表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新版】痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/103

第78話 “送り出す会”、はじめます

 それから、私たちは、作戦の細部を詰めていった。


 送り出す会は、数日後。場所は、街の広場。「聖女様が、遠い西の街へ旅の修行に出る」という筋書き。当日は、私がたっぷりの料理を振る舞って、盛大に、みんなと食卓を囲む。そのあと、街の門の前で、堂々と見送られる。


 問題は、その"筋書き"を、誰に、どこまで明かすか、だった。


「本当のことを知るのは、私と、あなただけ。……いえ。もう一人、増やしたほうが、いいわね」


「もう一人?」


「ガーゴよ。……あの人、口が軽いようで、肝心なことは、絶対、漏らさないの。それに、噂を、街じゅうに広める役目には、あの豪快さが、うってつけ。『聖女様は、西の街へ、修行の旅に出るんだとよ!』って、あの人が、酒場で吹聴すれば。三日で、地方じゅうに、広がるわ」


 ……確かに。適任だ。私は、思わず、笑ってしまった。


    ◇


 その日の夕方。私たちは、こっそりガーゴさんを、ギルドの裏に呼び出した。


 事情を打ち明けると、あの豪快な人は、めずらしく、しばらく絶句していた。それから、太い眉をぐっと寄せて、低い声で言った。


「……帝国のクソ野郎どもが。聖女様と、あのチビを狙ってるってのか」


「はい。……だから私、この街を出ます。みんなを巻き込みたくないので」


 ガーゴさんは、ぐしゃりと顔を歪めた。豪快な人がこんな顔をするのは、初めて見た。


「……オレは、悔しいぜ。あんたに、この街にいてほしい。帝国が来るってなら、オレが冒険者仲間を集めて、戦ってやりたい。……でもよ。相手は、国だ。オレたちじゃ、あんたを守りきれねえ。それも、わかってる」


 彼は、ごしごしと目元をこすった。


「わかった。……その作戦、乗った。オレが街じゅうに言いふらしてやる。『聖女様は、遠くの街へ旅立った』ってな。……帝国のやつらを、とことん遠くへ走らせてやる」


「……ありがとうございます、ガーゴさん」


「礼なんて、いらねえ。……その代わり、地の底で達者で暮らせよ。たまには、こっそり顔を見せに来い。……オレの聖女様なんだからな」


 その不器用な優しさに、私は、とうとう涙がこぼれそうになった。


    ◇


 こうして、"送り出す会"作戦は、動き出した。


 ネルさんが段取りを整える。ガーゴさんが噂を広める。そして、私が笑って旅立つ。……一人では、絶対にできなかったことだ。


 一人で背負わなくていい。一人で決めなくていい。


 ……ほんの少し前まで、私は、この街を出る決意すら、一人で抱え込んでいた。こそこそ消えるつもりでいた。誰にも迷惑をかけないように。誰にも頼らないように。


 でも、今は違う。ネルさんがいる。ガーゴさんがいる。ティルが、ヒノがいる。みんなが、私の“旅立ち”を、一緒に支えてくれる。


 頼ることは、迷惑をかけることじゃなかった。それは、信じること。そして、信じてもらうことだった。……前世の私が、いちばんできなかったこと。それを、この街は、私に教えてくれた。


    ◇


 ガーゴさんと別れて、私は、暮れかけた街を、一人、ゆっくりと歩いて帰った。


 いつもの、見慣れた通り。串焼きの、香ばしい匂い。店じまいを始めた、八百屋のおかみ。井戸端で、笑い合う、女たち。走り回る、子どもたち。……なんてことのない、夕暮れの風景。


 でも、今日は、その一つひとつが、やけにまぶしく見えた。


 もうすぐ、私は、この景色の中からいなくなる。ここを歩くのも、あと数えるほど。……そう思うと、見慣れたはずの街並みが、まるで初めて見るみたいに愛おしかった。


 パン屋の前を通ると、あの、引き取られた男の子が、店先の掃除をしていた。私に気づいて、「あ、聖女様!」と、元気に手を振る。私も、笑って、振り返した。


 ……この子が、こんなに元気になったのも。この街の、あたたかさのおかげだ。


 私は、この街に、たくさんのものをあげたつもりでいた。スープを。蓄えを。炊き出しを。でも――ちがう。もらったのは、私のほうだった。居場所を。名前を呼んでくれる声を。「おかえり」と言ってくれる、あたたかさを。


 冷たい静けさの中で擦り切れて死んだ、前世の私を。この街は、もう一度、"生きている人間"に戻してくれた。


「……ありがとう」


 私は、誰にともなく、小さく呟いた。夕暮れの風が、その言葉を、そっと、街の隅々へ、運んでいくみたいだった。


    ◇


 その夜。箱庭に帰って、私は、ティルとヒノに作戦の話をした。


「じゃあ、ぼくたち。みんなに、『いってきます』、するの?」


「うん。……ちゃんとお別れして、笑って旅立つの。そのあと、こっそり、地の底の新しいお家に引っ越す」


「なんだか……ぼうけん、みたい!」


 ティルの目が、きらきらと輝いた。


 ……ああ、この子は。本当に強くなった。この前まで、あんなに怯えていたのに。もう、次の一歩を“冒険”だと思える。


「そうだね。……ちょっと寂しいけど。でも、これは、悲しいお別れじゃないよ。私たちの、新しい暮らしの始まりなんだ」


 ヒノも、ぐるる、と鳴いて、任せろ、と言うように胸を張った。地の底への引っ越しなら、狭い通路が苦手なヒノも、扉を使えば、いくらでも行き来できる。もう、お留守番で、しょんぼりすることも、ない。


 逃げるが勝ち。でも、うつむいて逃げるんじゃない。


 前を向いて。胸を張って。笑顔で旅立つ。


 大切なものを、ぜんぶ抱きしめて。誰もたどり着けない、あたたかい場所へ。


 私は、そう心に決めて、あたたかい二つの寝顔を、そっと見つめた。


 ――お別れの日は、もう、すぐそこまで来ていた。

“送り出す会”、決行します。

次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ