第72話 ――ずるい、と思ってしまった
――ずるい。
この子は、ときどき、こうやって。私のいちばん柔らかいところに、まっすぐ優しさを差し込んでくる。
私はたぶん、この子に教えてきた。「一人じゃない」と。「頼っていい」と。「あなたは、いてくれるだけでいい」と。
……その、ぜんぶが。今、そっくりそのまま、私に返ってきていた。
誰かに、頼っていい。一人で、背負わなくていい。
私が、この子にあげたかった言葉を。今、この子が、私にくれている。
「……ティル」
気づいたら、私は、この子をぎゅっと抱きしめていた。
あたたかい。小さいけれど、確かにたくましくなった体。私が拾った、あの寒い夜には、骨と皮ばかりで震えていた、この子が。今は、こんなにあたたかく。私を抱きしめ返してくれる。
「……ごめんね。私、ずっと、一人で抱えてた。あなたに、心配、かけてたね」
「うん。……かけてた」
「……うん。そうだね」
私は笑った。少しだけ、涙声で。
「じゃあ、これから。……少しずつ、あなたにも話すね。私が困ってること。悩んでること。……一人で抱え込まないように、するから」
「ほんと!?」
「うん。ほんと。……あなたが、私を守りたいって言ってくれたみたいに。私も、あなたに寄りかかる練習、してみる」
ティルの顔が、涙でぐしゃぐしゃのまま、ぱあっと輝いた。
その顔を見ていたら。私の胸の奥で、ずっと固く結ばれていた何かが、ほんの少し、ほどけた気がした。
◇
その夜。私たちは、いつもより少しだけ、あたたかい夕食を囲んだ。
ティルの好きなものを、たくさん作った。甘い木の実の煮込み。ふっくら蒸した野菜。ヒノの好きな上等なお肉も。
「いただきます」
二人と一匹の声が、重なる。
食べながら、私は、ティルに少しだけ話した。街の人に、守り神になってほしいと言われていること。それが、少し重たいこと。……この街にいることで、みんなを危ない目に遭わせるかもしれない、こと。
全部は、話さなかった。移住のことは、まだ言えなかった。でも、今まで一人で飲み込んでいたことを、少しだけ口に出せた。それだけで、胸の奥が、ほんの少し軽くなった気がした。
ティルは、真剣な顔で聞いていた。難しい話は、全部はわからなかっただろう。でも。
「……レン。なにが、あっても。ぼく、レンの、そばに、いるからね」
そう言って、私の手を、ぎゅっと握った。
その、小さな手のあたたかさが、今夜は、いつもよりずっと頼もしく感じられた。
◇
ティルとヒノが寝静まったあと。
私はまた、かまどの火を見つめた。でも、昨日ほど、胸はざわついていなかった。
答えは、まだ出ていない。街のことも。移住のことも。重たい荷物は、まだ、私の背中に乗ったままだ。
でも。
一人じゃ、ない。
そのたった一つの事実が、こんなにも心をあたためるなんて。……私は、ずっと知らなかった。前世でも。この世界に来てからも。ずっと、一人で抱えるのが当たり前だと思っていた。
ティルが、教えてくれた。守られるだけだった、あの子が。「荷物を、持たせて」と。
……私も。少しずつ、練習しよう。誰かに頼ること。背負ってもらうこと。
それはたぶん、繭を張ることよりも、ずっと難しくて、ずっと大事な力だ。
私は、寝床の二つの寝顔をそっと見つめて。今夜は、昨日より少しだけ深く眠れそうな気がした。
――もっとも。そのあたたかい決意が試される日は、もうすぐそこまで迫っていた。帝国が、いよいよ本格的に動き出す、その報せが。翌日、この街に届くことを。このときの私は、まだ知らなかったのだ。
家族には、隠しごとはできません。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




