第88話 家族に、なりました
その夜。私たちは、あらためて、“家族のお祝い”の食卓を囲んだ。
ティルの好きなものを、たくさん作った。甘い木の実の煮込み。ふっくら蒸した野菜。ヒノの好きな上等なお肉。……それから、地の底の発酵蔵から出した、とっておきの調味料で、深い味のスープも。
ちょっとした乾杯もした。あたたかい果実の飲み物を、木の器に注いで。ティルが、それを、まるで大人みたいに、うやうやしく掲げる。
「……えっと。ぼくたち、かぞくに、なりました。……いただきます!」
「あはは。乾杯と、いただきます、混ざってるよ。……でも、うん。いただきます」
二人と一匹の声が、あたたかい我が家に響いた。
◇
……思えば、私の食卓は、ずいぶん賑やかになった。
最初は、一人だった。前世でも、この世界に来た当初も。冷たい飯を、一人でかき込むだけの食卓。
それが今は、ティルがいて、ヒノがいて。血も種族もバラバラの、寄せ集めの家族。……でも、この食卓は、世界でいちばん、あたたかい。
「レン。……かぞくって、いいね」
ティルが、スープをすすりながら、しみじみと言った。
「うん。……いいね。すごく、いい」
「ぼく、まえは、かぞくって、こわいものだと、おもってた。……なぐられて、おいだされる。そういうものだと。でも、いまは、ちがう」
ティルは、あたたかいスープを両手で包んで続けた。
「かぞくって、あったかい。……いっしょに、いただきます、っていえる。……それが、かぞく」
その言葉に、私は、深く頷いた。
……そうだ。家族って、そういうものだ。血でも種族でも、義務でもない。一緒に「いただきます」と言える、その相手。それが、家族。
前世の私が、いちばん欲しかったもの。それが今、この地の底の食卓に、確かにある。
◇
その夜。ティルが、幸せそうな寝顔で眠ったあと。
私は、あたたかい我が家を、そっと見回した。
窓辺の、光る白い花。ずらりと並んだ、椅子。あたたかい、かまどの残り火。……そして、寄り添って眠る、ティルとヒノ。
血の繋がらない、種族も違う、寄せ集めの家族。
でも、これが、私の選んだ家族だった。そして、ティルも、自分の意志で、この家族を選んでくれた。
……血の繋がりは、選べない。でも、家族は、選べる。「この人と、一緒にいただきますを言いたい」。そう思える相手を、家族にできる。それはたぶん、血の繋がりよりも、ずっと尊いことだ。
私は、眠るティルの頭を、そっと撫でた。
「……おやすみ、ティル。私の、大事な家族」
返事は、もちろんなかった。でも、その穏やかな寝息が、返事の代わりみたいに、あたたかく部屋に響いていた。
◇
翌朝。目を覚ますと、ティルは、もう起きていて、台所で何かをしていた。
覗いてみると、この子は、たどたどしい手つきで、朝ごはんの支度をしていた。あたたかいスープに、蒸した野菜。……私がいつも作る、あの朝ごはんを、見よう見まねで。
「ティル? どうしたの、これ」
「あ、レン。……おはよう。……あのね。かぞくって、こうたいで、ごはん、つくるんでしょ。だから、きょうは、ぼくが」
その言葉に、私は、思わず、笑ってしまった。
……そうか。この子は、"家族"というものを、一生懸命覚えようとしているのだ。家族なら、こうするんだろう、と。想像しながら。ひとつずつ。
「うん。……そうだね。ありがとう、ティル。……いただきます」
ティルの作った、少し不格好な朝ごはんを、私は、ひと口食べた。味付けは、まだまだ拙い。でも――あたたかくて、優しくて、じんわりと胸に染みた。
「……おいしい」
「ほんと!?」
「うん。ほんと。……家族が作ってくれたごはんって、こんなに美味しいんだね」
その言葉に、ティルは、へへ、とはにかんで、それから、自分も、あたたかいスープをすすった。
……あたたかいごはんを、作ってもらう。前世の私が、いちばん憧れて、けれど、一度も手に入らなかったもの。それが今、ここにあった。血の繋がらない小さな家族が、私のために、たどたどしく作ってくれた、一杯のスープの中に。
◇
――もっとも。この、あたたかい家族の物語は。ティルの、生まれた“里”のことと、まだ決着がついていなかった。その里が、思いのほか近くにあることを。私たちは、じきに知ることになる。
でも、それは、また別のお話。今夜は、この、あたたかい家族の食卓の余韻を、ゆっくりと味わうとしよう。
家族に、なりました。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




