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第六話 無気力令嬢、天才だった


「レイ様。本日は魔力測定を行います」


「……帰っていい?」


「始まったばかりです」


 朝。


 レイは応接間の椅子に座り、目の前に置かれた巨大な水晶を眺めていた。


 十六歳になった今、竜の加護を受けたレイには、一度きちんと魔力を調べる必要があるらしい。


 ――正直、面倒だった。


「手を置いてください」


「こう?」


「はい」


 レイが水晶へ手を乗せる。


 すると――


 ぼうっ。


 水晶が淡く光った。


「……?」


 さらに光が強くなる。


 青。


 赤。


 緑。


 金。


 次々と色が変わっていく。


「……先生?」


「…………」


 魔法教師が固まった。


「壊れた?」


「い、いえ……」


 水晶が震え始める。


「これは……」


 パリンッ。


「……壊れた」


「…………」


「新しいの持ってくる?」


「そういう問題ではありません!」


 教師が頭を抱えた。


「レイ様の魔力量が測定器の許容量を超えています!」


「へえ」


「へえ、ではありません!」


 レイは欠伸をした。


「じゃあ測れないってことで」


「…………」


「終わり?」


「……はい」


「よかった」


 レイは立ち上がった。


「寝る」


「待ってください!」


「まだ何かあるの?」


「普通はここから魔法の適性検査が――」


「それも水晶壊れる?」


「おそらく……」


「じゃあいいじゃん」


「よくありません!」


 ***


「何をしているの?」


ヴァルディスが人の姿で腕を組んでいた。


「魔力測定」


「終わった?」


「水晶が壊れた」


「……」


 ヴァルディスは少し考える。


「僕のせいかな」


「竜王の加護もあるからじゃない?」


「なるほど」


 ヴァルディスは納得した。


「なら、僕が責任を持って教えよう」


「何を?」


「魔法」


「嫌」


「即答だね」


「面倒だから」


「でも君は天才だよ」


「だから何?」


「普通なら何年もかかる魔法を、君なら一日で覚えられる」


「……」


「興味ない?」


「ない」


「少しくらい考えてくれてもいいんじゃないかな」


「寝たい」


「……うん。君ならそう言うと思った」


 ***


 結局。


 レイはヴァルディスに連れられて、屋敷の裏手にある訓練場へ来ていた。


「まずは火の魔法」


 ヴァルディスが指を鳴らす。


 小さな炎が浮かんだ。


「これを真似して」


「こう?」


 レイが手を伸ばす。


 ぽん。


 小さな炎が生まれた。


「できた」


「うん」


 ヴァルディスが笑う。


「じゃあ次は――」


 レイが手を振る。


 炎が消える。


「終わり」


「待って」


「できたから」


「一つしか教えてないよ」


「十分」


「…………」


 ヴァルディスは深く息を吐いた。


「では水」


「こう?」


 水が浮く。


「風」


 風が渦を巻く。


「土」


 地面が盛り上がる。


「光」


 眩しい光が辺りを照らす。


「闇」


 影が広がる。


 全部、一度見ただけ。


 詠唱すらしていない。


 ヴァルディスは完全に黙った。


「……」


「終わり?」


「レイ」


「なに?」


「君、本当に初めて?」


「たぶん」


「……」


 竜王は頭を抱えた。


「僕が教える意味がないじゃないか」


「そう?」


「そうだよ!」


 レイは少し考えた。


「じゃあ寝る」


「待って!」


 ***


 夕方。


 レイは草原で竜たちに囲まれていた。


 白竜の背中に寄りかかり、膝には小さな赤竜。


 少し離れた場所ではヴァルディスがその様子を眺めている。


「……」


 竜たちは皆、レイのそばに集まっている。


 それが当たり前になっていた。


 ヴァルディスが近づくと、


『竜王様』


『レイ様は今寝ています』


「知ってるよ」


『起こさないでください』


「僕だって起こしたくないよ」


 ヴァルディスは苦笑した。


「でも、少しくらい僕のところにも来てほしいな」


 ***


 同じ頃。


 アルヴェリア王宮。


「準備は?」


 レオンハルトが尋ねる。


「整っております」


「ジャンヌ伯爵令嬢の警備は?」


「かなり厳重です」


「竜王は?」


「常に令嬢の近くに」


「……そうか」


 レオンハルトは少し考える。


「正面からでは無理だね」


「では?」


「竜王を引き離す」


 机の上に、ジャンヌ伯爵家の屋敷図が広げられる。


「令嬢本人には戦闘経験がない」


「魔力量は?」


「異常なほど高いとの報告ですが、本人はほとんど魔法を使わないようです」


「なら問題ない」


 レオンハルトは地図を見る。


「竜王さえいなければ、ただの魔力量が多いだけの少女だ」


 その判断が――


 大きな間違いになることを、まだ誰も知らなかった。


 ***


 夜。


 レイはベッドの中で眠っていた。


 枕元には昼間の草原で拾った小さな白い花。


 その窓の外。


 月明かりの下を、一羽の黒い鳥が飛んでいく。


 レイは眠ったまま、呟いた。


「……明日も寝よう」


 平和な日常。


 しかし。


 その日常は、もうすぐ終わろうとしていた。

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