エピソード4:名杙兄妹ラプソディ④
そして翌日金曜日、『仙台支局』が営業を開始する午前9時過ぎ。
朝一番に再び呼び出された聖人は、応接用のソファに腰を下ろし、斜め前にいる統治が用意したインスタントコーヒーの香りを楽しんでいた。
さすがに今日も外へ出る時は普通の格好――ロングコートにジーンズ、足元は革靴――で、感情を深く読ませない笑みを顔に貼り付け、話が始まるのを待っている模様。
ちなみに彩衣は帯同しておらず、ユカは衝立の向こうにある自席で、本日夕方の打ち合わせに使う資料を作っているので……この場にいるのは男性3名のみ。地味に珍しい光景である。
聖人の正面に座っている政宗が、少し疲れた顔を頑張って誤魔化しつつ、話を切り出した。
「伊達先生、朝早くからご足労いただいて申し訳ありません。早速ですが……昨日、ケッカ達に話した内容について、俺達にも改めて教えていただけないでしょうか」
この言葉に、聖人は笑顔で首を傾げた。
「あれ、ケッカちゃんから聞いたんじゃないのかな?」
「聞いたことは聞いたんですが……俺達にも初めての情報ばかりで、ケッカからの又聞きのみでは不十分だと判断しました。それに、伊達先生がここに来てくれたということは、詳細を話してくれる気があるのだと思っています」
こう言って、政宗は眠気覚ましに目の前のコーヒーを飲んだ。特にコーヒーへは手を付けていない聖人が、表情を変えずに飄々と言い放つ。
「今日はたまたま、仙台に用事があっただけだよ。でも……確かに自分からも提案があるから、互いに腹を割って話そうか」
「一番胡散臭い人が言うと、説得力がないですね……」
「そんな悲しいこと言わないでよ。ケッカちゃんに告白してくるよ?」
「何の告白か分かりませんがやめてください。話を進めますが……『縁由』というものは、一体何ですか?」
真顔で尋ねる政宗に、聖人は一度息をついて……昨日と同じ説明を繰り返した。
一通り聞いた2人は、それぞれに顔をしかめて……深いため息をつく。話を終えた聖人がようやくコーヒーを飲んでいる様子をチラ見した政宗は、改めて、自分がメモをした内容に視線を落とし、二度目のため息。
「特異体質、『縁由』……そんな内容、『統括縁故』の研修にさえ組み込まれていませんよ」
「当前だよ。また発展途上、研究がほぼ進んでいないんだ。自分しか取り組んでいないこともあって、サンプルが非常に少ないからね」
「名杙や名雲に更なる協力を仰ごうとは思わないのですか?」
政宗の言葉に、これまでメモを取っていた統治も顔を上げて、聖人を見つめる。
2人からの視線を向けられた聖人は、肩をすくめて首を振った。
「うーん……正直、もう諦めてるかな。名杙も名雲も『縁故』ばかり重要視しているからね。『縁由』なんて中途半端な眉唾ものは最初から疑ってかかっているし、『縁由』持ちの彼らは『縁』が見えないことがほとんどで、かつ、さっきも言ったけど、加齢と共に『縁由』が消えてしまうパターンがほとんどなんだ。名杙や名雲が欲しいのは『縁故』になる素質がある人間だからね。自分とは根本的に違うんだよ」
そう言って再びコーヒーを飲む聖人に、今度は統治が問いかける。
「父は……現名杙当主は、これらのことを知った上で協力している、ということですか?」
この質問に、聖人は首を縦に動かした。
「そう。当主も大分変わり者だと思うけど……おかげで牛歩ながらも研究を進められているよ。ありがたいことに、昨日の阿部さんも蓮君も、自分の研究には協力してくれるってことになったからね。伊達先生も更に頑張らないと。それで、政宗君に統治君……頑張ろうと思っている伊達先生から、ちょっとした相談があるんだけど」
そう言って笑みを向ける聖人は、2人に『とある』提案をする。
話を最後まで聞いた統治は無言になり、政宗は苦笑いで天井を仰いだ。
「なるほどなぁ……まぁ確かに、それが一番手っ取り早いかもしれませんね。時間的にもそれくらいなら俺は構わないけど、統治、どうする?」
そう言って統治を見やる。
「……」
突然の申し出に、統治は……困惑した表情で黙り込むことしか出来なかった。
そして、学生さんもボチボチ集まってくる16時25分頃。
『仙台支局』には、ユカ、政宗、統治、里穂、仁義、華蓮の6人が揃っている。机を挟んで4人座れる応接用のソファには、まず、仁義と華蓮が横並びで座り、華蓮の前に里穂がいる。里穂の隣に来るはずの人物は、まだ、姿を見せていない。ユカと政宗、統治は各自の椅子を持ってきて陣取っており、分町ママは宙に佇み、静かに足を組み替えた。
統治が空席の向こうにいる里穂を見やり、意を決して問いかける。
「里穂、心愛のことだが……」
そんな統治に、里穂はいつも通りの笑顔で返答した。
「心配しなくても大丈夫っすよ、うち兄。電車に乗って向かってるってメールが届いてるっす。第一、ココちゃんが一番遠いっすから、一番遅くなるのは当たり前っすよ」
「そうか……」
昨晩はあのまま、政宗のところに泊まった統治なので……結局、心愛とはあれから顔を合わせておらず、特にメールや電話でのやり取りもしていない。
今日になって支局内にいた分町ママにそれとなく尋ねてみたのだが、「もう大丈夫だから安心しなさい」という、漠然とした返事しか返ってこなかったのだ。
どこか落ち着かない統治に、政宗が声をかけようとした次の瞬間――
「――こんにちはー」
施錠していなかった扉が開き、制服姿の心愛がツインテールを揺らしながら顔を出す。
そして、空いている席――里穂の隣――に腰を下ろした。
カバンを椅子の脇に置いて一息つく心愛に話しかけようとした統治だったが、先に心愛が統治を見つめ、頭を下げる。
「お兄様……昨日は、ごめんなさい」
「心愛……」
「今の心愛にどこまで出来るか分からないけど……心愛は、自分の学校を守りたい。そのために、もう少し頑張ってみようと思うの。ダメ……かな」
そう言って顔を上げた心愛に、統治は肩をすくめて頷くことしか出来ない。
その様子を見た政宗が全体を見渡し、「さてと」と息をついて話を始めた。
「全員揃ったから始めるぞ。昨日、ケッカと片倉さんが秀麗中学に潜入して、『痕』と思われる存在と遭遇している。正直、『遺痕』と呼ぶほどではないと思うが、既に複数の『痕』の気配を感じているし、学生にも影響が出ているから、一度、掃討しておくべきだという結論に達したんだ。具体的には、今週末に、一度大きく動こうと考えている」
急にリミットが近くなったことで、学生4人が表情を引き締める。
仁義が軽く手をあげて、政宗に更なる説明を求めた。
「具体的には、どうするつもりですか?」
「学校側に確認したら、明日の土曜日は職員とPTAの会議やシステムメンテナンス等があるから、部外者の立ち入りは遠慮して欲しいそうだ。その代わり日曜日の午前中であれば、誰も立ち入らないように人払いをしてくれる。統治は家の用事があるから無理なんだが……俺とケッカがメインで動いて数を減らして、仁義君と心愛ちゃんには補助に入ってもらおうと思ってる。片倉さんは『縁故』じゃないから、今回はパス。あと……里穂ちゃんもテスト勉強があるから、今回はパス」
刹那、唐突に戦力外通告を受けた里穂が、手元の資料を握りしめて立ち上がった。
「えぇー!? 政さん、午前中くらいなら大丈夫っすよー!? むしろ、気になって勉強なんか集中出来ないっすー!!」
そんな彼女に政宗は苦笑いを向けて、一旦座るように促した。
「高校に入って初めてのテストなんだから、週末はちゃんと勉強しなきゃダメだよ。報告はちゃんとするから、今回は自分のことを考えて」
「ぶー……まぁ、うち兄も参加出来ないようなので、仲間はずれは私だけじゃないっすね。今回は大人しく勉強してるっすー」
しぶしぶ腰を下ろす里穂を確認した政宗は、改めて話を続ける。
「集合は朝10時、場所は中野栄駅。校内を巡回して片っ端から潰していく。基本的に俺と仁義君、ケッカと心愛ちゃんの二手に別れて処理していく予定だ。1時間あれば終わる……と、思いたいが、何だかんだとお昼近くまではかかると思ってくれ。まぁ、終わったらご飯くらいはおごるよ。あと、手元の資料については……ケッカ、頼む」
「はいよ、っと」
政宗から話を引き継いだユカが、資料を持って説明を始めた。
「この資料には、この間中学校で見た『痕』の特徴と、どこにいたのかを把握できた範囲で書いとるけん、参考にしてね。ただし、持ち帰りは厳禁。当日政宗かあたしが持参して再度配布するけんが、今日はここに置いて帰ること」
全員が頷いたことを確認したユカは、空中で話を聞いている分町ママに視線を移した。
「分町ママ、あの学校周辺の『痕』の動き、どげんなっとる?」
話をふられた彼女は、手に持った四角い枡を傾けつつ、全員と情報を共有する。
「昨日の夜からさっきまで、何となく周囲を見回ったりしているんだけど、やっぱり学校だからなのか、学生っぽい『痕』がウロウロしてるわね。とりあえず、校内にいた3人くらいには声をかけて、この場所から出るように忠告をしておいたけど……例の彼女が『絶縁体』を持っているからなのか、お父さんらしき姿は見つけられなかったわ。ゴメンね、ママも明日の昼以降は名杙本家の役割があって、コッチまで手が回りそうにないのよ」
「名杙本家の総会が6月やけん、忙しくなるのはしょうがなかよ。それに、日曜の午前中とか……分町ママ、絶対に仕事せんやろ?」
ユカが茶化すような口調でそう言うと、分町ママは「あら」と顔をしかめる。
「ケッカちゃんにそう思われているなんて心外だわー……まぁ、その通りなんだけど」
「……」
ユカは枡を豪快に煽った分町ママから視線をそらして、説明を続ける。
「現状はさておき、日曜日までにまた複数集まっとる可能性は高いと思う。今回は『生前調書』がない『痕』の『縁』を切ることになるやろうけんが、相手の名前も、素性も、一切不明なんやけど……そういうのは基本的に、あたしと政宗で対応していく」
今回は『遺痕』対策でもないので、『生前調書』が用意出来ていない『痕』の『縁』を切ることになるだろう。
『生前調書』があって事前に諸々と分かっていて切るのと、何もわからない状態で切るのでは、『縁故』に跳ね返ってくる負荷が異なる。そのあたりは学生ではなく、正規職員である政宗とユカが対応するのは当然のことだ。
たまにそういう突発的な事案に対処することがあるとはいえ、今回は特に、何人を相手にするか分からないので……ユカも政宗も、改めて気合を入れ直す。
「仁義君と心愛ちゃんは、何か名前が分かりそうなものとか、相手の特徴とか、覚えるようにしとってね。更に増えとる可能性もあるけんが、実際の数は当日確認やね。あと……裏面に学校の見取り図も印刷しとるけんが、当日は地図がある状態で動き回ることは出来る」
そう言って資料を裏返したユカは、そこに記載されている個人情報に視線を落とした。
阿部輪太郎、享年49歳。
先の災害で亡くなった、倫子の父親の情報だ。
「阿部さんのお父さんがまだおる可能性は、それなりに高いと思う。阿部さんとの『関係縁』が切れてないみたいやけんね」
日曜日、当然、倫子はこの場に呼ばない。今回は華蓮も呼ばないので『縁由』所持の特異体質者はいないことになる。そのため、もしかしたら数は前回より少ないかもしれないけれど……それはそれでしょうがない。
ユカがそんなことを考えていると、話を聞いていた仁義が、「いいですか?」と再び片手を上げた。
「日曜日の段取りはわかりましたが……ただ、これでは根本的な解決にならないのでは? 阿部さんが、その……『縁由』という能力を持っているのであれば、同じことが繰り返されますよね?」
仁義の最もな懸念に、『仙台支局』常駐の3人は顔を見合わせた後……統治が片手を上げ、説明役を引き受けた。
「仁義の疑問は当然だ。そのため、阿部さんの今後が決まるまで……暫定的ではあるが、アフターフォローが必要になると考えている」
「はいはいっ!! うち兄、学校へのアフターフォローって……どういうことっすか?」
目を丸くして尋ねる里穂に、統治は聖人から提案された『とある』提案を説明して……。
「えっ……!?」
心愛が絶句して書類を取り落とす。
「統治さん……」
仁義が意外そうな眼差しで統治を見つめる。
「……」
既に知っていた華蓮は、したり顔でお茶を飲んだ。
「うち兄……マジっすか」
驚きで更に目を見開く里穂に、統治は真顔で返答した。
「マジだ」
その後、学生組が帰宅した19時過ぎ。
「佐藤、山本、ちょっといいか? スマートフォンを持って来てくれ」
残務処理を終えた政宗とユカに、作業をしていた統治が声をかける。
何事かとスマホを持って彼の元へ近づく2人に、統治はUSBケーブルを複数用意しながら、事の次第を説明した。
「アプリを少し改良した。週末に向けてアップデートしておくから、端末を貸してもらえるだろうか」
こう言う彼に、政宗は自分の端末を手渡す。
「作業お疲れ様、間に合ってくれて助かるわ。アップデートにはどれくらいかかる?」
「30分……1時間近くかかるかもしれない」
「分かった。じゃあ、その間に飯でも買ってくるよ。統治、何か食べたいものはあるか?」
「……のり弁当」
「了解。ケッカはどうする? 俺が買ってきてもいいけど……」
統治にスマホを渡したユカは、一瞬考えてからこう返答した。
「おやつ買いたいけん行く」
「またお前は他人の金で全てを買おうとしているな……」
ジト目で睨む政宗の間をすり抜け、ユカは扉の方へ向かう。そんな彼女を追いかける政宗の背中をみおくりつつ、二人分のスマートフォンをケーブルでパソコンに接続した統治は……一度、ため息をついた。
日曜日の用事――櫻子とのお見合い、と称した顔合わせ会。学校側と予定が被ったことを知った統治は、断ろうとしたのだが……それにまったをかけたのは、他でもないユカと政宗だった。
「待たんね統治、彼女のほうが先約やろ? だったらそっちを優先せんと」
「まぁ……正直、統治はそれどころじゃないかもしれないが、ここで一度会っておかないと、いくら透名さんの家とはいえ、直前に断って相手に貸しを作るのは、名杙としてもあまり良くないんじゃないか? こっちは俺とケッカで何とか出来る、統治は統治の役割を果たしてくれ」
こう言われたら……押し黙るしか無い。実際問題、統治の見合い話は名杙にとっても非常に重要なものであり、いくら緊急の仕事とはいえ、おいそれと延期することは出来ない。政宗とユカがいるならば尚の事だ。
今回がダメならば、次は我が家の娘と……という親子が、列を作って待っているのだから。
同時に、統治も先日の彼女の真意を確認しておきたいと思っていたことは事実。それに、彼には彼の役割が残っている。
机上に置いた自分のスマートフォンを見ると、メールの着信を知らせるランプが点滅していた。恐らく彼女からだろう。明後日の段取り――集合時間や集合場所など――は、今日の午後に統治からメールで提案しているので、その返事だと思われる。
メールを開いた統治は……その内容に、眉をひそめた。
『わかりますた。にちようびは。よろしくおねがうします』
「……」
彼女は小学生レベルの日本語も使えないのだろうか? いや、あの時話した様子では、そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。極端にメールが苦手なのかもしれないが……それにしても極端過ぎる。
無意識の内にため息を付いた。分からないことが多すぎる。
それに、彼女との縁談は家のためでもあるのだ。これもまた、統治にしか出来ないこと。
分かっている、分からないことが多すぎる中でも、これだけははっきりしているのだ。だから日曜日は迷わずに、己の役割を果たせばいい。
全ては、名杙家のために。
「……家のため、か」
一旦納得して引き下がった統治だったが……2人が一旦離席した今、誰もいなくなったそれぞれの席を見つめ……ため息を、ついた。
『仙台支局』にこれだけ集合しているのは、珍しいですね。どこか吹っ切れた心愛の活躍はこれからです。一方、統治はまだモヤモヤしていて……どうするどうなる名杙兄妹!!
ちなみに、『生前調書』のない『痕』や『遺痕』の『縁』は、切ってはいけないわけではないのです。ただ、『縁故』にかかる負担が重くなるため推奨されておらず、縁を切った場合は報告が義務付けられているため(報告が、出来高を計算する時の証拠にもなります)、後付で『生前調書』を用意しなければならず、『縁故』の事務作業が大変なことにもなります。さて、どうなることやら。
ちなみに、櫻子からのメールは誤字ではありません。




