第五話 竜王様、嫉妬する
花祭りから帰ってきた翌朝。
「レイ」
「……」
「レイ、起きて」
「……あと五分」
「もう三十分経ってるよ」
「じゃあ、あと五分」
「それ、昨日も聞いた気がするな」
レイは布団にくるまったまま、ぴくりとも動かない。
その横で、ヴァルディスは呆れたように笑っていた。
「今日は僕と過ごそう」
「……何するの?」
「君がしたいことをしよう」
「寝る」
「寝る以外で」
「……」
しばらく沈黙。
「竜を見る」
「いいね」
ヴァルディスは嬉しそうに笑った。
「では、草原へ行こう」
「……今から?」
「今から」
「着替えるの面倒」
「昨日の服のままでいいよ」
「それは嫌」
「じゃあ僕が手伝おうか?」
「もっと嫌」
「ひどいな」
***
屋敷を出ると、広大な草原が朝露に濡れていた。
レイの姿を見つけた竜たちが、一斉に駆け寄ってくる。
『レイ様!』
『今日も来てくださった!』
『こっちへ!』
「みんな元気だね」
レイがしゃがむと、白い小さな竜が足元へ頭を擦りつけた。
「おはよう」
『おはようございます!』
その光景を、ヴァルディスは少し離れた場所から眺めていた。
「……僕より人気なんじゃないかな」
「そう?」
「そうだよ」
ヴァルディスが近づく。
すると竜たちが一斉にレイの周りへ集まった。
『竜王様、そこ邪魔です』
「……」
『レイ様はこちらです』
「…………」
ヴァルディスは固まった。
「僕は君たちの王なんだけど」
『存じておりますよ』
「なら、もう少し敬ってくれてもいいんじゃないかな」
『敬っています』
「そうは見えない」
レイが小さく笑った。
「ヴァルディス、嫌われてる?」
「君まで言うの?」
「冗談」
「……君が笑ってくれたから許す」
ヴァルディスはすぐに機嫌を直した。
***
しばらく竜たちと遊んでいたときだった。
「……あれ?」
レイが一匹の赤竜を見つめる。
「翼、怪我してる」
『これくらい平気です』
「痛い?」
『......』
「見せて」
レイが赤竜の翼へ手を添える。
すると。
――ふわっ。
黄金色の光が指先から溢れた。
傷が淡く輝き、次の瞬間には跡形もなく消えていた。
『……!』
『治った!』
『レイ様が治してくださった!』
竜たちが一斉に騒ぎ出す。
「よかった」
レイは自分の手を見つめた。
「これ、加護?」
「そうだよ」
ヴァルディスが答える。
「竜の子が持つ力の一つだ」
「便利」
「それだけ?」
「うん」
「もっと感動してもいいと思うんだけど」
「怪我が治ったから、それでいい」
「……君らしいね」
ヴァルディスは苦笑した。
「でも、これはまだ君の力のほんの一部だよ」
「他にもあるの?」
「たくさんね」
「全部覚えないと駄目?」
「覚えたほうがいい」
「……面倒」
「だと思った」
***
その日の午後。
屋敷に戻ったレイは、ソファへ座った。
ヴァルディスも当然のように隣へ座る。
「レイ」
「なに?」
「昨日の男のことなんだけど」
「リオ?」
「……そう」
ヴァルディスは少しだけ眉を寄せた。
「彼とは、どういう関係?」
「昨日会っただけ」
「何を話した?」
「……」
「レイ?」
「忘れた」
「…………」
ヴァルディスが黙る。
「彼に何か言われなかった?」
「綺麗とか」
「……」
「お姫様とか」
「…………」
「あと、また会えるって」
「………………」
ヴァルディスは無言になった。
「どうしたの?」
「いや」
ヴァルディスは笑った。
「何でもないよ」
「怒ってる?」
「怒ってない」
「そう」
レイはそれ以上気にしなかった。
けれど。
ヴァルディスは窓の外を見ながら、小さく呟く。
「……また会える、か」
***
その夜。
遠く離れた隣国アルヴェリア。
王宮の一室で、一人の青年が書類を眺めていた。
昼間の街で見せていた軽い笑顔はない。
「殿下」
侍従が静かに声をかける。
「例の件ですが」
「どうだった?」
「確認が取れました」
青年は顔を上げる。
「十六年前、ジャンヌ伯爵家を襲撃した暗殺者たち」
「はい」
「彼らを雇った者は?」
「未だ不明です」
「……そう」
青年は机の上に一枚の古い資料を置いた。
そこには一人の女性の名前が記されていた。
セシリア・ジャンヌ。
レイの母。
「竜の子が生まれた」
青年は静かに呟く。
「それだけで、周辺国は怯えた」
彼は別の資料を開いた。
そこには、竜の国と各国の戦力を記した地図があった。
「竜王は、この世界で最も強い戦力の一つだ」
「そして――」
青年の指が、ジャンヌ伯爵領を指す。
「竜の子が成長すれば、その力はさらに竜王を強固なものにする」
侍従が尋ねる。
「……殿下は、どうなさるおつもりですか?」
青年は微笑んだ。
「簡単なことだよ」
そして。
「竜の子が、竜王と完全に結びつく前に――」
資料を閉じる。
「殺せばいい」
冷たい声だった。
***
青年は椅子から立ち上がる。
「ところで」
「はい」
「ジャンヌ伯爵令嬢は?」
「レイ様は本日、竜たちと草原で過ごしていたそうです」
「そう」
青年は窓の外を見る。
「……呑気なものだね」
口元に笑みが浮かぶ。
「自分が世界の均衡を崩しかねない存在だとも知らずに」
そして彼は、街で名乗った偽名を思い出す。
「リオ、か」
小さく笑った。
「悪くない名前だった」
けれど。
その男の本当の名は――
レオンハルト・アルヴェリア。
隣国アルヴェリア王国の王子。
そして。
竜の子、レイ・ジャンヌを殺すために動き始めた男だった。




