第99話 こっそり、街へ里帰り
地の底の暮らしに、すっかり慣れた、ある日のこと。
私は、久しぶりに、街へ出かけることにした。……もちろん、こっそりと。
【箱庭】の扉を使えば、街と地の底を、いつでも行き来できる。街の、人目のない路地に、そっと出て。フードを深くかぶって。……ちょっとした変装だ。
「よし。……ネルさんと、ガーゴさんに、会いに行こうか」
ティルとヒノは、お留守番。(さすがに、街には連れて行けない。「お土産、買ってくるから」と言うと、二人とも、機嫌よく送り出してくれた。)
◇
私がこっそり訪ねると、ネルさんは、ギルドの裏で、私を見るなり、目を丸くした。
「……レンちゃん! もう、来たの!? ……気をつけなさいよ、まったく」
口では、そう言いながら。ネルさんの顔は、ぱあっと嬉しそうにほころんでいた。
「元気そうで、よかった。……地の底の暮らし、どう?」
「最高です。あたたかくて、静かで。……ティルも、ヒノも、すっかり気に入ってます」
「そう。……よかった」
ネルさんは、しみじみと笑った。それから、少し声をひそめて言った。
「……あのね、レンちゃん。帝国のこと。……聞いて、驚かないでよ」
◇
「帝国の回収部隊、この街に来たわ。……あなたが旅立ってから、少しあとにね」
私は、どきり、とした。でも、ネルさんは、にやり、と笑っていた。
「でも、大丈夫。連中、完全に空振りよ。……『聖女は、西の街へ旅立った』って、街じゅうの人が、口をそろえて言うんだもの。しかも、みんな、本気でそう信じてるから。嘘を見抜きようが、ない」
……そうだ。街のみんなは、私が本当に西へ旅立ったと思っている。だから、その証言は、嘘じゃない。本気の証言だ。帝国が、いくら調べても。「聖女は、西へ去った」という答えしか、出てこない。
「連中、地図を広げて、西の街を、片っ端から探し回るつもりみたいよ。……あなたが、まさか、自分たちが立ってる場所の真下にいるなんて、夢にも思ってない」
ネルさんは、くすくす、と笑った。私も、つられて笑ってしまった。
……皮肉で、痛快な話だった。世界でいちばん大きな力を持つ帝国が、世界でいちばん近い場所を見落として、遠い、遠い西の彼方を、いつまでも探し続ける。
「ざまあ、ないわね。……あなたを“品物”扱いした、罰よ」
◇
ガーゴさんにも、会った。
酒場で、私を見つけるなり、ガーゴさんは、豪快に笑って。それから、こっそり、小声で言った。
「よう、聖女様! ……地の底で、達者にやってるか」
「はい。……ガーゴさんのおかげで、無事に引っ越せました。噂、広めてくれて、ありがとうございます」
「はは、任せとけ。……オレの演技も、大したもんだったろ? 『聖女様は、西へ行くんだとよ!』ってな」
ガーゴさんは、得意げに胸を張った。……この、豪快で不器用な人が、私の旅立ちを支えてくれた。本当に、頼もしい共犯者だ。
「困ったことがあったら、いつでも言えよ。……オレは、いつでも、あんたの味方だからな」
「はい。……ありがとうございます、ガーゴさん」
ジオじいさんの様子も、こっそり見に行った。
じいさんは、私のくれた発酵調味料で、あたたかいスープを毎日作って、飲んでいるらしい。顔色もよさそうで、元気に暮らしていた。……その姿を遠くから見て、私は、そっと胸をなでおろした。
たくさんのお土産を抱えて。……さあ、帰ろう。私の、いちばん近い“ただいま”のもとへ。




