第60話 宴のあとに、残ったもの
ティルは街の子たちに、「これはね、りゅうりんぞくの、うろこで、むしたやさい」「これは、レンが、はっこうさせた、まほうの、ちょうみりょう」と、得意げに料理の説明をしていた。……立派な料理人見習いだ。
私はその真ん中で、みんなの器が空くたびに、おかわりをよそった。
ふと、気づく。
最初は、たった一人ぶんの椅子しかなかった。ギルドの隅っこで、一人スープを煮ていた、あの頃。
それが今は、こんなにたくさんの椅子が、あたたかい人たちで埋まっている。
……帝国の影が、なんだ。監視の気配が、なんだ。
私には、守るべきこんなにあたたかい食卓がある。それを脅かすものからは、ぜんぶ守り抜いてみせる。繭で。バフで。采配で。あたたかいごはんで。……私にできるぜんぶで。
……思えば、この一つひとつの椅子が埋まるまで、いろんなことがあった。
ティルを拾ったあの夜。ヒノと出会ったあの山。ネルさんが共犯者になってくれたあの日。ジオじいさんに初めてスープをあげたあの午後。……そのぜんぶが積み重なって、今、この賑やかな食卓がある。
一つとして、当たり前の椅子はない。ぜんぶ、私があたたかいものを配り続けた、その先で、少しずつ、少しずつ埋まっていった椅子だ。
だから私は、この食卓を守る。何が来ても。このあたたかい椅子たちを、空っぽにはさせない。
◇
宴の終わり際。
ネルさんがそっと、私に耳打ちした。
「……レンちゃん。あなた、帝国のことで落ち込んでるのかと思ってた。でも、こんな賑やかなことしちゃうんだから。……あなたは、強いわ」
「……強くはないですよ。ただ」
私は笑った。
「怖いときこそ、あたたかいものを食べて、みんなで笑う。……それが私の、いちばんのお守りなんです」
ネルさんは少し驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。
「……そうね。うん。……いいお守りだわ、それ」
それからネルさんは、少し真面目な顔になって続けた。
「……レンちゃん。もし、いつか本当に帝国があなたを狙って来ても。……あなたは一人じゃないからね。私も。ガーゴも。ジオじいさんも。街のみんなも。……あなたがこの街にくれたあたたかさを、ちゃんと覚えてる。だから、いざとなったら、今度は私たちがあなたを守る番よ」
その言葉が、じんと胸に染みた。
一人で抱え込まなくていい。守るのは私だけじゃない。……そのことが、どれだけ心強いか。
「……ありがとうございます、ネルさん」
私は涙をこらえて頷いた。あたたかい食卓は、ただお腹を満たすだけじゃない。こうして“いざというときに背中を預けられる仲間”を、少しずつ育ててくれる。それがいちばんの力だった。
◇
みんなを見送って、箱庭に私とティルとヒノだけが残った。
散らかった食器。空になった大鍋。でも部屋には、まだあたたかい空気と、みんなの笑い声の余韻が、たっぷりと残っていた。
「……たのしかったね、レン」
ティルが満腹のお腹をさすりながら言った。ヒノも子どもたちに遊んでもらって疲れたのか、あたたかく丸くなってうとうとしている。
「うん。楽しかったね。……こういう夜があるから、私、頑張れるんだ」
「がんばる? なにを?」
「んー。……このあたたかい暮らしを守ること。……ちょっと大変なこともあるかもしれないけど。でも大丈夫。今日みたいなあたたかい夜が、私に力をくれるから」
ティルはよくわからない、という顔をしながらも、こくり、と頷いた。
「ぼくも、てつだう。レンの、“がんばる”。……ぼく、もう、レンを、まもれるもん」
「うん。……頼りにしてるよ、ティル」
私はティルの頭を、そっと撫でた。
あたたかい食卓は、私の力の源だ。
これから、どんな影が迫ってきても。このあたたかさがあるかぎり、私は大丈夫。
散らかった食器を片付けながら、私は今夜のみんなの顔を思い返した。
ガーゴさんの豪快な笑顔。ネルさんのほっとした表情。ジオじいさんのしみじみとした声。子どもたちのはしゃぎ声。ティルの得意げな顔。ヒノの満足そうな寝顔。
……ぜんぶ、宝物だ。
前世の私は、こんな夜を一度も知らなかった。誰かとあたたかいものを囲んで笑い合う。そんな当たり前の幸せを。……知らないまま、死んだ。
でも今は、このあたたかい夜がある。それを知ってしまった。もう手放せない。手放したくない。
だから――守る。このあたたかい食卓を。何が来ても。
帝国だろうが、国だろうが。……このあたたかさを奪おうとするものは、ぜんぶ私が、あたたかいごはんと伝説の繭で跳ね返してみせる。
私はそう、あらためて心に誓って、あたたかい箱庭で、ゆっくりと夜の余韻を味わった。
――でも。そのあたたかい日々を脅かす影は、もうすぐそこまで、静かに、静かに近づいていたのだった。
大きなお鍋を、みんなで。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




