第82話 もうすぐ、送り出す会だね
夕方。最後に、ガーゴさんが、酒場で待っていてくれた。
ガーゴさんは、私の顔を見るなり、いつもの豪快さで、どんっ、と私の肩を叩いた。(繭を張っていなかったので、普通に痛かった。)
「よう、聖女様! いよいよ、もうすぐだな」
「はい。……ガーゴさんには、本当にお世話になりました。人だかりから、いつも守ってくれて」
「はは、あんなの、朝飯前だ。……つっても、もうすぐ、それも見納めかと思うと、な」
ガーゴさんは、豪快に笑いながら、でも、その目は、少し赤かった。
この人は、“本当の行き先”を知っている。私が遠くへ行くんじゃなくて、この街の真下に潜むことを。……それでも、こうして寂しがってくれる。会えなくなるわけじゃないのに。
「……ガーゴさん。これ、餞別っていうか。私からの贈り物です」
私は、日持ちする精のつく干し肉と、鎮痛ゼリーを渡した。
「狩りのお供に。……あと、無茶しないでくださいね。怪我したら、このゼリー、使って。ガーゴさん、すぐ無茶するから」
「……へっ。オレの心配、してくれるのか」
「当たり前でしょう。……大事な、家族みたいな人ですから」
その一言に、ガーゴさんは、ぐっと言葉に詰まった。それから、ごしごしと、乱暴に目元をこすって。
「……あーもう、しんみりさせんな! ……いいか、聖女様。地の底で達者で暮らせよ。あったかい飯、いっぱい食ってな。……そんで、たまには、こっそり顔、見せに来い。オレが、うまい獲物、狩っといてやるからよ」
「……はい。約束します。必ず、また会いに来ます」
「おう。……それでこそ、オレの聖女様だ」
ガーゴさんの、不器用であたたかい言葉に、私は、笑いながら、また泣いた。
◇
その夜。箱庭に帰って、私は、ティルとヒノと、静かな夕食を囲んだ。
一日中、お別れを言って回って、心はくたくただった。でも、不思議とあたたかかった。
「レン、いっぱい、ないてたね」
ティルが、心配そうに言う。
「うん。……でも、いい涙だよ。みんな、あったかくて。……私、こんなにたくさんの人に、大事にされてたんだなあ、って。あらためて思ったの」
贈り物を渡すつもりだった。でも、結局、もらってばかりだった。あたたかい肩掛け。あたたかい言葉。あたたかい涙。……私がこの街に蒔いた種は、こんなにも大きな花になって返ってきた。
前世の私が死んだとき、誰も泣いてくれなかった。誰も見送ってくれなかった。冷たい部屋で、一人きり。
でも、今は違う。
こんなにたくさんの人が、私との別れを惜しんでくれる。泣いてくれる。「達者でな」と送り出してくれる。
……それだけで。私は、この世界に来て、本当によかったと思えた。
◇
「もうすぐ、送り出す会だね」
私は、あたたかいスープをすすりながら言った。
「うん! ぼく、いっぱい、おてつだいする!」
ティルが、張り切って言う。ヒノも、ぐるる、とやる気満々だ。
あと数日で、街の広場で、盛大な送り出す会。私が腕によりをかけて、料理を振る舞う。街のみんなと、最後の食卓を囲む。……そして、笑顔で旅立つふりをして、こっそり、地の底へ。
それまでに、やることは、まだある。地の底の新しい我が家を、本当に暮らせる“お家”に、仕上げること。……お別れの寂しさを、あたたかい暮らしづくりの、わくわくに変えて。残りの日々を、大切に過ごそう。
寂しい。でも、悲しくはない。
だって、これはお別れじゃない。ジオじいさんとも、女将さんとも、ガーゴさんとも。またきっと会える。あたたかさは、ちゃんと繋がっている。
私は、窓の外の穏やかな夕暮れを見つめた。この、街の箱庭で過ごす夜も、あと少し。もうすぐ、私は、この街のいちばん深いところへ潜っていく。
でも――どこにいても、私は、あたたかいごはんを作り続ける。この街で、みんなに教わったいちばん大事なことを、胸に抱いたまま。
「……いただきますって言える食卓が、いちばんあったかいんだよね」
私は、ぽつりと呟いた。ティルが、こてん、と首をかしげて、それから、にっこり笑った。
「うん。ぼく、レンと、ヒノと、いっしょの、いただきます、だいすき」
あたたかい、お別れの日々。その夜は、静かに、静かに更けていった。
――もうすぐ、私は、この街に、笑顔で「いってきます」を告げる。そして、あたたかいこの街の、すぐ真下で。新しい「ただいま」を始めるのだ。
その「ただいま」の場所を、あたたかく整えるのが。明日からの、私の仕事だった。
お別れは、さみしいけれど。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




