第7話 鱗の薄い子は「使えない子」?
箱庭での暮らしが、三日ほど続いた頃だった。
ティルは少しずつ、この家に慣れてきていた。正座はしなくなったし、お腹が空けば「すいた」と言えるようにもなった。小さな進歩だけれど、私はそれを見るのが、思いのほか楽しかった。
その日、私が保存棚を整理していると、ティルが、自分の腕の鱗を、じっと見つめているのに気づいた。
例の、薄い鱗だ。
「どうしたの、それ」
私が聞くと、ティルは、びくりとして、慌てて鱗を隠すように腕を引っ込めた。
「……なんでも、ない」
嘘が下手な子だ。前世の私の後輩に、こういうのがいた。抱え込むだけ抱え込んで、限界まで「なんでもない」と言い張るタイプ。ああいう子ほど、あとで、ぽきりと折れる。
私は、棚の整理をやめて、ティルの隣に、腰を下ろした。
「話したくないなら、いい。でも、聞くだけなら、聞くよ。私、暇だし」
嘘だ。暇じゃない。夕飯の仕込みがある。でも、こういう嘘も、ついていい嘘だ。
ティルは、しばらく黙っていた。それから、ぽつり、ぽつりと、話し始めた。
◇
竜鱗族は、鱗の厚さが、そのまま強さを意味する種族なのだという。
厚く、硬く、色の濃い鱗を持つ者ほど、防御力が高く、戦士として尊ばれる。里の序列は、鱗で決まる。生まれた瞬間に、鱗を見られ、その子の一生が、だいたい決まってしまう。
ティルの鱗は、里の歴史でも、類を見ないほど、薄かった。
「ぼくの鱗、やわらかくて、うすくて。……戦えない。的にも、ならない。だから、みんな、言った。『こいつは、竜鱗族の、出来損ないだ』って」
餌を減らされ、朝ごはんを抜かれ、雑用を押しつけられ、失敗すれば殴られた。名前の代わりに「出来損ない」と呼ばれ、誰の目にも留まらないように、息を潜めて生きてきた。
ひとつだけ、優しくしてくれた人がいた、とティルは言った。
里の、年老いた竜鱗族の女性。目が悪くて、もう戦えない、里では"用済み"とされていたお婆さんだ。彼女だけは、こっそり、ティルに自分の食事を分けてくれた。「鱗の厚さで、生きる値打ちが決まるなんて、誰が決めたんだろうねえ」と、そう言って、笑ってくれたという。
「でも、ばあちゃん、ふゆに、しんじゃった。……ぼくに、ごはん、わけてたから、かも、しれない」
ティルは、膝を抱えて、小さくなった。
「ぼくのせいで、ばあちゃん、しんだ。ぼくが、たべなきゃ、よかった」
それは、違う。断じて、違う。
でも、幼い子どもの罪悪感というのは、理屈で簡単にほどけるものじゃない。私はそれを知っている。だから今は、否定をぐっと飲み込んだ。かける言葉は、あとでちゃんと選ぶ。
そして、つい先日。里が、上位のダンジョンへ移り住むことになったとき。
ティルは、置いていかれた。
「『足手まといは、いらない』って。……ぼく、追いかけたけど、追いつけなくて。気づいたら、知らない街に、いて」
そこで、私のスープの匂いを、嗅いだ。それが、あの夜だった。
ティルは、話し終えると、へへ、と、力なく笑った。
「だから、ぼく、ほんとに、使えない子、なんだ。レンに拾ってもらったけど、たぶん、なんの役にも、立てない。……ごめんなさい」
最後の「ごめんなさい」で、また、目に涙が滲む。
私は、その話を、最後まで、黙って聞いていた。
そして、聞き終えて――静かに、こう言った。
「ティル。ひとつ、訂正していい?」
◇
「あなたは、『使えない子』じゃない」
ティルが、顔を上げる。
「あなたの鱗が『戦うのに向いてない』のは、たぶん、本当。でも、それは『使えない』とは、まったく別の話」
私は、棚から、乾いた葉っぱを一枚、取ってきた。昨日、ティルが割った皿の破片を、包むのに使ったものだ。
「世の中の道具はね、みんな、『向き・不向き』があるだけなの。包丁は、殴るのには向かない。でも、切るのには最高でしょ。じゃあ、包丁は『使えない』? 違う。使い道が、殴ることじゃない、ってだけ」
「……」
「スキルも、鱗も、同じ。この世界には、たぶん、数え切れないくらいのスキルがあって、その多くが『地味だ』『役に立たない』って言われて、誰にも使われないまま眠ってる。でもね、私、思うの」
私は、ティルの薄い鱗を、指先で、そっと撫でた。
「役に立たないものなんて、ない。役に立つ使い方が、まだ、見つかってないだけ」
これは、私が、この世界で一番、信じていることだった。
毒だって、寝かせれば世界一の出汁になる。「最弱」と笑われる私のスキルだって、使い方次第で、こうして誰かを救える。だったら、ティルの鱗にだって、まだ誰も知らない使い道が、きっとある。
「証明してあげる」
私は、にやりと笑った。
「あなたのその鱗が、どれだけ役に立つか。私が、絶対、見つけ出してあげる。……料理人の意地にかけて」




