第87話 レンは、ぼくの何?
新しい我が家が、すっかり整った、ある夜のこと。
ティルの様子が、なんだか、いつもと違った。
夕食のあいだも、どこかそわそわしている。何か言いたそうで、でも、言えずにいる。そういうときのこの子の癖は、私にはもうお見通しだった。
「どうしたの、ティル。……何か、気になること、ある?」
私が聞くと、ティルは、はっとして。それから、もじもじと指を絡めた。
「……レンに、きいても、いい? ……ちょっと、こわいけど」
「うん。なんでも、聞いて」
ティルはしばらくうつむいて、それから、思い切ったように顔を上げた。
◇
「レンは……ぼくの、なに?」
その、まっすぐな問いに、私は、少し面食らった。
「……えっと。どういう、意味?」
「ぼく、レンに、ひろわれた。なまえも、もらった。おうちも、もらった。……でも、ぼく、レンの、"ほんとうの"、なに、なのかな、って」
ティルの声が、少し震えていた。
「ぼく、りゅうりんぞく。レンは、ちがう。……ちがう、しゅぞく。ぼくは、レンの、こどもじゃ、ないし。きょうだいでも、ない。……ぼく、ただの、"ひろわれた、トカゲ"、なのかな」
――ああ。
私は、胸がきゅっとなった。
この子は、ずっとそれを気にしていたのだ。私が「家族」と言うたびに。嬉しそうにしながら、心の奥では、不安だったのだ。血も繋がっていない。種族も違う。……そんな自分が、本当に“家族”を名乗っていいのか、と。
里で「お前の居場所はない」と言われ続けた子だ。だから、いつもどこかで怯えている。「本当は、いらない子なんじゃないか」と。「いつか、追い出されるんじゃないか」と。
◇
私は、おたまを置いて、ティルの前にしゃがんだ。
そして、その金色の目をまっすぐ見て、言った。
「ティル。……よく、聞いてね」
「うん」
「あなたは、私の家族だよ。……“ひろわれたトカゲ”なんかじゃない。ちゃんとした、大事な家族」
「でも……ちも、つながってない。しゅぞくも、ちがう」
「うん。繋がってないね。種族も違う。……でも、それが、なんだっていうの?」
私は、笑って続けた。
「家族って、血が繋がってるから家族なんじゃないよ。……いっしょにごはんを食べて、いっしょに笑って、相手のことを大事に思って。……そういう相手を、家族って言うの。血なんて、関係ない」
ティルは、目をまんまるにして、私を見た。
「私はね、ティル。前世で、血の繋がった家族は、いた。でも、みんなバラバラで。一緒にごはんを食べた記憶も、ほとんどない。……血が繋がってても、“家族”じゃない人は、いるの」
私は、そっとティルの頭を撫でた。
「逆に、あなたとは、血も種族も違う。でも、私たちは毎日、一緒にごはんを食べて、一緒に笑って、困ったら助け合ってる。……これを家族って言わなかったら、いったい何を、家族って言うの?」
◇
ティルの金色の目に、じわりと涙が滲んだ。
「……ぼく、レンの、かぞく。……ほんとうに?」
「本当。……ずっと前から、家族だよ。私が、あなたに名前をつけた、あの日から。……ううん、もっと前かな。あなたに、二杯目のスープをあげたくなった、あの夜から」
ティルは、ぽろぽろと泣き出した。でも、それは、悲しい涙じゃなかった。
「……ぼく。ぼく、ずっと、ふあんだった。いつか、レンに、いらないって、いわれるんじゃ、ないかって。……さとみたいに、おいだされるんじゃ、ないかって」
「うん」
「でも、ぼく、いま、わかった。ぼくは、レンの、かぞく。……ずっと、かぞく」
「うん。そうだよ。……ずっと、ずっと、家族」
私は、泣きじゃくるティルをぎゅっと抱きしめた。ヒノも、そっと二人に寄り添って、あたたかい体で包み込んでくれた。
◇
ひとしきり泣いて、少し落ち着いてから。ティルは、ぐしぐしと涙を拭って、それから、まっすぐ私を見て言った。
「レン。……ぼく、きめた。ぼく、これから、じぶんのこと、『レンの、かぞくの、ティル』って、なのる」
「……うん」
「さとの、ティルじゃ、ない。すてられた、ティルじゃ、ない。……レンと、ヒノの、かぞくの、ティル。それが、ぼくの、ほんとうの、なまえ」
その、まっすぐな宣言に、私は、胸がいっぱいになった。
この子は、自分で、自分の居場所を選んだのだ。捨てられた過去にしがみつくんじゃなくて。血の繋がりに縛られるんじゃなくて。自分の意志で“どこに属するか”を決めた。
……なんて、強い子に育ったんだろう。
「うん。……よろしくね、ティル。私の、大事な家族」
「うん! こちらこそ!」
ティルは、涙でぐしゃぐしゃの顔で、それでも、とびきりの笑顔を見せた。
ヒノが、その様子を見て、ぐるる、と嬉しそうに鳴いた。まるで、「ぼくも、家族だぞ」とでも言うように、ティルの頬を、ぺろりと舐める。
「あはは。……そうだね、ヒノも、大事な家族。私と、ティルと、ヒノ。……三人(二人と一匹)で、ひとつの家族だ」
ヒノは、満足そうに胸を張った。ティルが、そのあたたかい背中にぎゅっと抱きついて笑う。……血も種族もバラバラの三人。でも、こうしていると、もう、ずっと昔から家族だったみたいだった。
血は繋がっていなくても。……私たちは、たしかに、家族だった。




