第98話 前世の私に、教えたいこと
鍋を囲みながら、ティルが、しみじみと言った。
「レン。……ぼくも、まえは、ひとりだった。さとで。すみっこで。だれとも、たべなかった。……あまりものを、こっそり、ひとりで」
「……うん」
「でも、いまは。レンと、ヒノと、いっしょ。……おなじ、なべを、かこんでる。……ぼく、いま、すごく、しあわせ」
その言葉に、私は、深く頷いた。
……そうだ。私も、ティルも、ヒノも。みんな、昔は一人だった。一人で、寂しく、ごはんを食べていた。誰にも必要とされず、どこにも居場所がなくて。
でも、今は。こうして、同じ鍋を囲んでいる。あたたかい湯気の中で、「いただきます」を言い合って。「美味しいね」と、笑い合って。
……一人ぼっちだった者たちが、寄せ集まって、一つのあたたかい食卓になった。
それはたぶん、この世界で、私が成し遂げた、いちばん大きなことだった。剣でも、魔法でもない。ただ、あたたかい鍋を囲む。……それだけの、けれど、いちばん大事なこと。
◇
鍋の具材は、次から次へと姿を変えた。
まず、極上のお肉と野菜で、しっかり出汁をとった、あたたかい鍋。それを食べ終えたら、残った旨味たっぷりのスープに、深層きのこを足して二段目。締めには、パンをちぎって入れて、とろとろのスープごと。
一つの鍋で、三度、四度と味が変わっていく。ティルは、「まだ食べられる」「これも美味しい」と大喜びだ。ヒノも、大きな器に顔を突っ込んで、大満足。
「レンのおなべ、むげんだね!」
ティルが笑う。……前に、ガーゴさんも、同じことを言っていたな。「聖女様の鍋は無限だな!」と。あの、賑やかな街の夜を思い出す。
……街のみんなも、元気にしているだろうか。今度、こっそり会いに行こう。この、あたたかい鍋をお土産に持って。そして、「実は、すぐ近くにいたんだよ」と種明かしをして。……きっと、みんな、驚いて、それから、笑ってくれる。
◇
お腹がいっぱいになって。
ティルが、ヒノのあたたかい背中にもたれて、うとうととし始めた。ヒノも、ティルを、そっと翼で包むように丸くなる。
その穏やかな光景を見ながら、私は、あたたかいお茶をすすった。
……一人の鍋が、みんなの食卓になった。
あの、ギルドの隅っこで、一人すすっていた寂しい一杯が。今は、こんなにあたたかく、賑やかな食卓になった。少しずつ、少しずつ。ティルが、ヒノが、街のみんなが増えていって。……気づけば、私の食卓は、こんなにもあたたかくなっていた。
これが、私のいちばん欲しかったもの。
あたたかいものを、あたたかいうちに一緒に食べてくれる誰か。「いただきます」を一緒に言ってくれる誰か。……前世でいちばん憧れて、けれど、一度も手に入らなかったもの。
それが今、この、地の底のいちばんあたたかい場所に、確かにあった。
◇
私は、眠るティルの頭をそっと撫でて、それから、ヒノのあたたかい背中に、そっと寄りかかった。
窓の外の星空を見上げる。本物じゃない、私が選んだ星空。でも、そのあたたかい光は、確かに、この、あたたかい食卓を、優しく照らしていた。
……「いただきます」と言える食卓が、いちばんあたたかい。
それが、私が、この世界で見つけた、いちばん大事な答えだった。剣も、魔法も、伝説のスキルも、いらない。ただ、あたたかい鍋を、大切な人と囲む。それが、私にとって、いちばん幸せなことだった。
一人の鍋が、みんなの食卓に。……この、あたたかい食卓を、私は、これからも、ずっと守っていく。どこにいても。何があっても。
私は、そう心に誓って、あたたかい我が家の灯りを、そっと見つめた。
――地の底の、あたたかい暮らし。それは、もう、ちゃんと始まっていた。あとは、この、あたたかい家で。初めての「おかえり」を待つ、だけだった。
大きなお鍋を、囲んで。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




