第49話 深層の食材は、発酵と相性抜群
深層でたくさんの珍しい食材が手に入るようになって、私の料理の“探求”は、ますます深まっていった。
中でも私が夢中になったのが、“発酵”だった。
思えば、私とこの世界の始まりも、発酵だった。
毒霧スライムの毒を、ちょうどいい温度でじっくり寝かせて、世界一の発酵調味料に化かした。あれが、私のこの世界での最初の一歩。
あの日から、ずいぶん遠くまで来たものだ。
最初は一人だった。ギルドの隅っこで、誰にも期待されず、ただ静かにスープを煮ていた。
それが今は、ティルがいて、ヒノがいて、ネルさんやジオじいさんたちがいて。深層で珍しい食材を集めて、発酵蔵まで構えている。
……人生も、発酵みたいだ。じっくり時間をかけて、少しずつ、少しずつ豊かになっていく。
そのことをいちばん教えてくれたのが、この発酵という料理法だった。
発酵は――時間がかかる。すぐにはできない。三日寝かせる。一ヶ月寝かせる。時には一年。じっと待つ。
でも、その待った時間の分だけ、とんでもない深い味に化ける。
「すぐに手に入るものは、それなりの味。じっくり待ったものは、とんでもない味になる」。……以前、ティルに教えた言葉だ。発酵は、まさにその極みだった。
◇
深層の珍しい食材は、発酵と驚くほど相性がよかった。
光る苔を塩と一緒に寝かせると、ほんのり光る不思議な発酵調味料ができた。地底きのこを発酵させると、旨味が爆発的に増した。深層の木の実を漬け込むと、芳醇な香りのお酒みたいなものまでできそうだった。(お酒はまだ飲めないので、おあずけだけど。)
箱庭のいちばん奥に、私は“発酵蔵”を作った。ヒノの炎で温度を一定に保って、ティルの鱗で湿度を整えて。ずらりと並んだ壺の中で、いろんな食材が静かに、時をかけて深い味になっていく。
この“発酵蔵づくり”も、ヒノとティルの協力の賜物だった。
温度管理は、火竜のヒノにしかできない繊細な仕事だ。強すぎず、弱すぎず、一定のあたたかさを保ち続ける。ヒノはその微妙な火加減を、すっかり覚えてくれた。
湿度の管理は、ティルの鱗が活躍した。薄くて、熱を優しく通すあの鱗を壁に埋め込むと、蔵の中がいつも、ちょうどいい湿り気に保たれる。
……あらためて思う。ヒノの炎も、ティルの鱗も、里や人々に「役に立たない」「危ない」と言われてきたものだ。でも、こうしてちゃんと居場所を与えれば、とびきりの仕事をしてくれる。
役に立たないものなんて、ない。役に立つ使い方が、まだ見つかっていないだけ。……私の口癖は、このあたたかい家の隅々にまで染み込んでいた。
「レン、これ、なあに?」
ティルが壺を覗き込んで聞く。
「発酵蔵だよ。……ここで食材を寝かせて、時間をかけて美味しくするの。今は地味だけど、半年後、一年後には、ここが宝の山になる」
「はんとし……いちねん……」
ティルは、気の遠くなる時間に目を丸くした。
「すぐには食べられないの?」
「うん。でも、それがいいの。……待つっていいものだよ。楽しみがずっと続くから。『あの壺、そろそろかな』『まだかな』って、毎日わくわくできる」
ティルは、うーん、と首をかしげた。まだ、“待つ楽しみ”というのがぴんとこないらしい。
無理もない。飢えていた子は、目の前の食べ物を今すぐ食べないとなくなってしまう世界に生きてきた。「あとで」なんて贅沢は、許されなかった。
でも今は違う。
「ティル。あなたもひとつ、壺を仕込んでみる? あなただけの発酵食。半年後、一年後のあなたに宛てた、贈り物みたいに」
「ぼくの、つぼ……!」
ティルの目が輝いた。私はティルに好きな食材を選ばせて、一緒に小さな壺を仕込んだ。ティルはその壺に宝物みたいに印をつけて、「はやく、たべたいなあ」と嬉しそうに眺めていた。
「半年後が楽しみだね」
「うん!」
“あとで”を楽しみにできる。それは、この子の心がちゃんと“満たされている”証拠だ。今日食べられなくても、明日もあさっても、あたたかいごはんがあると信じられている証拠。……その成長が、私は何より嬉しかった。
“待つ”のが楽しみなもの。……私には、もうひとつ、あった。




