第8話 「使えない子」なんかじゃない
実を言うと、私には、少し、心当たりがあった。
ティルの鱗は、薄くて柔らかい。戦士の基準では「欠陥」だ。でも、料理人の目で見ると、その「薄くて、熱を優しく通す」性質は――なんだか、とてもいい鍋敷きや、蒸し料理の“落とし蓋”になりそうだった。
試しに、一枚、自然に抜け落ちた鱗を借りて、蒸し野菜の落とし蓋にしてみた。
結果は、驚くほど、よかった。
鱗は、熱をやわらかく、均一に伝える。おかげで、野菜は焦げず、芯までふっくらと蒸し上がった。硬い根菜が、とろけるみたいに甘くなる。こんなに綺麗に火が通ったのは、初めてだった。
「……ティル。あなたの鱗、すごいよ」
「え?」
「熱を、こんなに優しく伝える素材、私、見たことない。これ、料理の腕が、二段は上がる。あなた、料理の天才の相棒かもしれない」
ティルは、きょとん、とした。それから、じわじわと、その言葉の意味を理解していって――
「ぼくの、鱗が……やくに、たった……?」
「立ったどころじゃない。大活躍。ほら、このお野菜、食べてみて」
私は、ふっくら蒸し上がった根菜に、少しだけ塩を振って、ティルに差し出した。
ティルは、それを、おそるおそる口に運んで――目を、まんまるにした。
「……あまい。やわらかくて、あまい……!」
「でしょ。あなたの鱗のおかげ」
その瞬間の、ティルの顔を、私は、たぶん、ずっと忘れないと思う。
生まれて初めて、「出来損ない」と呼ばれ続けたその体の一部が、誰かの役に立って、しかも、こんなに美味しいものを作った。その事実に、ティルの顔は、くしゃくしゃに歪んで、そして、今日いちばんの笑顔になった。
「ぼく……使えない子、じゃ、ない……?」
「当たり前でしょ。何度でも言う。あなたは、使えない子なんかじゃない」
ティルは、蒸し野菜を頬張りながら、声をあげて、泣いて、笑った。
……まったく。よく泣く子だ。でも、こういう涙なら、いくらでも見ていられる。
「それにね、ティル。あなたの鱗の使い道、これだけじゃ、たぶん、ないよ」
私は、もう一枚の鱗を、水を張った器に浮かべてみた。すると、鱗は、水の温度を、いつまでも、ぬるく、一定に保った。まるで、小さな保温装置みたいに。
「ほら。これ、水を、ちょうどいい温度に保つの。……発酵にも、使えるかも。畑に敷けば、土もあったかく保てる。冬でも、野菜が育てられるかもしれない」
言いながら、私は、だんだん、わくわくしてきた。
ティルの鱗は、「熱を、優しく、均一に、長く保つ」。戦いの物差しでは、なんの意味もない。でも、暮らしの物差しで見れば、これは、とんでもない優れものだ。落とし蓋。鍋敷き。保温。育苗。――使い道は、考えれば考えるほど、いくらでも出てくる。
「あなたの鱗はね、『守る』ためのものじゃ、なかったの。『あたためる』ための、ものだったんだよ」
私の言葉に、ティルは、自分の腕の鱗を、そっと、撫でた。
もう、忌々しげにでも、隠すようにでもなく。まるで、大切な宝物に触れるみたいに。
「あたためる……ぼくの、鱗が……」
「うん。ぴったりでしょ。あなた、あったかい子だもん」
◇
その夜。
ティルは、抜け落ちた自分の鱗を、宝物みたいに、大事そうに握って眠った。
私は、その寝顔を眺めながら、なんとなく、思う。
この子の鱗の使い道は、たぶん、料理だけじゃない。熱を優しく通す性質は、他にも、いろんなことに応用できるはずだ。畑に敷けば土の保温になるかもしれないし、うまくすれば、もっと大きなことにも。
考えるだけで、ちょっと、わくわくする。
「役に立たないものなんて、ない、か……」
自分で言った言葉を、口の中で転がす。
それは、ティルに言った言葉であると同時に――たぶん、前世で使い潰されて、自分を「替えのきく歯車」だと思い込んでいた、あの頃の私自身に、言ってやりたかった言葉でもあった。
それから、もうひとつ。
寝る前に、私は、ティルに、ちゃんと言っておいた。ずっと、飲み込んでいた言葉を。
「ティル。お婆さんが死んだのは、あなたのせいじゃない。あの人はね、たぶん、あなたにごはんを分けてる時間が、いちばん、幸せだったんだと思う」
ティルの肩が、ぴくりと震えた。
「誰かにごはんを食べさせるのって、すごく、幸せなことなの。私、最近、わかったんだ。……だから、お婆さんは、あなたに食べさせて、後悔なんて、してない。絶対に」
ティルは、しばらく、毛布の中で、じっとしていた。それから、くぐもった声で、「……うん」と、ひとつ、返事をした。
その夜、ティルは、少しだけ、穏やかな顔で眠っていた気がした。うなされる寝言も、聞こえなかった。
まあ、それはそれとして。
「明日は、あの硬いお肉に、挑戦してみようかな」
ギルドで小耳に挟んだ話を、私は思い出していた。硬すぎて、どんな料理人も匙を投げるという、伝説の魔物肉。鋼牙イノシシ。
誰も食べられないと言うのなら――なおさら、食べてみたくなるのが、料理人の性というものだった。
「使えない」は、本当の値打ちじゃない。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




