第59話 みんなの分の、大きなお鍋
帝国の影。監視の気配。……そんな不安の日々の中で。
私はあえて、とびきり賑やかなことをしようと決めた。
「よし。……みんなを呼んで、大きなお鍋を囲もう」
怯えて縮こまっていても仕方ない。こういうときこそ、あたたかい食卓を囲んで、心をあたためるのだ。それが私の、いちばんの“元気の出し方”だった。
箱庭に帰ってその話をすると、ティルもヒノも大はしゃぎだった。
「おなべ! みんなで! やった!」
ティルはしっぽをぶんぶん振って、ヒノは「火の番は任せろ」と言うように胸を張る。
私は腕まくりをして、とっておきの食材を【箱庭】から取り出した。深層で採れた極上のお肉。発酵蔵で寝かせたとっておきの調味料。街で買った新鮮な野菜。……冷害の冬を越えて、今、私の蔵は宝物でいっぱいだった。
「よし。……今夜はとびきり豪勢にいくよ」
監視の気配なんて。帝国の影なんて。今夜だけは忘れる。ただ大切な人たちと、あたたかいお鍋を囲む。それがいちばんの“お守り”なのだから。
◇
その夜、箱庭に、いつもの顔ぶれが集まった。
ジオじいさん。ネルさん。ガーゴさん。それに、ティルの街の友達や、パン屋の子。……気づけば、箱庭の大きな食卓は、ぎゅうぎゅうに賑わっていた。
真ん中には、どーんと大きなお鍋。
深層で採れた極上の食材をたっぷり。発酵蔵で寝かせたとっておきの調味料。ヒノの優しい炎で、ことこと、ことこと煮込む。
湯気がもうもうと立ちのぼる。あたたかくて、いい匂いが、箱庭いっぱいに満ちていく。
「うおお、なんだこのうまそうな匂いは!」
ガーゴさんが鼻をひくつかせる。
「見て、この具のたっぷり具合……! レンちゃん、張り切りすぎでしょ」
ネルさんも目を丸くした。
「ふぉっふぉ。……こんな豪勢な鍋、生まれて初めてじゃ」
ジオじいさんも嬉しそうだ。以前、幽霊みたいに青白かったこの人の顔に、今はちゃんと血の色が通っている。あたたかいものを毎日食べて、すっかり元気になった。……それを見るだけで、私は胸がいっぱいになる。
子どもたちもいた。ティルの街の友達。パン屋に引き取られたあの子も。みんな大鍋を囲んで、目を輝かせている。
「せいじょさま、これ、たべていいの!?」
「いいよ。いっぱい食べて。おかわりもあるからね」
子どもたちの無邪気なはしゃぎ声が、箱庭をあたたかく満たしていく。……ああ。いい光景だ。このあたたかさを守るためなら、私はなんだってできる。
◇
料理があらかた並んだところで、私はみんなを見回して、ちょっとした挨拶をした。柄にもないけれど、今日はそういう気分だった。
「えっと……みなさん。今日は来てくれてありがとうございます。……特に意味のある日でもないんですけど。ただ、なんとなく、みんなであたたかいものが食べたくなって」
「意味なんていらねえよ! うまい飯があって、仲間がいりゃ、それで宴の理由は十分だ!」
ガーゴさんが豪快に笑って言った。……確かに、その通りだ。
「……はい。じゃあ、難しいことは抜きで。たくさん食べて、笑っていってください。……それが私の、いちばんの願いなので」
みんながあたたかい拍手をくれた。ジオじいさんは、もう、うっすら涙ぐんでいる。……気が早い。まだ食べてもいないのに。
「じゃあ、みなさん。……いただきましょうか」
私が言うと、みんなが両手を合わせた。
「「「いただきます!」」」
あたたかい大合唱。……そのいくつもの声が重なった瞬間、私はふと、胸が熱くなった。
「いただきます」。命をいただくことへの感謝の言葉。そして――このあたたかい場所にいられることへの感謝の言葉。前世では一人でぼそりと呟くだけだった、その言葉が。今は、こんなにたくさんの声と重なる。
……それだけで、もう十分、幸せだった。
それから――怒涛のお鍋祭りが始まった。
ガーゴさんは豪快にかき込む。ネルさんは「はぁ……染みる……」と目を細める。ジオじいさんは一口ずつ大事そうに味わう。ティルと子どもたちははしゃぎながらおかわりを繰り返す。ヒノまで大きな器に顔を突っ込んで大満足だ。
賑やかで、あたたかくて。……しあわせな夜だった。
鍋の具材は、次から次へと姿を変えた。
まず、深層の極上のお肉と野菜でしっかり出汁をとった、あたたかい鍋。それをあらかた食べ終えたら、残った旨味たっぷりのスープに、今度は深層きのこと発酵調味料を足して二段目。さらにその締めには、街で買ったパンをちぎって入れて、とろとろのスープごと味わう。
一つの鍋で、三度、四度と味が変わっていく。みんな、「まだ食べられる」「これも美味い」と大喜びだ。
「聖女様の鍋は無限だな!」
ガーゴさんが笑う。
「うふふ。まだまだありますよ。……遠慮なくどうぞ」
私は次々と具材を足していった。ヒノが火加減を絶妙に保ってくれるから、鍋はいつまでもちょうどいい熱さで、ことこと煮え続ける。
あたたかい湯気の向こうで、その夜は、いつまでも笑い声が続いた。




