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エピソード3:予想外の能力者達④

「『痕』を呼び寄せる、特異体質……?」

 そんな話を聞いたことがないユカが顔をしかめると、聖人は困惑する倫子を眺めつつ、隣でユカと同じく眉をひそめる華蓮に、ある提案をする。

「華蓮ちゃん、ちょっと眼鏡を外して、倫子ちゃんの『因縁』を見てくれないかな。きっと、自分の言っていることが分かると思うよ」

 刹那、華蓮がペンを走らせる手を止めて、聖人に驚きと疑惑の眼差しを向けた。当然、ユカも困惑した表情で聖人を見つめる。ユカではなく、わざわざ華蓮に見るように指示を出したのだから。

 華蓮が眼鏡を外すと、『縁』が見えるようになる。ただ……以前、ユカの傷ついた『生命縁』を狙ったり、心愛を利用して身内を生き返らせようと画策したことがあるため、普段はこの眼鏡をかけて、『縁』を見えないようにすることが、日常生活を送る必須条件になっているのだ。

 この眼鏡を外す許可を出せるのは、名杙家現当主、統治、政宗、そして聖人の4名。今は聖人が許可を出しているため、問題ないと言えばないのだが……。

「……いいんですか?」

 確認するために問いかけると、聖人が試すような目で彼女を見つめる。

「いいよ、ただし20秒だけ。まぁ、それだけあれば十分だと思うけど」

「分かりました……」

 ここまで言われて外さない理由はない。華蓮は一度息をつくと、眼鏡を外してから倫子を改めて見つめて――


「――っ!?」


 がだんっ!!


 次の瞬間、目を見開いた華蓮がその場で勢い良く立ち上がったかと思うと、すぐに我に返り、持っていた眼鏡をかけ直した。

 そのまま何とか椅子に座り直した華蓮は自分の胸のところを手で抑え、一瞬で荒くなった呼吸を必死で整えようとしている。指摘されたくはないとは思うけれど……耳まで赤くしていた。

 まるで誰かに……先程見つめた倫子に、一目惚れでもしたかのように。

「片倉さん!? ど……どげんしたと?」

 理由不明な彼女の変化を目の当たりにしたユカが恐る恐る問いかけると、頬を染めた状態から抜け出せない華蓮が、上目遣いにユカを見つめた。

「や、山本さん……阿部さんの『縁』、見ていないんですか?」

「へ? 彼女の『縁』ならさっき見て、まぁ特に異常はなかねーと思った……けど……」

 ユカは自分でここまで言って、現実はちっともそんなことないんだろーなーということを悟る。

「あぁぁもう何がどげんなっとると!? そもそも統治だって、特に何も言ってなかったやん!!」

 苛立ちを抑えるために、カップに残っていたコーヒーを一気飲みするユカ。そんなユカの隣に座っている倫子は、もう何がなんだか理解が追いつかないので会話に参加することすら出来ない。

 戸惑う倫子の様子を見た華蓮が、目の前にある水を一口飲んでから自分を落ち着かせ、聖人を横目で睨んだ。

「伊達先生……説明してください。私も正直、意味が全く分かりません」

「ハイハイ、そんな怖い顔で見なくても説明するよ。まず……阿部倫子ちゃん」

 名前を読んでから、聖人は改めて倫子に向き直る。

「君は普通の人間とは少し違う世界が見える、ここまでは大丈夫かな?」

「はい……」

「元々そんなに頻繁に見ていなかったけど、ココ最近増えてきたんだよね? それって……今年の4月以降、名杙心愛ちゃんと一緒にいる時間が増えてから、じゃないかな?」

「え……?」

 そう言われて、倫子は一瞬口ごもる。違うと即座に否定出来ないのは……思い当たるフシがあるからだろうか。

 華蓮が釈然としない表情で記録を取る中、ユカは聖人が言わんとしていることに気付く。

「もしかして……名杙の影響を受けて、彼女の能力が強くなったってこと?」

 ユカの指摘に、聖人はうんうんと頷いて言葉を続けた。

「自分はそうじゃないかなーと思ったんだよね。ケッカちゃんも恐らく経験したことがあると思うけど、名杙は自分の名前を伝えることで、相手からの攻撃を許さず、かつ、自分たちは優位に干渉することが出来る。倫子ちゃんの中途半端に覚醒した能力に、心愛ちゃんの無自覚な影響力が優位に干渉して、勝手に倫子ちゃんの能力を引き出しているんじゃないか……という仮説を立ててみたんだ」

 ユカ自身も思い当たることがあるのか、聖人の言葉に頷くと、先日のやり取りを思い出していた。

「なるほど……そういえば心愛ちゃん、4月から生徒会に入ったって統治も言いよったね」


「そうだな……4月から生徒会活動に参加するとは聞いていたが、ちゃんと出来ているようで安心した。ただ、山本に対してはいつも不躾な態度で接していると思う。すまない」


 連休中、青葉城で聞いた統治の言葉を思い出し、ユカが1人で納得する、が……。

「でも、そもそも特異体質ってどういうことなん? そげな話、本当に聞いたことないっちゃけど……」

 先程突然ふって湧いて出た、『特異体質』というキーワード。それを言うならば『縁』の見える自分だって当てはまるのではないか……言葉を切って説明を求めるユカに、聖人は心なしかゆっくり、言葉を選びながら、その真意を紐解いていく。

「これもまだまだデータが少ないから、基本的に全部自分の仮説だと思って聞いて欲しいんだけど、世の中には稀に、『痕』を引き寄せてしまうタイプの人間が存在するんだ。ただ、彼らは『痕』を見ることが出来ないことも多くて、例えは『痕』が近づいてくると寒気がするとか、なんとなく嫌な感じがするとか、そういう漠然とした感覚で生きていくしかないんだ。霊感が強い人、って言えば、少し分かりやすくなるかな」

 そう言って聖人はコーヒーを飲むと、目を白黒させているユカに向けて、説明を続ける。

「中には乗っ取られて発狂する人もいるらしいけど……恐らく、『因縁』が変質したことで、フェロモン的なものを無意識のうちに垂れ流すことになっちゃってて……」

「ちょっと待って伊達先生、『因縁』の変質やったら、『縁故』であるあたしも気付けるんじゃなかと?」

 聖人の言葉を遮って尋ねるユカに、彼は苦笑いで言葉を続ける。

「うーん……この辺も、やっぱりまだまだ不確定なんだけど……『因縁』から出てるフェロモン的なサムシングは、色々な生き物に対して優勢になる特性を持っている可能性が高いみたいなんだ。だから、知らず知らずのうちに惑わされて、麻痺して、何も問題ないと思ってしまう……この辺は名雲の能力に近いかもしれないね。ただ、そのフェロモン的なサムシング――自分は『縁由えんゆう』って呼んでるけど、これにも個性があって、違うもの同士がぶつかりあうこともあるみたいなんだよね」

「『縁由』……じゃあ、片倉さんが気付けたのは……」

「恐らく華蓮ちゃんも、彼女と同じ特異体質なんじゃないかな。思い当たること、あるんじゃない?」

 サラッと言い放った聖人の言葉に、華蓮は一瞬、ペンの動きを止めたが……すぐに再開する。

 そんな彼女の横顔に、聖人は更に畳み掛けた。

「さっきも大分反応していたみたいだし……恐らく、倫子ちゃんが持っている『縁由』は相当の強さだと思うよ。それこそ、華蓮ちゃんが女の子に一目惚れしてしまうくらいの……」

「してません」

「本当に?」

「してません」

「本当の本当に?」

「怒りますよ」

 ギロリと睨みをきかせる華蓮に、聖人は苦笑いで両手をあげる。

 そんな彼にため息をつきつつ……華蓮もまた、正直に白状した。

「まぁ……確かにさっきは一瞬、気を持っていかれそうになったというか、強烈に引き寄せられたというか……これまでに体感したことのない感覚でしたけど」

 そんな感想を呟きながら……華蓮は1人、学校で倫子と相対した時のことを思い出していた。

 教室の入り口のところで初めて会った時を含め、仕事中にも関わらず無意識のうちにぼんやりしてしまったのは……きっと、彼女が持っている『縁由』を無意識のうちに体が拒絶していたか、逆にあてられていたかのどちらかだったのだろう。

 華蓮が1人で納得していると、ユカが若干頭をひねりつつ……現時点での話をまとめる。

「伊達先生の話をまとめると、阿部さんと片倉さんは共に『縁由』っていうものを持っとる特異体質同士やけんが、片倉さんはその原因でもある変質した『因縁』に気付くことが出来た。対するあたしは普通の……普通の? とにかく『縁由』を持っとらん『縁故』やけんが、知らず知らずのうちに惑わされとったし、今も惑わされとるけんが、どれだけ頑張っても阿部さんの変質した『因縁』は見えない……こんな感じやか?」

 確認するように尋ねるユカに、聖人は目の前のコーヒーをすすりつつ、適当に相槌をうつ。

 そして、空っぽになったカップをソーサーの上に戻すと、ジト目を向けるユカに笑顔を返した。

「そうだね。もしかしたら、ケッカちゃんが彼女の近くにいて、『縁故』としての能力が鈍ることがあるかもしれないけど……こればっかりは正直、生まれ持った素質が大きいから。ケッカちゃんや心愛ちゃんが気付けなかったのも当然なんだよ」

「はぁ……でも、名杙でも気付けんってこと、あると? 統治も心愛ちゃんも特に、何も言ってなかったけど……」

「知っていたら注意出来るかもしれないけど、知らないことには案外気がつけないものだよ。だって……知らないんだからね」

 意味深な言葉を残す聖人に、ユカはこれ以上深く追求するのをやめた。代わりに別のことを聞き出してみることにする。

「伊達先生は相変わらず底が見えんねぇ。そげな情報、どげんやって突き止めたと?」

「色々あってね。ただ、これはもっと研究が必要だから……更に確証を得ることが出来た時に、改めて話をさせて欲しいかな」

 これ以上、この件について語ることはない。笑顔で拒絶する聖人に、ユカは何も言えなくなり……近くにあるクッキーを口に運ぶ。

 そんなユカの反応を確認しつつ、聖人が言葉を続ける。

「話を戻すけど、倫子ちゃんはその素質を心愛ちゃんに引き上げられて、より強い『縁由』持ちになってしまい、結果として『痕』が寄り付きやすい体質になってしまっただけでなく、『痕』そのものまで見えるようになってしまった。それが、今回の騒動の大きな原因になっていると思うよ。まぁ、亡くなったお父さんまで呼び寄せたのは……偶然だったのかもしれないけどね」

 刹那、倫子の表情が曇った。

「私のせい、だったんですね……」

 自分を責めるようにポツリと呟いた彼女へ、聖人がゆっくり首を横に振る。

「今回のことは色々な要因が重なって発生したことだから、決して君のせいではないんだよ。それに、自分を責めても事態は解決しないから……ちょっと思考を切り替えて今後のことを考えようか」

「今後のこと……」

「ケッカちゃん、政宗くんから『絶縁体』は預かってるよね?」

「あ、はい。コレ」

 ユカは机上に置いていた箱の中身を取り出し、倫子に手渡した。

 長さが10センチほど、銀のクロスと透明のガラス球が揺れるチャーム。以前、華蓮に渡したものと同じモデルである。

 唐突に可愛いグッズを手渡された倫子が首をかしげると、ユカがその用途を説明する。

「これは『絶縁体』って呼んどる便利グッズなんやけど、コレを身につけておけば、『痕』や『遺痕』に襲われることはないと思う。ただ……コレは『痕』が阿部さんに近づくことを防ぐグッズやけんが、阿部さんが持っとる『縁由』を抑えるものじゃないっちゃんねー……その辺の対処も今後考えていくけんが、まずはコレを離さんようにしとってね。携帯電話にでもつけとってくれる?」

「分かりました」

 倫子は頷くと、とりあえずポケットから取り出した携帯電話ガラケーのストラップとして装着し、電話と一緒にポケットへ押し戻した。

 そして、倫子はユカを見つめ、どこか期待の交じる表情で尋ねる。

「あの……もしかして、もう一度、父に会えるんですか?」

 刹那、華蓮がユカに目線を向ける。どう答えるのかと目線でも尋ねられたユカは、一度呼吸をととのえから……迷いなく、はっきりとした声で返答した。

「残念だけど……それはもう無理やね。元々、もう、存在しとる世界が違うんよ。阿部さんの状況が特殊やけんが、期待してしまうかもしれんけど……今は『絶縁体』も持っとるし、お父さんを含む『痕』は、近づくことが出来ない。期待させて本当に申し訳ないけれど、ここは諦めてほしい」

「……」

 当然だが、倫子の表情が曇る。しかし、ここでユカが同情心を出すわけにはいかない。今の彼女と、『遺痕』という更に悪化した状態ではないにしろ、あれだけ集まってきた『痕』を近づけたら、一体どんなことになるのか……想像が出来ないのだから。

 少しの間無言で俯いていた倫子は、「ワガママをいって、ごめんなさい」と、ユカに軽く頭を下げる。そして、次は自分の今後のことを尋ねた。

「あの……私、これからどうすればいいんでしょうか?」

 当然の疑問に、ユカは一瞬思案して……頭の中で結論を組み立てていく。

「そうやねぇ……とりあえず、今、学校に残っとるものに関しては、あたし達で調べて何とかする。阿部さんはとにかく、その『絶縁体』を肌身離さず持ち歩いてさえくれればOK。普通に……って言っても難しいかもしれんけど、恐らくそれを持っとることで、今後怖い思いをすることはなくなると思うんよ」

 それだけ名杙の『絶縁体』は強力なので、その部分に関してはユカも心配はしていない。ただ……。

「ただ……その、さっき聞いた『縁由』に関しては、正直あたしもどげんすればいいか分かっとらん。コッチで方針を決めてから改めて話をするけん、今日は連絡先だけ交換してもよか?」

「分かりました」

 倫子は頷いて、再びポケットから携帯電話を取り出し、操作を始める。

 連絡先を交換する2人を見つめる聖人、そんな彼を、華蓮は……何か言いたそうな眼差しで一瞥してから、記録しているノートを閉じた。


 その後、車で来ていた聖人が倫子を送っていくことになり、本日の業務は終了。政宗の指示通りに事務所を閉めて外に出ると、少しひんやりした空気が4人を出迎えた。

「ケッカちゃんも送っていけるけど……いいの?」

 近隣のコインパーキングに車を停めているという聖人が、駅の方へ向かおうとするユカの背中に問いかける。

 ユカは聖人の方に向き直り、ペコリと軽く会釈をして。

「ありがとうございます、でも……スイマセン、ちょっと1人で考え事をしたいけんが……今日は電車で帰ります」

 今の自分の中にある正直な気持ちを告げると、聖人はいつも通りの笑顔で頷いた。

「了解。じゃあ、気をつけてね」

「山本さん、お疲れ様でした」

 挨拶をする華蓮と無言で会釈をする倫子に「お疲れ様ー」と返しつつ、ユカは3人に背を向けて、仙台駅の方へ歩き始める。

 時刻は19時前になろうかというところ。帰宅ラッシュの余韻が残る仙台駅は、家に帰る人、これからどこかへ向かう人が入り混じり、それぞれが足早に目的地を目指す。

 ユカはカバンに入れたパスケースを取り出し、自動改札にタッチ。瞬時に開くゲートを抜けて、西口改札から少し離れている仙石線のホームを目指す。

 普段は政宗や統治と一緒なので、1人で帰るのは久しぶりだ。ホームへ続く長いエスカレーターを降りながら……1人、ため息をつく。


「このままじゃ……ダメだ」


 仙台に来て1ヶ月とちょっと、特に最近のユカが痛感していることだった。

 ココにきて、自分はずっと後手に回っている気がする。統治が失踪した時も、華蓮が本性を見せた時も、そして……今回の事件も。

 とはいえ……今回の『縁由』に関しては、自分の努力次第で何とか出来るものではない。そもそも自分は生きていることだけで手一杯なので、これ以上新しいことに手を出さずに済むのは助かる……という思いもある。


 とは、いうものの……何も出来ないというのは、悔しい。


「どげんしたらいいっちゃろ……」

 こんな時、政宗や統治がいてくれたら……話を聞いてもらえるのに。

 ユカは一度握りしめたスマートフォンを鞄の中へ押し込むと、その手を外に出して、電車のホームへ向かった。

 新しい設定・『縁由』の登場です。

 これは作中で伊達先生も語っていますが、俗に「霊感が強い」と言われている人(『縁』も『痕』も見えないけど何か感じる人)は『縁由』を持っている、倫子は心愛というブースターが近くにいたため、その能力がレベルアップしてしまった……という状態です。ユカは『縁由』持ちではありませんので、倫子に関して気付けなかったのはしょうがないのです。

 ちなみに華蓮(蓮)も『縁由』持ちですので、黙って立っていると『痕』が寄ってくるのですが……彼女は既に名杙の『絶縁体』を持っているため、問題ありません。

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