表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新版】痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/106

第68話 繭は、いつでも安全地帯

「ひ、退け……退けっ!」


 斥候たちは恐慌をきたして逃げていった。剣を取り落とす者すらいた。


 あとには、困惑と恐怖の余韻だけが残った。


 ……ふう。私は繭を解いて、小さく息を吐いた。


 正直に言えば、少しだけ心臓がどきどきしていた。攻撃は効かない。それは頭ではわかっている。でも、大の男が数人がかりで剣を振り下ろしてくれば、やっぱり体は少し身構える。……前世で染みついた“危険には近づくな”という本能は、そう簡単には消えない。


 でも――繭は、今日も完璧に私を守ってくれた。かすり傷ひとつない。その確かな事実が、私の震えをすぐに鎮めてくれた。


「……レン。すごい。ぜんぜん、へいき、だった」


 ティルが私の背中からそっと顔を出して、目をまんまるにしていた。


「うん。……私、絶対に傷つかないから。何が来ても平気なの。……だからね、あなたは私の後ろにいれば、絶対安全。この繭の中は、いつでもどこでも、世界でいちばん安全な場所なんだ」


 私はそう言って、ティルの頭を撫でた。


 繭の中は安全地帯。……たとえ国の兵に囲まれても、たとえ剣を向けられても、私と、私が守ると決めた者は、絶対に傷つかない。


 それは、私がこの世界で授かった、いちばん頼もしい力だった。「痛いのは嫌」。その切実すぎる願いが形になった、伝説の盾。


「レン、かっこよかった。……ぜんぜんこわがらなくて。まるで、おとぎばなしの、まもりの、けんし、みたい」


 ティルが興奮気味に言った。さっきまで震えていたのに、もうけろっとしている。……子どもの切り替えの早さは、羨ましい。


「剣士じゃないよ。だって私、剣、持ってないもん。……ただ、“殴られても痛くない人”なだけ」


「でも、それって、せかいでいちばんつよいんじゃない?」


 ティルの無邪気な言葉に、私は少し考えて、それから笑った。


「……どうかな。強い、とはちょっと違う気がする。私、誰かを倒すことはできないから。……ただ、“守る”ことだけは、世界一得意かもね」


 守ることしかできない。攻撃はゼロ。……でも、それでいいと思う。私は誰かを傷つけたいわけじゃない。ただ、大切なものを傷つけさせたくない。それだけなのだから。


 攻撃力ゼロの絶対防御。……なんて私らしい力だろう。痛いのが嫌で、誰かが傷つくのも嫌で、だから“ただ守るだけ”の力を授かった。神様もなかなか、私のことをわかっている。


    ◇


 でも、手放しで喜べる状況ではなかった。


「……まずいな」


 逃げていく斥候の背中を見ながら、私は呟いた。


 あんなに派手に、攻撃が効かないところを見せてしまった。……これで向こうは確信するだろう。「あの聖女は“ただの子ども”じゃない」と。何か規格外の力を持っている、と。


 鑑定では「ランク1」としか出ない。でも実際には、剣も魔法も通さない。……この矛盾こそが、帝国がいちばん欲しがる“証拠”だ。


 逃げていった斥候たちは、震える手でこの光景を報告するだろう。「あの聖女はあらゆる攻撃を無効化する。鑑定は“ランク1”なのに、剣も魔法も効かない」と。


 それは帝国にとって、喉から手が出るほど欲しい“力”だ。一軍の兵に傷ひとつ負わせない、絶対防御。……それを“国家資源”として囲い込みたいはずだ。


「これで帝国は本気で動く。……“回収する価値がある”って判断される」


 私は静かにそう悟った。


 のらりくらり、とぼける作戦はもう通用しない。攻撃が効かないところをこれだけはっきり見せてしまえば、「まぐれ」では押し通せない。


 ……潮時が近い。そう思った。


    ◇


 その夜。箱庭で、私は一人、かまどの火を眺めながら考え込んでいた。


 今日のことで、帝国は確信するだろう。「あの聖女は“ただの子ども”じゃない」と。……もう、“のらりくらり”では済まない。近いうちに、もっと大きな力が、この街に押し寄せてくる。


 繭があれば、私は傷つかない。捕まらない。それは確かだ。


 でも――問題はそこじゃない。


 私がこの街にいる限り、帝国はこの街を狙う。私を探して、街の人を脅したり、乱暴を働いたり。……最悪、街ごと囲まれるかもしれない。ネルさんが言っていた。帝国は“確実だ”と踏めば、容赦なく来る、と。


 私は逃げられる。傷つかない。でも、ジオじいさんは。女将さんは。ガーゴさんは。……街のみんなは違う。普通の人間だ。


 私のせいで、このあたたかい街が兵に踏み荒らされる。……それだけは、絶対に嫌だった。


 だとしたら、答えはひとつしかない。


 ――私が、この街から消えること。


 そうすれば、帝国はこの街に用がなくなる。追うのは私だけ。……皮肉な話だ。このあたたかい場所を守るために、私はここを去らなければならない。


 ……でも。


 私はまだ、決心がつかなかった。


 この街での暮らし。ティルと出会って、ヒノと家族になって、ネルさんやジオじいさんと笑い合って。……ようやく手に入れたあたたかい日々。それを手放すのは、あまりにつらかった。


「……まだ、大丈夫。まだ、ぎりぎりまではここにいられる」


 私は自分に言い聞かせるように呟いた。


 繭の中は安全地帯。でも、その繭は街のみんなまでは守れない。……その当たり前の事実が、じわじわと私の背中を“その日”へと押していく。


 寝床ですやすやと眠るティルとヒノ。その穏やかな寝顔を見ながら、私は思った。


 ……この子たちと、もう少しだけ、このあたたかい街で過ごしていたい。


 でも、その“もう少し”がそう長くは続かないことも、私は心のどこかでちゃんとわかっていた。


 別れの足音は、もうすぐそこまで、静かに近づいていた。

繭の中は、いつでも安全。

次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ