表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新版】痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
92/110

第92話 受付嬢の、涙

「あなたのスープ、美味しかった。……ううん、それだけじゃない」


 ネルさんの声が、少し震えた。


「あなたは、私に、“あったかいごはんを一緒に食べる相手”を思い出させてくれた。仕事帰りに、冷めたパンを一人でかじってた私に。……あったかい食卓が、どんなにいいものか。教えてくれた」


「……ネルさん」


「だから。……本当は、行ってほしくない。ずっと、この街にいてほしい。毎日、あなたのまかないを食べに来たい。……でも」


 ネルさんは、ぐいっと目元を拭った。


「あなたと、ティルちゃんを守るには、これがいちばんいい。……それも、わかってる。だから、送り出す。笑って。……ちゃんと、ね」


 その言葉に、私は、こみ上げるものをこらえられなかった。


「……ネルさん。私も、同じです。……ネルさんがいてくれたから、私、この街で、こんなに幸せに暮らせました。共犯者で。友達で。……家族みたいな人でした」


「……もう。そういうこと、さらっと言うの、ずるいって、いつも言ってるでしょ」


 ネルさんは、とうとう、ぽろぽろと泣き出した。いつものしっかり者の受付嬢じゃなくて、ただの、寂しがりの優しい人の顔で。


    ◇


 ひとしきり泣いて、少し落ち着いてから。


 私は、あの贈り物を、ネルさんに渡した。あの甘いデザートのレシピを、丁寧に書き記した、一冊。


「これ、ネルさんに。……私がいなくても、自分で、自分を甘やかせるように」


 ネルさんは、それを大事そうに受け取って、ページをめくって――ふっと笑った。


 いちばん下に、私が書き添えた、あの一文を見つけたのだ。「疲れたら、これを作って、ちゃんと休むこと。あなたも、便利な道具じゃないんだから」。


「……ほんと、あなたって子は。最後まで、私の心配してくれるのね」


「当たり前です。……ネルさん、放っておくと、また、倒れるまで頑張っちゃうから」


「……はいはい。わかってますよ」


 ネルさんは、笑いながら、また少し泣いた。


「……ねえ、レンちゃん。約束、して。……地の底に行っても、たまには、こっそり顔を見せに来ること。まかない、作りに来ること。……ちゃんと、繋がっていること」


「はい。約束します。……扉ひとつ開ければ、すぐですから。ネルさんが疲れたときは、いつでも、あったかいスープ、作りに来ます」


「……うん。絶対よ」


 私たちは、そっと、小指を絡めた。共犯者の約束。……お別れじゃない。ちゃんと繋がっている、という、あたたかい約束を。


    ◇


 ネルさんが帰る前。


 彼女は、ふと立ち止まって、振り返った。


「……レンちゃん。最後に、ひとつだけ」


「はい?」


「あなたが、この街に来てくれて。……本当に、よかった。この街は、あなたのおかげであたたかくなった。私も。ジオじいさんも。ガーゴも。街のみんなも。……あなたのくれたあたたかさ、ちゃんと覚えてるから。だから、どこにいても、忘れないで。あなたには、いつでも帰ってこられる場所が、ここにあるってこと」


 その言葉が、じんと胸に染みた。


 帰ってこられる場所。……私が、この街にいなくなっても。この街は、ずっと、私の“帰れる場所”でいてくれる。


「……はい。ありがとうございます、ネルさん。……絶対、忘れません」


 ネルさんは、にっこり笑って。それから、いつもの、少し照れた口調で言った。


「じゃ、また明日。……送り出す会、盛大にやりましょ。あなたの旅立ちを、笑って送り出せるように」


「はい。……美味しい料理、たくさん作りますね」


    ◇


 ネルさんを見送ったあと。


 私は、一人、あたたかいお茶を飲み干した。


 ……いよいよ、明日だ。この街での、最後の一日。街のみんなに、笑顔で「いってきます」を告げる、その日。


 寂しくない、と言えば嘘になる。でも、もう、うつむいてはいなかった。


 だって、これは逃げじゃない。前を向いた旅立ちだ。そして、お別れじゃない。ネルさんとも、ガーゴさんとも、ちゃんと繋がっている。すぐ会える。


 明日、私は、笑って旅立つ。ありがとうを込めて。そして、あたたかいこの街の、すぐ真下で。新しい「ただいま」を始めるのだ。


 私は、窓の外の穏やかな夕暮れを、そっと見つめた。……この、街の箱庭で見る夕暮れも、今夜が最後だった。


 ――送り出す会は、もう、明日。あたたかい、この街での最後の食卓が、私を待っていた。

受付嬢の、本当の気持ち。

次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ