歩で10分かからない程度。閑静な住宅街の合間の細道を抜け、目的地を目指す。今日は日曜日ということもあり、人通りも少なく……時折、自転車や車とすれ違う程度だ。
学校へ向かうときも使った、同じ道なのに……目線の高さが違うこともあり、ユカには景色が新鮮に見える。
体に優しく響く心地よいリズムは、疲労困憊のユカには最適の環境で……何度か寝落ちしそうになる意識を必死につなぎとめ、彼の背中に声をかけた。
「……重くなか?」
とりあえずベタな常套句を尋ねてみると。表情の見えない彼は苦笑いで返答する。
「重いわけないだろう。俺とケッカの体格差を考えてくれ」
「そりゃそうなんやけど……あああ何かやっぱり気恥ずかしかねー……」
そう言って暴れそうになる自分を必死に抑えつつ……ユカは自分から話題を変えることにする。
「政宗……統治があげなこと思っとったって……知っとった?」
統治と飲み友達でもある政宗ならば知っているかと思ったが、彼もまた、首を横に振った。
「いいや。むしろ俺やケッカの方が、統治に置いていかれないよう努力しなきゃならないと思ってたくらいだ」
「だよねー……人間、ないものねだりってことなんやろうか……」
統治が自分たちに対して、あんな感情を持っていたなんて……ユカも政宗も知らなかったし、驚いた。
けれど同時に、彼がようやく本音を吐露してくれたような気がして……ちょっとニヤニヤしてしまったことも事実。
10年ほど友人として付き合っているけれど、彼は相変わらず……よく分からない。でも、今はきっとそれでいいと思う。
「それにしても……透名さん、結局何者なんやろう。これで統治に貸し借りってことは、過去に統治が彼女のために何かしたってことだよね」
「さてな。ただ、彼女が統治に対して悪い印象を持っていないことは分かった。次に2人が会った時にでも、その話を掘り下げるんんじゃないか」
「そうやね。いずれ心愛ちゃんにでも聞いてみよっかなー……」
そう呟いたユカは、ふと……今は顔の見えない彼にだけ聞こえるよう、ボソリと呟く。
今日、もしかしたら一番驚いたかもしれない……そんな現状に対する疑問。
「よう覚えとったね……罰ゲームの話」
ユカの言葉に、彼は前を向いたまま返答する。
「そりゃあ、ずっと覚えてたわけじゃないけど……ケッカと再会して、統治と3人でいることが増えて、フッと、あの時のことを思い出すことが増えたんだよ。俺も歳とったな……」
そう言ってため息をつく政宗は一度立ち止まり、少しずれた彼女の体の位置を調整した。
そして再び歩き出そうとして……ユカが、先程より強い力で、自分にしがみついていることに気付く。
「ケッカ?」
「……何でもなか。あたしも歳とったなぁって……体は変わらんけど」
どこか鼻声で少し自嘲気味に呟いたユカに、再び足を前に踏み出した政宗は、何の疑いもなく言葉を返すのだ。
「ケッカのことは、必ず何とかする。だから、一緒に頑張っていこうな」
政宗が過去のことを覚えていて、果たせなかった約束を実行してくれたこと。
そして、未来へ繋がる新しい約束が出来たこと。
数ヶ月前には考えられなかった、そんな未来が……今、現実になっている。
嬉しい。
心からそう思えるから。
いつもより近くで、優しく、力強く響いた彼の言葉。ユカは一度だけ首を縦に動かすと……想像していたよりずっと逞しくなった政宗の背中に自分を預けて、明日からまた頑張ろうと、決意を新たにするのだった。
とりあえずお兄様はサイテーです。この櫻子の言葉の真意に関しては、後日談でフォローしますのでお待ちくださいませ。
霧原的には、心愛の「お兄様……こんな調子で結婚なんて出来るのかしら。心愛の方が早いかもしれないわね」という台詞で、統治のシスコン属性が本格的に開花したと思っています。やっと小説でもお兄様をソワソワさせることが出来るわ!!
そして、唐突にやってくるユカと政宗のエピソード。一応前半でフラグはたてたつもりですが、政宗の行動に「政宗がヘタレじゃないわよ霧原!!」と、驚かれる方も多いかと思います。
ええ、彼は10年前のことが絡むと、ちょっとだけ勇気を出せるんです多分きっと!! せめて本編くらい少しカッコよくなったっていいじゃない……それ以外は通常営業なのでご安心ください。
個人的にはユカの重みを背負って歩く、政宗からは絶対に離さない……みたいな感じを書きたかったんです。伝わりづらいですが。
ユカと政宗に関しては、お姫様抱っこよりもユカが背中にとびついて「さぁ行こう!!」と言っている印象なので、今後もこんな感じで不可抗力を利用してくっつけたいと思います!! ちなみにこの発言は第3幕へのフラグだよ!!




