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第七話 兄と街と、もう一人の王子

「……兄様」


「どうした、レイ?」


 昼下がり。


 執務室で書類を整理していたルシアンは、扉の隙間から顔を覗かせる妹を見つけた。


「街に行きたい」


「……」


 ルシアンの手が止まる。


「お前から街に行きたいなんて、珍しいな」


これも竜王の影響なのか


「お父さまの誕生日」


「……ああ」


 そういえば、もうすぐ父の誕生日だった。


「プレゼント、買いたい」


「なるほど」


 ルシアンは少し嬉しそうに笑った。


「何を買うつもりなんだ?」


「分からない」


「決めてから言ってくれ」


「だから街に行きたい」


「なるほどな」


 ルシアンは立ち上がった。


「じゃあ、俺が一緒に選ぶよ」


「いいの?」


「ああ。どうせなら、父上が喜ぶものを選ぼう」


「兄様は何がいいと思う?」


「父上なら……酒とか?」


「飲みすぎるから駄目」


「確かに」


 二人で顔を見合わせる。


「じゃあ、服?」


「仕事着ばっかり」


「……」


「もう少し普通のプレゼントがいい」


「お前、意外と父上のこと見てるんだな」


「家族だから」


 その一言に、ルシアンは少しだけ目を細めた。


「……そうだな」


「行こう」


「ああ」


 ***


 街へ着くと、レイは店を一軒ずつ眺めていく。


「これどう?」


「父上が使うには可愛すぎないか?」


「じゃあこれは?」


「高すぎる」


「じゃあこれ」


「安すぎる」


「……難しい」


「プレゼント選びって大変だろ?」


「帰りたい」


「まだ何も買ってないぞ」


 そんなやり取りをしながら歩いていると――


「お姫様?」


 聞き覚えのある声がした。


 レイが振り返る。


「……リオ」


「また会ったね」


 花祭りの日に出会った青年。


 リオはいつものように爽やかな笑顔を浮かべていた。


「今日は何をしてるの?」


「お父さまの誕生日プレゼントを探してる」


「へえ」


 リオは少し意外そうにレイを見る。


「君、ちゃんと家族思いなんだね」


 リオは笑う。


「じゃあ僕も探すの手伝おうか?」


「いいよ」


「レイ」


 すぐにルシアンが口を挟んだ。


「知らない人を巻き込むな」


「でもリオだよ」


「それは名前だ」


「二回会ってる」


「それでもだ」


「お兄さん、随分と警戒するね」


「妹だからな」


「なるほど」


 リオは楽しそうに笑った。


 そのとき。


「――レイ」


 背後から聞き慣れた声。


「ヴァルディス」


「君が街へ行くと聞いてね」


 竜王がレイの隣へ立つ。


「今日は何を?」


「お父さまの誕生日プレゼント」


「なるほど」


 ヴァルディスは微笑む。


「僕も一緒に選ぼう」


「いいの?」


「もちろん」


 そしてリオを見る。


「……君もいるんだね」


「偶然だよ」


 笑顔の二人。


 しかし、その間に妙な空気が流れる。


 レイだけが気づいていない。


「じゃあ、四人で探そう」


 ルシアンがため息をついた。


「……どうしてこうなった」


 レイは店の奥を見ながら呟く。


「早く決めて帰りたい」


 その言葉に、二人が同時に笑った。


 ただ一人。


 リオだけは――


 レイが選んだプレゼントを見つめながら、何かを考えていた。


 ――結局。


「これも違う」


「これは?」


「違う」


「じゃあ、これは」


「……違う」


 店の中を歩き回ること、すでに一時間。


 レイはすっかり疲れていた。


「もう、これでいいんじゃない?」


 ヴァルディスが手にしているのは、宝石のついた高価なペンだった。


「高そう」


「高いよ」


「じゃあ駄目」


「なぜ?」


「お父さま、仕事で使うものにお金かけるの嫌いだから」


「……よく見ているね」


 ルシアンが感心したように呟く。


「でも、父上が喜ぶものなんて難しいぞ」


「そうなんだよね」


 レイは棚を眺める。


「何か欲しいって言わないし」


「父上らしいな」


 そのときだった。


「……あ」


 レイが足を止めた。


 店の奥。


 小さなガラスケースの中に、一つの懐中時計が置かれていた。


 古いものらしく、金属部分には細かな傷がついている。


「これ」


「時計?」


「うん」


 レイはケースを覗き込む。


「お父さま、昔これ持ってた」


 ルシアンが驚いたように時計を見る。


「……それ、父上が若い頃に使っていたものじゃないか?」


「そうなの?」


「ああ。母上が父上に贈ったって聞いたことがある」


 レイはしばらく時計を見つめた。


「...こちらは壊れています故、他のお品物は如何ですか?」


店主が言う


「...でも、これがいい」


「これかなり古いぞ」


「直せる?」


 店主が時計を手に取る。


「部品を交換すれば、動くようにはできますよ」


「じゃあ、これ」


「いいのか?」


「うん」


 レイは小さく頷いた。


「お父さま、これ見ると嬉しそうだから」


 ルシアンが黙る。


 ヴァルディスも何も言わなかった。


 ただ、少しだけ優しい目でレイを見ていた。


「……分かった」


 ルシアンが店主へ代金を渡す。


「1ヶ月後までに修理を頼めるか?」


「もちろんです」


 レイは店を出る。


「終わった」


「満足した?」


「うん」


「じゃあ帰ろうか」


「その前に甘いもの」


「……」


 ルシアンが笑った。


「それが目的だったんじゃないか?」


「違う」


「本当に?」


「……半分くらい」


 ヴァルディスが吹き出す。


「正直だね」


 ***


 1ヶ月後。


 アルベルト・ジャンヌの誕生日。


 屋敷では小さな食事会が開かれていた。


 派手なパーティではない。


 家族と数人の使用人だけ。


 レイが社交を好まないことを知っているアルベルトが、毎年そうしているのだ。


「父上、誕生日おめでとうございます」


 ルシアンが贈り物を渡す。


「ありがとう」


 続いてレイが近づく。


「お父さま」


「ん?」


「これ」


 小さな箱を差し出す。


「私から」


「……?」


 アルベルトは驚いた。


 娘から誕生日プレゼントをもらうのは初めてだった。


「開けてもいいか?」


「うん」


 蓋を開ける。


「――これは」


 中には、綺麗に磨かれた懐中時計。


 古びていたはずの時計は修理され、再び時を刻んでいる。


 アルベルトの手が止まった。


「……どうして、これを」


「街で見つけた」


「そうか……」


 時計を手のひらに乗せる。


 その表情が、少しだけ変わった。


「妻から貰ったものと同じだ」


「知ってる」


「……」


「だから、これがいいと思った」


 アルベルトはしばらく黙っていた。


 そして。


「ありがとう、レイ」


 娘を抱きしめた。


「……」


 レイは目をぱちぱちさせる。


「お父さま?」


「嬉しいよ」


「……そう」


 レイは少し照れたように、父の背中へ手を回した。


 その様子を見ていたルシアンも、静かに笑う。


「よかったな、父上」


「ああ」


 アルベルトは時計を握りしめる。


「最高の誕生日だ」


 ***


 食事が終わった頃。


 レイは眠そうに目をこすっていた。


「眠いのか?」


 アルベルトが聞く。


「うん」


「先に寝てもいいぞ」


「でも……」


「今日は父上の誕生日だから?」


「うん」


 アルベルトは少し驚いた。


 そして優しく笑う。


「もう十分だよ」


「じゃあ寝る」


「切り替えが早いな」


「眠いから」


 レイは立ち上がる。


「おやすみ」


「おやすみ、レイ」


「おやすみなさい」


 扉が閉まる。


 部屋に残ったのは、アルベルトとルシアンだけだった。


「……父上」


「なんだ?」


「母上の事件について、話があります」


 アルベルトの表情が固まる。


「……今、その話をするのか」


「はい」


「もう十六年だ」


「だからです」


ルシアンは1枚の紙切れを見せる


標的――


 竜の子、レイ・ジャンヌ。


 アルベルトの目が見開かれる。


「……竜の子を殺せ、と?」


「ああ」


「なぜ……」



 ルシアンはさらに別の紙を差し出す。


「これが、当時捕らえた暗殺者の証言です」


 アルベルトは読む。


 そして、一つの国名で目を止めた。


 ――アルヴェリア王国。


「……」


 偶然なのか。


 それとも――。


 ***


 同じ頃。


 アルヴェリア王宮。


「報告します」


「どうぞ」


 レオンハルトは窓辺に立っていた。


「ジャンヌ家の長男が、十六年前の事件を調べ始めたようです」


「……そう」


「いかがしますか?」


 レオンハルトは振り返る。


「まだ何もしなくていい」


「しかし――」


「焦る必要はないよ」


 そして、机の上に置かれた一枚の肖像画を見る。


 そこに描かれているのは、黄金の瞳を持つ少女。


 レイ・ジャンヌ。


「竜の子は、まだ何も知らない」


 レオンハルトは微笑んだ。


「なら、知らないまま消えてもらえばいい」


 その声には、一切の迷いがなかった。

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