エピソード3:予想外の能力者達①
翌日、木曜日の15時30分過ぎ。
仙台市のベットタウンとしての役割を果たしつつ、近年は図書館運営を民間に委託したことでも大きな話題となった多賀城市に、心愛が通う秀麗中学校がある。
仙石線の中野栄駅から、徒歩で約5分。県内でも有数の私立中学として有名なこの学校は、勉強とスポーツで共に全国レベルの人材を多く輩出している。
同系列の高校は甲子園の常連校であり、そこからプロの道へ進む者も決して少なくはない。
そんな中学校の北門前に、全く共通点のない3人が立っていた。
「さすが名杙の選ぶ私立中学校……仰々しかねぇ……」
本日はキャスケットから伸びる髪の毛を左右の低い位置で結び、オーバーオールにタイツという立ち姿のユカが、目の前にそびえ立つ建物を見上げて、感想を一言。
壁面をレンガのような色合いで統一した建物は、窓の数から察するに3階建てだろう。学校特有の四角い建物ではなく三角屋根ということもあり、中学校というよりも、大学のような印象を受ける。
「山本さん、迷子にならないでくださいね」
隣に立つ華蓮は、髪の毛を右下でゆるくまとめ、紺色のパーカーの下に白いブラウスを着用、下は珍しくジーンズとスニーカーという出で立ち。肩には縦型のトートバックを持っている。
「じゃあ、まずは事務室で手続きをする。2人の設定と立場は昨日打ち合わせをした通りだから、頼んだぞ」
そしていつも通り、黒いスーツ姿の政宗が、先陣をきって歩き出した。
丁度学校が終わった時間帯ということもあり、多くの生徒が学校から外へ出ようと動き始めている。そんな人の波と逆行するように移動する政宗は、来客用の玄関から中に入り、広い土間の脇にある小窓で、その向こうにいた女性に事情を説明した。彼女が慣れた手つきでバインダーに挟んだ書類を差し出すのでそれに記入すると、書類と引き換えに、首から下げるネックストラップを渡される。
女性に会釈して戻ってきた政宗が、小窓とは反対側に並ぶ靴箱に靴を入れ、来客用スリッパに履き替えていたユカと華蓮に、ネックストラップを手渡した。ストラップの先にはパスケースがついており、中に「来客用」と書かれた紙が入れてある。
2人がそれを首からかけたことを確認した政宗は、自分もそれを首から下げて、「さて……」と、周囲を見渡した。
「とりあえず、仁義君の情報によると……『痕』の出現ポイントはランダム、特に規則性はないらしい。ケッカ、何か感じるか?」
政宗の問いかけに、ユカは一瞬目を閉じた後……すぐに両目を開き、首を横に振る。
「うーん……正直、まだ人が多すぎて場所まで確証は持てん。ただ、確かに変な気配をいくつか感じるけんが、とりあえず校舎を見て回ろうと思うっちゃけど……政宗、時間は?」
腕時計で現在時刻を確認した政宗が、廊下の奥を目配せして言葉を続けた。
「俺は職員室で挨拶してから、仙台に戻ることになると思う。話は通しておくから、ケッカと片倉さんはすぐに行動を開始してくれ。あと、17時30分になっても変化がない場合は、一旦引き上げだ。事務所には統治がいるから、何かあれば統治に連絡して欲しい」
「了解、政宗も気をつけんねよ」
「分かってるよ。じゃあ片倉さん、悪いけど……ケッカを仙台まで連れて帰ってくれ」
「了解しました」
華蓮が首肯したことを確認してから、2人に背を向けて廊下を歩き始める政宗。そんな彼の背中を見送り、ユカは「さて……」と、思案しつつ、隣に立つ彼女に尋ねる。
「片倉さん、校内の地図って頭に入っとる?」
昨日、仁義がまとめた資料の中には、この中学校の内部見取り図も含まれていた。一応、それらは華蓮の持つバックに入っているが、ただでさえ来客として目立つ2人が、外部向けのパンフレット等には公開されていない情報を持ってウロウロするのは目立ってしょうがない。
と、いうわけで、自頭の良い華蓮に補佐役をぶん投げているユカである。華蓮もまたそれは予想の範囲内だったらしく、よどみ無く返答した。
「大体でよければ。まずはどこから行きますか?」
敵にすると厄介な存在であればあるほど、味方になると非常に頼もしくなるのがセオリー。ユカは華蓮の能力に内心舌を巻きつつ、近くにある階段を見つめた。
「そうやねぇ……とりあえず、『彼女』とも合流しときたい。まずは心愛ちゃんを探そっかね」
秀麗中学校は、大きくわけて2つの校舎から成り立っている。
来客用の玄関や事務室、職員室、図書室、美術室などの特別教室の一部に加え、3年生の教室がある3階建ての北棟と、1、2年生の教室と、家庭科室などの特別教室がある3階建ての南棟。全く同じ外観の2つの建物は、1階にある渡り廊下で繋がっている。
ユカ達が今いるのは北棟。2年生である心愛を探すならば、一度南棟へ行く必要があるのだが……既に本日の放課後、彼女がどこにいるのかを聞き出しているので、華蓮とユカは縦1列に並んで、北棟の3階を目指す。
すれ違う生徒が好奇の眼差しを向けてくるが、そんなものに動じるような2人ではない。ただ……。
「片倉さんの学校って、進学校やったっけ」
2階に到着したところで、ユカが彼女の背中に話しかける。
華蓮は足を止めることも振り返ることもなく、淡々とした口調で返答した。
「そうですね、一応、進学校と呼ばれている部類には入ると思います」
「高校って、楽しい?」
「今のところ普通ですけど……どうしてですか?」
「あー……ほらあたし、こげな体やけんが、高校は通信制やったと。ちゃんと3年で卒業はしたけど……高校って楽しいんやろうなーっていう漠然としたイメージしかなくて」
「……」
ユカが自分のことを話すのは珍しい。華蓮は足を止めずに上を目指しながら、ユカの話にも耳を傾けた。
学校という、ユカが久しく立ち入っていない空間に足を踏み入れたことで、ユカ自身も色々と思うことがあるのだろう。珍しく饒舌な彼女が、どこか自嘲気味に言葉を続けた。
「里穂ちゃんとか見てると、やっぱり楽しそうだなーって思う。仁義君は事情が特殊そうやけん分からんけど、定期的に通ってはいるみたいだし。あたしは……結局、通うこともなかったけんね」
「……驚きました」
刹那、華蓮が立ち止まって肩越しに振り返り、特に感情のない瞳で、2段下にいるユカを見下ろす。
「山本さん、高卒だったんですね」
「片倉さーん、後でその言葉の真意を、ゆっくりじっくり聞かせて欲しいところやねー」
「特に他意はありません、正直な感想です」
それだけ言ってから華蓮は再び前を見て、階段を登り始めた。
釈然としない表情のユカがしぶしぶ後に続くと……華蓮は振り返らず、言葉だけを続ける。
「……諦めるんですか?」
「え?」
「高校なんて……義務教育じゃないんですから、生きていてある程度の学力さえあれば、いつでも入学出来ます。生きていれば……出来るんです」
そう言って、彼女は階段を登りきった。
後に続くユカは、息も切らせていない彼女の隣に立ち……目線は合わせず、言葉を返す。
「うん……ありがとう」
北棟の3階には、美術室、化学室、パソコン室、視聴覚教室があり、更に2つ、空き教室がある。
そのうちの一つ、階段のすぐ脇にある空き教室をメインに、生徒会は活動をしていた。
2つある扉のうち、近い方から中を覗いてみると……室内は机と椅子が後方に固められており、広く使えるようになっている。その広くなった教室の中央には、長机が2つ、廊下と平行になるように配置されており、並んで座る2名の女子生徒と、向かい合って座る1名の男子生徒が確認出来た。
2名のうち、手前に座っているのは……エアリーなツインテールで顔が隠れているが、恐らく心愛だろう。彼女の奥にいる女性の顔は見えないけれど、心愛と向かい合っている男子生徒には、ユカも見覚えがあった。
「確か、島田君……そっか、彼も生徒会か」
書類をホッチキスで止めているのは、先日、青葉城で出会った心愛の先輩・島田勝利。
そして……そんな彼の目線が、扉越しの廊下にいるユカと華蓮にいち早く気付く。
「あああああーっ!?」
静寂の室内に響き渡る唐突な大声に、静かに作業していた女性陣2人が、それぞれビクリと体をすくませる。
心愛が何か言おうと椅子を引いたが、彼は更に早く椅子を蹴って立ち上がり、ユカと華蓮の方へ駆け寄ってきた。そして、扉をバシンと豪快に開き、呆気に取られているユカと華蓮を見つめる。
「君は確か、政宗さんの妹さん!!」
そして早くも設定を覆した。ユカが気を取り直して訂正する。
「……違います、親戚です」
「あれ、そうでしたっけ? まぁ、妹みたいなものですよね!!」
そんなユカの話を自分なりの解釈で切り捨てた勝利は、ユカの隣、既に我に返って『体外モード』を装着している華蓮に視線を向けた。
「それで……あの、スイマセン、どちら様ですか?」
急にトーンダウンして当然の質問をする勝利に、華蓮はペコリと軽く会釈をすると、普段は見せないような穏やかな笑みを浮かべ、『今回の設定』に基づいた自己紹介をする。
「初めまして、片倉華蓮と申します。名杙心愛さんの親類にあたる者なのですが、彼女にちょっと用事がありまして……」
「名杙さんの?」
勝利がキョトンと首をかしげると、立ち上がって彼に追いついてきた心愛が、勝利からは見えない位置から一瞬顔をしかめた後……それはもう胡散臭そうな視線を向けた。
髪を耳の上で2つに結っており、クセのある毛先はくるりと内巻きはらりと外巻きと自由奔放。赤いチェックのリボンが特徴的なブレザータイプの制服は、最早ユカと華蓮にもお馴染みの服装となっている。
自分の近くに心愛がやってきたことに気付いた勝利は、心愛と華蓮を交互に見比べて……。
「言われてみると……何となく、似てますね」
ふむ、と、1人で納得したように頷いた。
色々言いたいことはあるのだが、ここで余計な口を開くと話が長引くに決まっている。彼以外の3人が何となく黙り込んでいると……。
「――お話中、失礼します」
今まで心愛の奥に座っていた少女が、勝利と心愛の後ろに立ち、落ち着いた声で話に割り込んできた。
肩につくくらいの黒髪はストレート、白い肌にキリッとした目鼻立ちが印象的で、可愛いというよりも美人と言える領域に片足を突っ込んでいる印象がある。
心愛が彼女の方へ向き直り、ペコリと軽く頭を下げた。
「阿部会長、お騒がせしてスイマセン……」
心愛が『阿部会長』と呼んだ彼女は、「いいの、それより……」と、再び視線をユカと華蓮にうつす。
「今日、名杙さんは何か家庭の用事があったんですか? そうとも知らずに引き止めてしまって……」
萎縮する彼女に対応するのは華蓮の役割である。ユカはその間に喋らず、意識を外へ向けて、『痕』や『遺痕』の気配がないか探る役割を担っているのだから。
しかし、肝心の華蓮が口を開くことはなかった。彼女をマジマジと見つめて……一言で言うとぼんやりしているのだ。
それに気付いたユカが慌てて華蓮の服を引っ張り、我に返った華蓮が慌てて居住まいを正す。
「失礼しました……今日はちょっと、私と一緒にこの子の付き添いをお願いしたいと思っているだけなんです」
そう言って、見た目は子ども、中身の子どものフリをしているユカを見下ろした。
「今、この子は仙台の親戚の家に住んでいるんですけど、来年の春から、この学校に通いたいみたいなんです。まだ6年生になったばかりなのに、一度中を見てみたいって聞かなくて……」
「この学校に……? 今から見学なんて、随分と熱心なんですね」
「そうなんです。ただ、私はこの学校に詳しくないので、名く……心愛さんに簡単な案内をお願いしていたんです。今はテスト前で、放課後なら人も少ないから大丈夫だろうってことで」
そう言って苦笑いを浮かべる華蓮。笑顔で頷くユカは添えるだけ。
そうなの、と、確認するように心愛を見つめる倫子に、心愛も綺麗な愛想笑いを浮かべて首肯した。
これは事前に心愛とも打ち合わせ済みの情報である。外部受験で入学する私立中学なので、小学生のうちから校内を見学することは、決して珍しいことではないそうだ。
そのため、心愛以外の中学生2名も、特に不審がる様子はない。むしろ勝利は目を輝かせてユカを見つめている。
「さすがは政宗さんのご親戚ですね!! 残念ながら来年僕は卒業していますが……頑張ってください!!」
「は、はい、ありがとうござ――」
ユカが顔を引きつらせつつも、言葉を口にしていた次の瞬間。
「――!?」
真っ先に『異変』に気付いた心愛が目つきを鋭くして、周囲を見渡し……絶句した。
部屋の片隅、使用されていない机と椅子が並べられているその上に――黒い影が、立ち尽くしていたのだから。
華蓮とユカ、私立中学校に潜入する!!
最初は2人に制服でも着せようかと思っていたのですが、理由付けが面倒なので辞めました。そして、ユカが高卒であることを華蓮が驚くシーンがありましたが……そりゃあ、10年前からこの調子であれば、義務教育で終わりだと思いますよね。政宗は早々にログアウトしましたが、彼には彼の見せ場がありますので、もうちょっとお待ちくださいませ。
そして倫子初登場。彼女は別にお嬢様ではなく、「普通の家庭の落ち着いた女の子」です。そして勝利が出てくると雰囲気は明るくなりますが……熱苦しいなぁ。(褒め言葉です)




