第44話 中層で、ひと休み
中層まで下りたところで、私たちは一度、休憩をとった。
【箱庭】から簡単なかまどを出して、さっき採った地底きのこでスープを作る。深いダンジョンの暗闇の中に、あたたかい湯気といい匂いが、ふわりと広がった。
初めて料理する深層の食材は、想像以上の味だった。
地底きのこの出汁は、驚くほど深くて濃厚で。あの白いきのこを少し散らすと、香りがぐっと華やぐ。光る苔を砕いて散らせば、彩りも綺麗だ。街のどんな高級食材にも負けない――いや、それ以上の味。
「……ん! おいしい!」
ひと口すすったティルが、目をまんまるにした。
「でしょ。深層の食材、すごいんだよ。……こんな美味しいもの、誰も食べようとしなかったなんて。もったいない話だよね」
私は探索の合間に、次々と深層の食材を料理して試した。
地底きのこは、炙ると香ばしさが増した。光る果実は少し酸っぱくて、デザートに良さそうだ。水晶みたいな塩の結晶は、舐めるとまろやかで、複雑な旨味があった。……料理人としてはたまらない。まるで宝箱をひとつずつ開けているみたいだった。
帳面に、私は次々とメモを書きつけた。「この食材は、こう使えそう」「これは発酵に向きそう」と。危険なダンジョンの探索なのに、まるで市場で珍しい食材を物色しているときのような、わくわくが止まらなかった。
「レン、ほんとに、たのしそう」
ティルが、あきれたように笑う。
「うん。楽しい。……危険なはずの場所で、こんなにはしゃいでる人、私くらいかもね」
でも、それでいい、と思う。怖い場所を“楽しい場所”に変えてしまう。それが私の生き方だ。どんな場所でも、あたたかいごはんさえあれば、そこは“帰れる場所”になる。
あたたかいスープが、冷えた体に染みわたる。危険な、暗いダンジョンの中。でも、この一杯を飲んでいる間だけは、まるであたたかい我が家にいるみたいだった。
「……ふしぎ。こんな、こわいところなのに。レンのスープ、飲むと、あんしんする」
ティルが、湯気の立つ器を両手で包みながら言った。
「どこにいても、あったかいごはんさえあれば、そこはもう、こわい場所じゃないんだよ」
私はそう言って笑った。
これが【箱庭のおままごと】の本当の力だと思う。どんな場所でも――世界でいちばん危険なダンジョンの奥でさえ、あたたかい食卓を作れる。そこを「帰れる場所」に変えられる。
危険な場所を、安全な我が家に。
それはたぶん、私にしかできない暮らし方だった。
「ねえ、ティル」
スープを飲みながら、私はなんとなく話した。
「私、この場所、けっこう気に入っちゃった。暗くて、静かで、誰も来なくて。……最高でしょ」
「ふつう、こわいところ、なのにね」
ティルが、くすっと笑った。
「うん。でも、私たちにはぴったり。痛いのも面倒なのも嫌いで、ただ静かに美味しいごはんを作って暮らしたい。……そういう二人には、世界一危険で、世界一静かなこの場所が、いちばんのお家かもね」
言いながら、私は想像した。この深いダンジョンの奥に、【箱庭】であたたかい家を建てて、かまどから湯気を立てて、ティルとヒノと「いただきます」を言う。周りは危険な魔物だらけ。でも、家の中は世界でいちばんあたたかくて、安全。
……うん。悪くない。むしろ最高だ。
しかも、ここには“あの羊”もいるかもしれない。時渡り羊。私の空っぽの記憶の答えを知っている、まぼろしの羊。ここに住めば、毎日探しにいける。
「ねえ、ティル。……もし、ここにお家を建てたら、街に帰れなくなるわけじゃないんだよ。【箱庭】で扉を繋げば、街と地の底を行き来できる。……街のみんなにも、いつでも会える」
「ほんと? じゃあ、さみしくない!」
「うん。……ここは“逃げ場所”でも“隠れ家”でもあるけど。いちばんは、私たちの“あたらしい、あたたかいお家”になる場所。……そう思うと、わくわくするね」
ティルは、こくこく、と頷いて、目を輝かせた。危険な地の底が、もう二人には、怖い場所じゃなくて、これから始まるあたたかい暮らしの舞台に、見え始めていた。
そう思うと、このじめじめした暗いダンジョンが、もう怖い場所じゃなくて、これから私たちのあたたかい暮らしが始まる“新しい我が家の下見”に見えてきた。
スープを飲んで、少し休んで、私たちはまた下へと歩き出した。深層は、まだずっと先。今日は、行けるところまで。
でも、その途中で。
私はふと、奇妙なものに気づいて、足を止めた。
ダンジョンの奥へ、一歩ずつ。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




