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エピソード3:予想外の能力者達②

「あぁっ……あ……!!」

 一点を見つめて顔をこわばらせる心愛に、ユカと華蓮は一瞬で事情を把握する。

 そして、部屋の隅にいる『痕』の存在に気付き、体に緊張感を走らせた。

「あげなところに、いつの間に……!?」

 ユカが軽く舌打ちをした後、打ち合わせ通り、勝利の横をすり抜けて室内に突入。当然ながら非常事態の実践担当はユカなので、少し近づいて目を凝らすと……そこにいたのは、黒いロングコートを着た、猫背の男性だった。

 顔は俯いているのでよく見えないけれど、その雰囲気から50代に届くか届かないかという印象。ただ、この人物の名前が分からないので、残っているはずの『縁』をはっきり認識することが出来ない。恐らく右手からぼんやり見えるものだとは思うが……道具を使わないユカなので、この場で『切る』としても、最至近距離まで近づく必要がある。相手がそれを許してくれるかどうかは、今の時点では全く分からない。

 ただ、もしも会話が出来るとすれば……せめて、相手の名前か、それのヒントになるものでも掴んでおきたいのが正直なところだ。

 そのためには目の前のことに集中したい。今回は『縁故』ではない人間が近くにいるので、まずは無関係な中学生に退室してもらうことにする。

「心愛ちゃん、片倉さん、2人を連れて一旦外へ出とって」

「分かりました」

 冷静に同意した華蓮が、状況を理解出来ない勝利と会長を廊下へ促そうとした――次の瞬間。



「きゃあああああっ!!」



 絹を強引に割いたような甲高い叫び声が響き、顔を真っ白にした生徒会長が廊下へ飛び出していった。そしてそのまま階段を下り、どこか遠くへ逃げようとしている。


「うそ、あの子……見えとると!?」


 誤算だった。まさかここに、自分たち以外で見える人間がいることが。

 そして次の瞬間、その場にいた『痕』も姿を消した。

 まさか、狙いは――!?


「心愛ちゃん、彼女を追って!!」

 ここは学校の地理に詳しい心愛に、逃げた彼女を追いかけて欲しかったのだが……心愛は完全に萎縮したまま、足が床に張り付いているかのように、微動だにしない。


 一人では……何も、出来ない。


「――あぁもうっ!!」

 その様子を確認したユカは歯を食いしばって罵声を飲み込むと、心愛の近くにいる華蓮へ指示を飛ばした。

「一旦離脱!! 片倉さんは心愛ちゃん引っ張ってくれる? とりあえず出ていった彼女を探そう!!」

「了解しました」

 華蓮がそう言って、硬直している心愛の右手を掴んだ。次の瞬間。

「っ!?」



 ――ぱしっ!!



 心愛が無意識のうちに華蓮の手を振りほどく。



「あ……」


 我に返った心愛が泣きそうな顔で言葉を探すが、華蓮は冷静に彼女を見つめると、あえて淡々と言葉をつむいだ。

「1人で動けるなら、お願いします。山本さんの指示は聞いていましたね?」

「え、えっと……」

「今はとりあえず、出ていった会長さんを探します。本当に、1人で動けますか?」

「わ、分かっ……た……」

 心愛が震えながらも首肯したことを確認した華蓮は、次に、事情を飲み込めず呆けている勝利へ視線を向けた。

「後ほど詳しくお話しますが、我々は佐藤支局長……佐藤政宗さんから派遣されたエージェントです」

「政宗さんから派遣されたエージェント!?」

 刹那、勝利の目に輝きが戻る。事前にユカと政宗が一緒にいるところを目撃していることもあり、効果はてきめんである。

「緊急事態です、見通しが良くて、どこか話が出来る場所はありませんか?」

「見通し……じゃあ、渡り廊下にあるベンチで大丈夫ですか?」

「だ、そうです、山本さん」

 全員に背を向けて周囲を警戒しているユカは、華蓮の言葉に大きく頷いて。

「了解。じゃあ……全員離脱!!」

 踵を返し、教室を後にする。

 最後に廊下に出たユカは、静かに扉を閉めた後……念のために立ち止まって、周囲を改めて確認した。

「他に『痕』の気配は……ない、か」

 最も、目の前の教室内には先程までいたわけだし、それに自分は気付けなかったので……あまりアテにはならないけど。

「あたし……仙台に来てからダメダメじゃなかろうか。研修、受けなおそっかな……」

 自虐的な溜息は一度だけ。すぐに気持ちを切り替えて階段を降りる。

 すれ違いに登ってきた男子が、訝しげな目で、全力疾走するユカを見ていた。


 5分後、階段を降りた4人は、校舎を繋ぐ渡り廊下まで移動。すると……ベンチには既に先客がいた。3人を先導して真っ先に気づいた勝利が、俯いて座っている彼女の名前を呼ぶ。

 全力疾走したこともあるのか、動揺が残っているのか……肩が激しく上下しており、上半身全てを使って、何とか呼吸をしている印象。また、両手と両足がカタカタ震えていることが遠目からでも分かった。

「阿部会長!!」

 呼ばれた彼女が全身をビクリと震わせてコチラを見たが……見知った顔であること、先程の影がないことを確認して、少しだけ、どこか安心したような表情になる。

 勝利が先に彼女へ駆け寄り、一度、息をついた。

「見つかって良かった……阿部会長は体力ないんだから、いきなり走り出しちゃダメだよ。大丈夫?」

「あ、その……ごめんなさい、急に……えっと……」

 ここでユカが合流し、まだしどろもどろになっている彼女の前に立つ。

 そして、ペコリと軽く頭を下げた。

「初めまして、山本結果といいます。今回は、驚かせてしまってごめんなさい。私と彼女……片倉さんは、現在校内で発生している幽霊騒ぎについて調査するよう頼まれている者です。よろしければ、名前を伺ってもよろしいですか?」

 意識してビジネスモードで問いかけるユカに、彼女は一瞬目を見開いた後……強張りながらも頷く心愛と、自分に向けて笑顔で親指を突き立てている勝利に気付き、肩の力を抜く。

「阿部……阿部倫子(あべ みちこ)です。あと……そんなに、かしこまらないでください。もう、大丈夫ですから……」

 そしてもう一度、自分を落ち着かせるように深く息を吐いて、ユカを真っ直ぐに見上げた。

 ユカを見つめるその眼差しは、先程よりも怯えが薄れている。

「了解。いくつか聞きたいことがあるし、あたし達は貴女の問題を解決する手助けが出来ます。よければこれから、あたし達と一緒に仙台まで出て欲しいんやけど……どう?」

 この場での尋問にしない理由は、単に不特定多数に聞かれることへの警戒心と、周辺に感じる、『先ほどとは違う』『痕』の気配のせいだ。しかも、彼女を中心に3体ほど。

 今は『絶縁体』を持っているユカ達が近くにいるため、直接襲いかかってくることはないはずだが……それにしても数が多い。そして、心愛が使い物にならない以上、ユカ1人でこの数を処理するのは骨が折れる。

 ユカの言葉を受けた倫子が、ようやく落ち着いた呼吸と共に首肯した。

「分かりました。ただ、先程の教室に、カバンなどを取ってきてもいいですか?」

「そりゃあ勿論……って、結局全員荷物を取りに戻らなきゃいけんってことか。まぁ、さっきのはもう消えたやろうし、連続で申し訳ないけど、とりあえず移動しよっかねー」

 ユカはそう言って、もと来た道を見つめる。

 周囲を探っているが、『痕』の気配は近づいてこないので大丈夫……だろう、多分きっと。

 自分の判断に自信を失いかけているところもあるが、今は、そんなこと言っていられない。

 全員で再び3階に戻ろうと歩き始めると……列の最後尾にいる華蓮が、何か釈然としない表情で、倫子を見つめている。

「片倉さん、どげんかしたと?」

「あ、いえ……何でもありません」

 ユカからの質問に我に返った華蓮は、軽く頭を振ってから、表情を引き締めて歩みを続けた。


「……あ、会長」

 先程の部屋に戻ると、中には先客がいた。

 短い髪の毛に少し着崩した制服、少年っぽさの中に大人が混ざり始めている、そんな、少し目付きが鋭くて凛々しい顔つき。

 先程、ユカと階段のところですれ違った少年だ。そして、彼の顔を見た倫子が、何かを思い出したような表情になる。

「森くん、そうだったわね……ごめんなさい、私が呼び出したのに」

「いえ、別に何もなければそれでいいっすけど……」

 森くん、と呼ばれた彼は、倫子の後ろにゾロゾロと続くユカ達を見やり。

「……生徒会、人数増えたんすか?」

「いいえ、ちょっと見学の方を案内していたの。あと、今日はちょっとこれから用事が出来てしまって……」

 言葉を濁す倫子にそれ以上の追求をせず、彼は足元に置いていたカバンを持ち上げ、軽く会釈をする。

「把握しました。じゃあ、また」

 そう言って足早に立ち去ろうとする彼に、勝利が「またなー」と声をかけた。

 彼は、無言でうつむく心愛を通り過ぎざまに一瞥してから……何も言わずに、教室を後にする。

 そういえば彼と先程すれ違ったことを思い出したユカが、窓の戸締まりを確認している勝利に近づき、小声で問いかけた。

「ねぇねぇ、さっきの彼……誰?」

「ああ、彼は森環(もり たまき)君です。名杙さんと同じクラスの」

 そう言って、部屋の隅の方にいる心愛の方をチラリと見た勝利だったが……すぐに視線を窓へ戻し、背伸びをして上の方の窓の鍵をかける。

「どうして彼がこげなどことに? 彼も生徒会のメンバーなん?」

「ご覧の通り、生徒会は極度の人員不足に陥っているので、普段は陸上部とパソコン部の彼ですが、達筆なのでたまに書記をお願いしてます。今日も本来は話し合いだったので、それで会長が呼んだんだと思いますよ」

「ふーん……随分忙しい子なんやね」

 何か彼に引っかかるものを感じたような気もするが、これだけ近くに『痕』の気配があれば、それらの影響を受けているだけかもしれない。

 ただ、つい先日……そうやって無視した違和感が、後に重大な事態の原因になっていたことがあったばかりだ。ユカは彼の名前を脳内で記憶しつつ、勝利に再び問いかける。

「ねぇねぇ、心愛ちゃんって……学校でいつもあんな感じなの?」

「あんな感じとは?」

「何というか……そのおすまししているというか、よそゆきというか……」

「よそゆき、ですか?」

 モゴモゴと言葉を探すユカに、勝利が驚いた表情で、再度、部屋の脇に1人でいる心愛を見やる。

 そして再びユカに視線を戻し、ボソボソと小声で返答した。

「名杙さんはいつもあんな感じで、冷静で落ち着いたご令嬢という印象ですね。なので……先程取り乱しているのを見たのは、ちょっと新鮮でした。あ、コレは名杙さんには内緒でお願いします」

 そう言って部屋のカーテンを閉める勝利から離れて入り口まで戻り、ユカは改めて校内にうごめく『痕』の気配を探るため、意識を集中させた。

 ……まだ、2体ほど残っている感覚。せめて『縁』が何本残っているのか、とか、性別や外見的な特徴まで調べておきたいところだが……今は一刻もはやく、この場所から離れたほうが良いだろう。秘策がないわけでもないし。

 ユカは歯がゆい気持ちを必死でおさえながら、全員の支度が終わるのを待った。


 全員で学校の最寄り駅まで移動してきたところで、勝利がビシっと居住まいを正し、ユカと華蓮に向けてキラキラした瞳を向けた。

「では、僕はバスで帰りますので……政宗さんにもよろしくお伝え下さい!!」 

 こうして、駅で勝利と別れた4名は、電車に乗り、仙台駅まで戻ってきた。

 学生の帰宅ラッシュが始まっているため、ホームや階段には、家路を急ぐ人、これから遊びに出かける人……様々な人が入り乱れている。

 倫子は大分落ち着いたものの……時折周囲を気にして、急にキョロキョロを見渡すことがあった。しかし、これは不安が拭い去れないのだからある意味当然、ユカが予想していた行動だ。

 むしろ問題は心愛である。学校では案の定何も出来なかったし、、無意識とはいえ過去の恐怖心から華蓮の手を振りほどいてしまったことなどへの罪悪感に襲われているのは何となく分かる。

 でも……ユカ達3人とは数歩後ろから無言でついてくる彼女は、それだけではない何か、とても大きな不満を抱えているような気がしてならないのだ。

 その理由が分からないまま……4人は、『仙台支局』の扉をくぐる。

「あ、お帰りなさい、お疲れ様でしたー……って、人数多いっすね、片付けるっすー」

 今日も支局内で参考書を広げていた里穂が、連れ立って入ってくる4人に笑顔を向けつつ、応接用の机上に広げていた参考書を片付け始めた。

 時刻は間もなく17時になろうとしている。政宗はまだ戻っていない様子。

 とりあえず応接用のソファに倫子を座らせたユカは、彼女の様子を華蓮にまかせて、自分は衝立の奥に移動。自席で作業をしていた統治の隣に立った。

 ユカに気付いた統治が手を止めて両耳のイヤホンを外し、どこか申し訳無さそうな眼差しで彼女を見つめた。電車の中で既に政宗と統治へは事のあらましをメールで送信しておいたので、統治も学校で何があったのかは何となく把握している。

「統治、ただいま」

「……今回もまた、世話をかけたな」

「いや、そげなことよかよ。早速なんやけど――」



「……お兄様、いたんだ」



 いつの間にかユカの後ろに立っていた心愛が、少し声を震わせながら呟く。


「そうだよね……お兄様はいつも忙しいから……心愛のことなんか……」


 普段とは違う、か細い声。そう言って制服のスカートを両手で握りしめた心愛は踵を返して、華蓮や倫子、里穂のいるところへ戻ろうとした。


「――待つんだ心愛、山本から少し話は聞いている。どうして何も出来なかったんだ?」

 刹那、心愛の動きが止まる。統治にしてみれば通常営業だが、今回は先程起こったばかりということもあり、心愛には更に堪える一言になることは明白だ。さすがのユカも焦り顔で統治を諌めた。

「統治、ちょっと今その言い方は……」

 しかし、統治は椅子から立ち上がり、立ちすくんだ小さな背中へ向けて厳しい言葉を続ける。

「いや、そろそろ一言言っておく必要があるだろう。心愛、お前は自分を過信しすぎている。確かに先日の件があって、少し自信がついたかもしれないが……口先だけで、次なる成果が一切伴っていないのが大きな問題だ。今日も恐らく『痕』を前にして、動けなくなったんだろう?」

「っ……!!」

 刹那、その背中が悔しさで震えた。統治はそれに気付かないフリをして、更に言葉を続ける。

「確かに過去のことがあって恐怖心が先行するのはしょうがないことだ。ただ――」


「――心愛の何が分かるの!?」


 刹那、心愛が統治に背を向けたまま絶叫した。

 そして、涙を浮かべた顔で振り返り、あっけに取られている統治を見上げる。


「お兄様に心愛の何が分かるって言うのよ!! 全然、心愛のことなんか……心愛に関心なんかないくせに、分かったようなこと言わないで!!」

「関心がないわけがないだろう? 俺は……」

「じゃあ、どうして一度も『縁故』のお仕事について来てくれないの!? 今日だってお仕事が忙しいからでしょう? お兄様っていつもそう、肝心な時には絶対……絶対、心愛の側にはいてくれないの!!」

「……」


 肝心な時に、絶対、側にいてくれない。

 思い当たることがあった統治は、口をつぐむことしか出来ない。

 そんな兄の反応に、涙が一粒、床に落ちて消える。



「もういいよ……お兄様に期待した心愛がバカだったんだ!! お兄様なんか……お兄様なんか大嫌い!!」



 思いの丈を吐き出した心愛は、そのまま荷物を持って『仙台支局』から出ていく。

 残された統治は、1人、椅子に座り直し、その背もたれに体重を預けて……大きなため息をついた。

 物語が一気に動いたエピソードでした。そしてしれっともりたま君こと環が初登場!! 彼は興味が有ることには積極的に挑戦していく、掴みどころがないけれど前向きな少年です。うん、作者もよく分かってない!!

 あと、ここで心愛の不満が爆発するのですが……ええ、書いていてそれはもう楽しかったです☆

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