第83話 地の底に、我が家を建てる
送り出す会までの、残りの数日。
私はティルとヒノを連れて、深層の岩室に通い詰めた。地の底の新しい我が家を、本当に暮らせる“お家”に仕上げるためだ。
これまでは、まだ途中だった。かまどと、お風呂と、寝床くらい。壁も床も、むき出しの岩のまま。……でも、ここからが本番だった。仮の隠れ家じゃない。私たちが、これからずっと暮らす、本物の家を建てる。
「よし。……今日から本気で建てるよ。私たちのお家を」
私が言うと、ティルもヒノも、目を輝かせて頷いた。
◇
まずは、壁だ。
むき出しの岩肌のままでは味気ないし、少し寒々しい。私はヒノの炎で、深層の丈夫な岩を溶かして、なめらかに整えていった。ごつごつした洞窟が、少しずつ、あたたかい部屋の壁に変わっていく。
ヒノの炎の扱いも、すっかり上手になった。強すぎず、弱すぎず。私が繭で加減しなくても、ヒノ自身が、ちょうどいい火加減を覚えてくれている。……出会った頃は、街を焼きかねない暴れん坊だったのに。今は、立派な建築の相棒だ。
床には、ティルの鱗を敷き詰めた。薄くて、熱を優しく通す、あの鱗。地の底の冷たさを、じんわりとやわらげてくれる。裸足で歩いても、ひやりとしない、あたたかい床。
「ぼくの、うろこが。おうちの、ゆかに、なった……」
ティルが、その床をそっと撫でて、しみじみと呟いた。
里で「出来損ない」と嗤われた、その薄い鱗が。今、私たちのあたたかい我が家を支えている。……それが、この子にはたまらなく誇らしいらしい。
◇
部屋の仕切りを作って、台所と、居間と、寝室を分けた。
台所には、立派なかまど。棚には、発酵調味料の壺や、深層の珍しい食材が、ずらりと並ぶ。居間には、大きな食卓。……もちろん、椅子はたくさん用意した。ティルと私の分だけじゃない。いつか遊びに来てくれる、みんなの分も。
「レン。……いす、こんなに、いっぱい。だれが、すわるの?」
「んー。……ネルさんとか、ガーゴさんとか。こっそり遊びに来てくれるかもしれないでしょ。そのときのために」
ティルは、こくこく、と嬉しそうに頷いた。
街の箱庭で、少しずつ増えていった、食卓の椅子。最初は、たった一脚だった。それが五脚になり、もっと増えて。……今、その椅子たちは、そっくりそのまま、地の底の新しい我が家に引っ越してきた。
どこへ行っても。この椅子たちがある限り。私の食卓は、あたたかいままだ。
◇
窓も、作った。
……といっても、地の底に、本物の窓はいらない。外は、暗いダンジョンだ。だから、これは【箱庭】の力で作る、“好きな景色を映す窓”だった。街の箱庭にあったのと、同じもの。
「ティル、ヒノ。この窓の外、どんな景色がいい?」
「んーとね……はれた、あおいそら!」
「じゃあ、青空にしよう。……朝は、気持ちのいい晴れ。夜は、星空。雨の音が聞きたい日は、雨。……好きなときに、好きな景色にできるよ」
私が窓の外に、真っ青な空を映してみせると、ティルは、「わあっ」と飛び跳ねて喜んだ。
地の底の、暗い岩室。でも、窓の外にはいつでも、あたたかい青空が広がっている。……不思議な、けれど、とびきり居心地のいい我が家だった。
◇
建築の最中に、一度、ネルさんが、こっそり訪ねてきた。
この人は“本当の行き先”を知る、数少ない一人だ。街の箱庭の扉から、そっと地の底へ。新しい我が家を見て、ネルさんは、ぽかんと口を開けた。
「……ちょっと。何これ。ダンジョンの深層に、こんな、あったかいお家、建てちゃうの? あなた、ほんとに、規格外ね……」
「あはは。褒め言葉として、受け取っておきます。……はい、ネルさん。お茶、どうぞ。ここのかまどで淹れた、初めてのお茶です」
ネルさんは、あたたかいお茶をひと口すすって、ほう、と息をついた。それから、少し、しんみりした顔になった。
「……ここなら、安心ね。帝国の連中も、まさか、自分たちが探し回る街の、真下にいるなんて、夢にも思わないでしょうよ」
「はい。……それに、扉を繋げば、いつでも街に会いに行けます。ネルさんにも、ガーゴさんにも。……だから、寂しくないです」
「……そうね」
ネルさんは、用意された椅子の一つに、そっと座って。それから、ふっと笑った。
「この椅子。……私のぶんも、あるの?」
「もちろん。いちばん座り心地のいいの、選んでおきました」
その一言に、ネルさんは、ぐっと言葉に詰まって。それから、「……ずるいわよ、あなた」と、そっぽを向いた。目元が、少し、赤かった。




