第94話 いつまでも続く、宴
広場中の人たちが、声をそろえて――言った。
「「「聖女様、ありがとう。……いただきます!」」」
その、あたたかい大合唱が、広場に響き渡った瞬間。
私は、とうとう、こらえきれなくなった。
ぽろぽろと、涙があふれた。
「いただきます」。私が、この街に広めた言葉。誰かが作ってくれたものへの、感謝の言葉。命をいただくことへの、祈りの言葉。……そして、この、あたたかい場所にいられることへの、感謝の言葉。
その言葉を今、街中のみんなが、私への感謝を込めて、返してくれている。
前世の私が死んだとき、誰も泣いてくれなかった。誰も見送ってくれなかった。冷たい部屋で、一人きり。「いただきます」を、一緒に言ってくれる人なんて、一人もいなかった。
でも、今は。
こんなにたくさんの人が、私と「いただきます」を言ってくれる。私の旅立ちを、涙で送り出してくれる。
……それだけで。私は、この世界に来て、本当によかったと思えた。
◇
「レン、ないてる」
隣で、配膳を手伝っていたティルが、心配そうに私を見上げた。
「うん。……でも、いい涙だよ、ティル。……嬉しくて、泣いてるの」
私は、涙を拭いながら笑った。それから、広場のみんなに向かって、精一杯の声で言った。
「みなさん! ……今日は、集まってくれてありがとうございます。……私、この街で、本当に幸せでした。みなさんが、私を受け入れてくれて。あたたかい居場所をくれて。……この街のことは、どこへ行っても、絶対、忘れません」
わあっ、という歓声と拍手が、あたたかい波みたいに、私を包んだ。
「だから、これは、悲しいお別れじゃありません。……私、これからも、どこかで、あたたかいごはんを作り続けます。みなさんに教わった、いちばん大事なことを、胸に抱いて。……だから、笑って、送り出してください」
みんなが、涙を拭いながら、笑って頷いてくれた。
◇
宴は、いつまでも続いた。
ガーゴさんは、豪快に食べて、豪快に笑った。ネルさんは、少し目を赤くしながら、それでも、いつものように、まかないをおかわりした。ジオじいさんは、一口ずつ大事そうに味わった。子どもたちは、はしゃぎながら、私の周りを走り回った。
あたたかくて、賑やかで。……少しだけ、しょっぱい。そんな、忘れられない食卓だった。
私は、その真ん中で、みんなの器が空くたびに、おかわりをよそった。この街で、いちばん私らしい場所。あたたかいものを作って、配って。みんなの「美味しい」と「ありがとう」に包まれる。……この時間を、私はたぶん、一生忘れない。
ふと、気づく。
最初は、たった一人ぶんの椅子しかなかった。ギルドの隅っこで、一人スープを煮ていた、あの頃。
それが今は、広場いっぱいの人が、私の食卓を囲んでくれている。……銅貨一枚のスープから始まった私の食卓は、こんなにも大きく、あたたかく広がったのだ。
◇
やがて、日が傾き始めた。
旅立ちの時間だ。……いや、正確には、“旅立つふり”の時間。
私は、名残惜しむみんなに、何度も手を振って。ティルとヒノと、荷物を抱えて、街の西門へと向かった。
広場のみんなが、ぞろぞろと、見送りについてくる。「達者でな」「元気で」「また、いつか」。……あたたかい声が、いくつも背中にかかる。
西門の前で、私は、最後に、もう一度、振り返った。
夕日に照らされた、あたたかい街。賑やかな広場。手を振る、たくさんの人。ジオじいさん。女将さん。ガーゴさん。ネルさん。パン屋の子。……この街でできた、大切なみんな。
この景色を、私は、目に焼き付けた。……ちゃんと繋がっている。すぐ会える。でも、それでも、この、あたたかい景色は、一生忘れたくなかった。
「……いってきます」
私は、笑顔でそう言って、西門をくぐった。
みんなの「いってらっしゃい」の声が、あたたかく、背中を押してくれた。
――こうして、私の“旅立ち”は始まった。街のみんなに笑顔で送られ、帝国をまんまと欺いて。……そして、この、あたたかい街のすぐ真下へ。新しい「ただいま」を始めるために。
みんなの「いただきます」。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




