第55話 「お前の本当のスキルは何だ」
その男が露店の前に立ったのは、よく晴れた昼下がりのことだった。
冒険者ではない。街の住人でもない。仕立てのいい旅装。腰には上等な剣。そして、感情の読めない冷たい目。
……ああ。この感じ、知っている。
いつだったか、行列の後ろで私を観察していた男。あのときの嫌な予感が、そのまま形になって戻ってきた。
「お前が、噂の聖女か」
男は値踏みするように、私を見下ろした。
「スープ、ひとついただこう。……お前の“力”とやらを、この目で確かめさせてもらう」
私はいつもの無害な笑顔を作った。心臓は少し嫌な音を立てていたけれど。
「はい、スープです。銅貨一枚。……ただの料理ですけど」
私は内心で、ひやりとした。
この男は明らかに“探り”に来ている。ここで動揺すれば、「やましいことがある」と教えるようなものだ。……落ち着け、私。いつも通り。ただの料理好きの女の子。それを崩してはいけない。
男は器を受け取り、ひと口すすった。
その瞬間、彼の体を【秘密の隠し味】の光がうっすらと包む。……しまった。この男相手に、うっかりいつもの味付けで出してしまった。
でも――考えてみれば、バフが乗ろうが乗るまいが、この男はどうせ疑っている。ならば、いつも通りの味を出したほうがむしろ自然だ。急に味を変えるほうが怪しい。私はそう開き直った。
男の目が、すっと細くなった。
「……なるほど。噂は本当だったか。この、みなぎる力。ただの料理ではあり得ん」
◇
「言え。お前の本当のスキルは、何だ」
男の声が、低く鋭くなった。
周囲の常連たちがざわつく。ガーゴさんが「おい、聖女様になんて口を……!」と気色ばむ。
でも、私は慌てなかった。
だって、私は嘘をついていないのだ。
「私のスキルは、ランク1の調理です。ギルドにそう登録されています。……疑うなら、受付で記録をご覧になってください」
「ふん。鑑定の記録がどうであれ、この力は説明がつかん」
「さあ。みなさん、私の料理を食べると元気が出る、と言ってくださいます。それはたぶん、“美味しいものを食べると頑張れる”という当たり前の話だと思いますよ」
私はあくまでのんびりと答えた。
嘘はつかない。ただ、本当のことの外側だけを見せる。鑑定は「ランク1・調理」。それは揺るがない事実。この事実がある限り、私はどんなに疑われても崩れない。
男はしばらく私を睨んでいた。私が少しも動じないのを見て、探るように。
やがて彼は、ふ、と笑った。
「……面白い。ただの子どもではなさそうだ」
そのとき、ティルが私を庇おうと、男と私の間に割り込もうとした。男の視線が、ちらりとティルの鱗に向く。
「ほう。竜鱗族の子どもか。……それも珍しい。二つまとめて献上すれば、さぞお喜びになるだろうな」
献上。二つ。まるで私たちを、品物みたいに言う。
……ぴきり、と。私の中で、何かが冷たく鋭くなった。
私のことはいい。疑われようが、狙われようが。……でも、ティルを。このあたたかい子を。“品物”扱いすることだけは、許せなかった。
私はいつものんびりした笑顔を、ほんの少しだけ崩して、男をまっすぐ見た。
「……その子に手を出すのだけは、やめておいたほうがいいですよ」
「ほう? なぜだ」
「さあ。……なんとなく、そんな気がするだけです」
声は穏やかなまま。でも、その奥に込めた静かな圧を、男は確かに感じ取ったようだった。目の前の“ただの子ども”が、何か得体の知れないものを秘めているかもしれない、と。
……ティルは、私の逆鱗だ。この子を傷つけようとする者には、私はめんどくさがりでも平和主義でもなくなる。
男はしばらく私をじっと見つめて、それから、ふ、と笑った。何かを値踏みするような笑みだった。
彼は銅貨を一枚置いて、背を向けた。
「覚えておけ。この街の“聖女”のことは、しかるべき方の耳に入れておく。……近いうちに、また会うことになる」
その“しかるべき方”という言葉に、背筋がぞっと冷えた。




