第43話 ダンジョンの入り口に、立ちました
ダンジョンの入り口に立った。
街の外れにある、古い、大きな縦穴。ここが、この地方でいちばん深いと言われるダンジョンの入り口だ。冒険者たちが浅い階層で素材を採ったり、魔物を狩ったりする、日常の狩り場。でも、そのずっと、ずっと奥。誰もたどり着けない深層には――未知の生態系が広がっている。
「ほんとに、いくの?」
隣で、ティルが少し緊張した顔で私を見上げた。
「うん。でも、無理はしない。今日は下見。危ないと思ったら、すぐ引き返す。……それに」
私はティルの手を握った。
「何があっても、私が繭で守るから。あなたには絶対、傷ひとつつけさせない。約束」
ティルは私の手を握り返して、こくり、と頷いた。その目に、もうさっきの緊張はなかった。私を信じてくれている。それがなんだかくすぐったくて、そして少し誇らしかった。
「じゃあ、行こうか。……私たちの“いつかの隠れ家”、さがしに」
ヒノはお留守番だ。「大きくて、狭い通路は苦手だから」と、箱庭の留守番を任せてある。別れ際、心配そうに鳴いていたけれど、「お土産に深層の珍しいお肉、持って帰るから」と言うと、機嫌を直してくれた。……本当に食いしん坊だ。誰かさんに似て。
私たちはゆっくりと、暗い縦穴の中へ下りていった。
◇
入り口のすぐ近くでは、顔見知りの冒険者たちが素材採取をしていた。
「聖女様!? こんなところに、なんで!」
「ちょっと下見に。奥のほうまで行ってみようかと」
「奥って……やめといたほうがいいですよ! 深いとこは、ほんと洒落になりませんから!」
みんな、本気で心配してくれた。いい人たちだ。私は「気をつけます」と笑って手を振って、先へ進んだ。──彼らには悪いけれど、私にとっての「危ない」と、みんなにとっての「危ない」は、少し意味が違う。
浅い階層は、拍子抜けするほど簡単だった。
現れる魔物は、私が繭を張って進路に立ちはだかれば、それだけで右往左往する。攻撃はまったく効かない。その隙に、ティルが狙いすまして一撃を加える。私たちのいつもの戦い方。私は盾。ティルは剣。
道中、下山……いや、この場合は上ってくる冒険者と、何度かすれ違った。彼らは私たちを見て、ぎょっとした。
「おい、嬢ちゃん! こんな奥まで! 危ないぞ、引き返せ!」
「ご忠告、ありがとうございます。……でも、大丈夫です。ちょっと下見に」
「下見って……お前、正気か!?」
冒険者たちは、信じられない、という顔で私たちを見送った。まあ、そうだろう。子ども二人で、危険なダンジョンの奥へ。普通なら正気の沙汰じゃない。
でも、私の“危ない”の基準は、みんなと少しずれている。だって、私にはどんな攻撃も効かないのだから。世界でいちばん危険な相手だって、私にとっては“ちょっと気難しいご近所さん”くらいのものだった。
「レン、いてくれると、ぼく、こわくない」
ティルが、魔物を一匹退けて笑った。
「うん。あなたがいてくれるから、私も心強いよ」
守られる子だったティルは、いつのまにか、私の頼れる相棒になっていた。ダンジョンの暗闇の中でも、二人なら少しも怖くない。むしろ遠足みたいで、楽しいくらいだ。
でも、それだけじゃなかった。
私は道中、目についた珍しい素材を、片っ端から【箱庭】に仕舞い込んでいった。
浅い階層でも、街ではお目にかかれない、食材の宝庫だった。淡く光る、食用の苔。ぷりぷりした大きな地底きのこ。冷たい地下水で育った、透明な魚。
「ティル、見て。このきのこ。すごくいい出汁が取れそう」
「レン、たのしそう」
「うん。楽しい。……ダンジョンって、危ない場所だと思ってたけど。料理人の目で見ると、宝の山だね」
冒険者たちは、この階層を「素材を採る」か「魔物を狩る」場所としてしか見ていない。でも、私の目には違って見えた。
あの淡く光る苔は、乾かせばいい香りの薬味になる。この地底きのこは、干せば旨味が何倍にも濃くなる。冷たい地下水の魚は、臭みがなくて上品な出汁が取れる。どれも、街では絶対に手に入らない珍しい食材だ。
中でも私が目を輝かせたのは、岩の割れ目に生えていた、真っ白なきのこだった。
「ティル、これ、嗅いでみて」
ティルが鼻を近づけて――ぱっと目を輝かせた。
「……いいにおい! すっごく、いいにおい、する!」
「でしょ。これ、たぶん、すごい高級食材だよ。……街で売ったら、金貨が何枚もつくかも。まあ、売らないけど。私たちで美味しく食べる」
ほかにも。光る果実。透きとおった、水晶みたいな塩の結晶。ほんのり甘い樹液。……深層は、まさに宝の山だった。誰も“食材”として見なかっただけ。誰も“料理”しようとしなかっただけ。
私は夢中で採取して回った。ティルも私に負けじと鼻を利かせて、美味しそうなものを探してくれる。二人で宝探しみたいにはしゃぎながら、危険なダンジョンの中を進んでいった。
「役に立たない場所なんて、ない、か」
私は思わず呟いた。ティルの鱗と同じだ。危ない、怖い、近寄るな――そう言われている場所ほど、じつは誰も気づいていない宝物が眠っている。使い道が見つかっていないだけ。
誰も食べようとしなかっただけ。誰も料理しようとしなかっただけ。ここには、まだ誰も知らない美味しいものが眠っている。
その事実に、私はわくわくが止まらなかった。
……そうだ。ここを我が家にすれば、私は毎日、この宝の山で料理ができるんだ。
なんて素敵な暮らしだろう。
けれど、この探索が、私にひとつの“出会い”を用意していた。




