第42話 ダンジョンの、下見に行きましょう
翌朝、私はティルとヒノにその話をした。
「ダンジョンの奥に? いくの?」
ティルが目を丸くする。
「うん。下見だけね。……危険な場所だけど、私には繭があるから大丈夫。それに、時渡り羊も探せるかもしれない。……あなたは無理しなくていいよ。危ないと思ったら、すぐ引き返すから」
「ぼくも、いく」
ティルは即答した。……あんまり迷いのない返事だったので、私のほうが少し驚いた。
「え。いいの? ……あなた、里が深いダンジョンにあるかもしれないんだよ。怖い思い出もあるでしょ」
ティルは少し考えて、それからまっすぐ私を見た。
「こわいけど。……でも、レンといっしょなら、だいじょうぶ。それに、ぼく、レンの、やくに、たちたい。ぼくの、はな。ダンジョンで、きっと、やくに、たつ」
確かに、ティルの鋭い鼻は、深層の危険や食材を嗅ぎ分けるのに、この上なく役に立つ。……でも、それ以上に、この子の「レンの役に立ちたい」という、その気持ちが、何より嬉しかった。
「レンが、いくなら、ぼくも、いく。……ぼく、もう、レンを、まもれるもん。りゅうりんぞくの、せんしだから」
その頼もしい返事に、私は微笑んだ。守られるだけだった子が、「守る」と言う。本当に逞しくなった。
ヒノは――少し考えて、ぐるる、と鳴いて、首を横に振った。
「あ、ヒノはお留守番? ……そっか。あなた、大きいもんね。狭い通路は苦手か」
ヒノは、こくり、と頷いた。その代わり、と言うように、箱庭のほうを鼻先で指す。
「わかった。じゃあ、ヒノはお家の留守番をお願いね。……街と繋がる大事なお家だから。あなたが守ってくれると心強い」
ヒノは、任せろ、と言うように胸を張った。頼もしい留守番役だ。
……こうやって、誰かに留守番を頼めること。「いってきます」と「ただいま」を言い合える相手がいること。それ自体が、前世の私にはなかった宝物だった。
前世の私の部屋には、誰もいなかった。「いってきます」を言う相手も、「おかえり」と迎えてくれる人も。……ただ暗い部屋に帰って、冷えた弁当を食べて、また眠って、仕事に行く。その繰り返し。
でも今は、ティルがいて、ヒノがいる。私が出かければ心配してくれて、帰れば喜んでくれる。……それだけのことが、どれだけあたたかいか。
だから私は、このあたたかい暮らしを守るために、危険な地の底へだって行く。矛盾しているようだけど、あたたかい場所を守るために、いちばん危険な場所を選ぶ。……それが、私の選んだ生き方だった。
◇
その夜、私は下見の準備をした。
食料と、水。(まあ、箱庭があるから、いくらでもあるけど。)明かり。ティルの狩り着。念のための鎮痛ゼリー。
準備をしながら、私はなんだか少し、わくわくしている自分に気づいた。
……危険なダンジョンの下見。普通なら怖くて震える場面のはずだ。前世の私なら、絶対に近寄らなかった。
でも今は、「どんな珍しい食材があるんだろう」「時渡り羊に会えるかな」「静かな隠れ家にできるかな」と、楽しみで仕方がない。
いつのまにか私は、ピンチや危険を“面白い暮らしのきっかけ”に変えてしまう性分になっていた。
たぶんそれは、この世界に来て、ティルやヒノや街のみんなと出会って、「大丈夫、なんとかなる」と思えるようになったからだ。
一人ぼっちだった頃には、なかった強さだった。
準備を終えて、私はティルの寝顔を見た。明日の探検が楽しみで仕方ないのか、少し興奮した顔で眠っている。ヒノもその隣で、あたたかく丸くなっている。
……この子たちを、危ない目に遭わせるわけにはいかない。
繭で、私は守れる。でも、油断はしない。無理はしない。ネルさんとの約束だ。危ないと思ったら、すぐ引き返す。命より大事な探検なんてない。あたたかい暮らしを守るための探検なのだから、本末転倒にはしない。
私はそっと、ふたり(一人と一匹)に毛布をかけ直した。
いつか、ここよりもっと静かで、もっと安全で、誰にも邪魔されない“秘密のお家”を、この子たちにあげられたら。
……そのための、第一歩。
明日が楽しみで、私もなかなか寝つけなかった。まるで遠足の前の日の子どもみたいに。中身はいい大人なのに。……まあ、たまにはいいだろう。
「よし。……じゃあ、ティル。明日、行ってみようか。私たちの“いつかの隠れ家”、さがしに」
「うん!」
あたたかい箱庭で、二人の声が弾む。
こうして、私たちの深層への第一歩は、すぐそこまで来ていた。
――それが思いのほか、大きな出会いに繋がることを、このときはまだ知らずに。
静かな場所を、さがして。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




