第58話 それでも、この力は悪くない
……この子は、私が教えたことを、ちゃんと自分のものにしていた。「一人じゃないから、大丈夫」。それは、私がこの子にあげたかった言葉。そして今、この子が、それを私に返してくれている。
ティルはしばらく考えて、それからまっすぐ私を見て言った。
「でも、レン。……レンのごはんで、たくさんの人が、たすかった。ぼくも。ヒノも。ジオじいちゃんも。ネルねえちゃんも。……レンが、めだたなかったら。ぼくたち、みんな、いま、ここに、いないよ」
その言葉に、私は、はっとした。
「レンの、りょうりの、ちからは、わるいものじゃ、ない。……たくさんの人を、しあわせにした、いいものだよ。それを、“めだつから、やめよう”なんて。……ぼくは、いやだ」
まっすぐな、その言葉が、冷えかけていた私の心を、じんわりとあたためた。
……そうだ。この子は、私の料理で救われた一人だ。
もし私が「目立ちたくない」からと、あの夜、ティルに二杯目をあげなかったら。この子はあの寒空の下で、飢えて死んでいたかもしれない。
私の料理の力は、目立つ。狙われる。……でも、その力が、このあたたかい子を救った。
だったら。……この力を恥じる必要はない。隠す必要もない。
「レン。……ぼくは、レンの、ごはんが、だいすき。レンが、めだっても、めだたなくても。ぼくは、レンの、みかた、だよ」
ティルの金色の目が、まっすぐに私を見つめる。ヒノも、こくり、と頷いて、私の手にあたたかい鼻先を押しつけた。
……この子たちがいる。
それだけで、私の心の冷たい影は、もうずいぶん薄れていた。
◇
そうだ。私の料理の力は、悪いものじゃない。
確かに、それは私を危険にさらす。目立たせる。狙われる。……“お値段”は高い。
でも、その力で、私はティルを拾えた。ヒノを家族にできた。ジオじいさんを元気にして、ネルさんを救って、街の冬を越させた。
もし目立たないために、この力を封印していたら。……このあたたかい繋がりは、ぜんぶ手に入らなかった。
前世の私は「目立たないこと」を選んで、息を潜めて生きて、そして一人ぼっちで死んだ。冷たい静けさの中で、誰にも看取られずに。
あれは“安全”だったのかもしれない。誰にも狙われず、誰にも傷つけられず。……でも同時に、誰にもあたためられもしなかった。
私はもう、あんな暮らしには戻りたくない。狙われる危険を抱えてでも、あたたかい繋がりのある暮らしを選びたい。
……そう。私はもう選んでいるのだ。冷たい安全より、あたたかい危うさを。
私はティルの頭を、そっと撫でた。
「……ありがとう、ティル。……そうだね。私の料理は、いいものだ。目立つのは怖いけど。……それでも私は、これからもあたたかいものを作る。誰かをあたためるために」
「うん!」
ヒノも、そうだそうだ、と言うように、ぐるる、と鳴いた。
◇
静かな暮らしには、“お値段”がある。目立てば、狙われる。あたためれば、羨まれる。……それはたぶん、変えられない。
でも、その“お値段”を払ってでも、私はこのあたたかい暮らしを選ぶ。
備えはする。用心もする。いざとなれば、あの地の底の隠れ家に逃げる。……でも、怯えて縮こまって、あたたかいものを作るのをやめたりはしない。
それでは、前世と同じだ。誰にも関わらず、息を潜めて、冷たい静けさの中で擦り切れていく。……あんな暮らしには、二度と戻らない。
私はあたたかい湯気の向こうの、ティルとヒノを見た。
守るものがあるから、人は強くなれる。怖くても、前を向ける。
一人ぼっちだった前世の私には、この強さはなかった。守るものがなかったから、だから簡単に折れた。……でも今は違う。守りたいものが、こんなにたくさんある。
その夜、私は久しぶりに、ぐっすりと眠れた。
監視の気配は、まだ消えていない。帝国の影も迫っている。何も解決していない。
でも――心の持ちようが、変わっていた。
怯えて縮こまるのをやめた。「目立ってしまった」と悔やむのをやめた。
私はあたたかいものを作る。それはいいことだ。誰かを救うことだ。だから堂々と作る。……そして、もしその“いいこと”を奪いに来る者がいるのなら、ぜんぶ守り抜く。繭で。バフで。采配で。あたたかいごはんで。私にできるぜんぶで。
静かな暮らしのお値段は高い。でも、それを守り抜くだけの理由が、今の私にはちゃんとあった。
……ティルと。ヒノと。ネルさんと。街のみんなと。このあたたかい食卓。
それを守るためなら、私はいくらでも強くなれる。たとえ相手が国そのものだって。……怖くない。
私はそう静かに心に誓って、あたたかい箱庭で目を閉じた。
目立つことには、お値段がある。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




