第41話 静かに暮らせる場所を、さがして
豊穣祭の賑わいが落ち着いた、ある夜。
私は箱庭で一人、お茶を飲みながら考え事をしていた。
祭りは楽しかった。みんなが“素の私”を受け入れてくれた。それは本当に嬉しかった。
でも――正直に言えば、ちょっと疲れもした。
大勢に囲まれて、ずっと注目されて、「聖女様、聖女様」と呼ばれ続けて。……私は根がめんどくさがりで、人見知りだ。賑やかさは好きだけど、ときどき無性に、誰にも邪魔されない静かな場所で、のんびりしたくなる。
あたたかい賑やかさと、ほっとできる静けさ。その両方が欲しい。……我ながらわがままだな、と思う。
「……いつか。ほんとうに静かな隠れ家が、あったらいいなあ」
ぽつり、と呟いた。
誰にも見つからない。誰にも拝まれない。ティルとヒノと、時々遊びに来るネルさんたちと、ゆっくりあたたかいごはんを食べられる。そんな秘密のお家が。
……でも、そんな都合のいい場所、あるだろうか。人の多い街はうるさいし、人里離れた場所は暮らしにくい。
思えば、前世の私は“静けさ”を履き違えていた。
誰とも関わらない。誰も私を必要としない。そういう“冷たい静けさ”の中で、私は一人、擦り切れて死んだ。あれは静けさじゃなかった。ただの孤独だった。
今、私が欲しいのは、それとは違う。
あたたかい繋がりがちゃんとあって、いつでも会える人がいて、その上で時々ほっと息を抜ける。そういう“あたたかい静けさ”だ。
賑やかさと静けさは、反対のものじゃない。両方あっていい。むしろ両方あってこそ、心はちゃんと休まる。
……そのための“秘密の場所”が、あったら。
考えていて、ふと、あの行商人の話を思い出した。
時渡り羊。深い、深いダンジョンの奥にだけ現れる、まぼろしの羊。
……ダンジョンの奥。
◇
その思いつきは、だんだん形になっていった。
ダンジョンの深い場所。そこは危険すぎて、誰も近づかない。冒険者だって浅い階層で引き返す。深層まで行ける者は、ほとんどいない。
つまり――そこは、世界でいちばん“人が来ない”場所だ。
そして私には、【硝子の繭】がある。どんな魔物の攻撃も効かない。危険な場所も、私にとっては危険じゃない。【箱庭】があれば、どんな場所でもあたたかい家を建てられる。
……ということは。
「ダンジョンの奥って。……私にとっては、世界でいちばん静かで安全な場所なんじゃない?」
思わず声に出してしまった。
考えてみれば、私の四つのスキルは、まるで“地の底で暮らすため”にあるみたいだった。
【硝子の繭】は、どんな魔物の攻撃も防ぐ。深層の恐ろしい魔物だって、私には指一本触れられない。
【箱庭のおままごと】は、どこにでも快適な家を作れる。危険な地の底でも、扉の中はあたたかい我が家。
【秘密の隠し味】と【特等席のお嬢様】があれば、ティルやヒノをしっかり守れる。
……なんてことだ。私は“最弱”を装ってきたけれど、この四つの力は、まるで「危険な地の底で静かに暮らしなさい」と言われているみたいに、ぴったりだった。
神様が私にこの力をくれたのだとしたら、もしかして「あなたは地の底でのんびり暮らしなさい」って意味だったのかもしれない。……なんて。さすがに考えすぎか。
世界でいちばん危険な場所が、私にとっては、世界でいちばん静かで安全な隠れ家になる。
しかも、その奥には時渡り羊もいるかもしれない。私の“空っぽの記憶”の答えも。
考えれば考えるほど、それはとんでもなく魅力的なアイデアに思えてきた。
もちろん、今すぐ引っ越すわけじゃない。この街も、みんなも大好きだ。離れる気はない。
でも――“いつか”のための“秘密の隠れ家”の候補として、一度下見に行ってみるのは、悪くない気がした。
◇
翌日、ギルドに顔を出したついでに、私はネルさんにその話をしてみた。
……したのは、失敗だったかもしれない。
「ダンジョンの深層に下見!? あなた、正気!?」
ネルさんは受付の書類を取り落として叫んだ。
「あそこは、ベテランの冒険者でも生きて帰れない死地よ!? 深層なんて、国家最高戦力クラスじゃないと――」
「大丈夫ですよ。私、傷つかないので」
「そう! そうなのよね! あなたは傷つかない! ……はぁ。もう、その一言でなんでも済ませるんだから」
ネルさんは、がっくりと肩を落とした。それから、じとっと私を見た。
「……で。なんでまた、そんな物騒なところに行きたがるの」
「んー。……静かな隠れ家が欲しくて。あと、美味しい食材と、会いたい羊がいて」
「羊!? ……もう、何を言ってるかわからないわ」
ネルさんは頭を抱えた。それからため息をついて。
「……わかった。止めても行くんでしょ。あなたはそういう子だもの。……でも、約束して。ティルちゃんを危ない目に遭わせないこと。それと、無茶をしないこと。……何かあったら、ちゃんと帰ってくること。ここに、あなたの帰る場所があるんだから」
その言葉に、私は胸があたたかくなった。
「……はい。約束します。ちゃんと帰ってきます。まかない作りに」
「ん。……絶対よ」
ネルさんはそっぽを向いて、それからこっそり、鎮痛ゼリーの追加分と、あたたかい携行食を、私の荷物にそっと押し込んでくれた。
……ほんと、優しい人だ。口ではあんなに心配しながら、ちゃんと送り出してくれる。
「あ、そうだ。ネルさん。もし私たちがしばらく街に戻らなくても、心配しないでくださいね。下見に夢中になってるだけなので」
「……それが、いちばん心配なのよ。あなた、料理と探検に夢中になると、時間、忘れるでしょ。……はい、これ。三日経っても戻らなかったら鳴らして。……居場所がわかる魔道具よ。ギルドの備品を、こっそり持ってきたわ」
「……いいんですか、そんな大事なもの」
「あなたのため、じゃないからね。私が心配で眠れなくなるのが嫌なだけ。……ほら、早くしまいなさい」
照れ隠しのその口調が、なんだか可笑しくて、そしてあたたかくて。私はその魔道具を、大事に受け取った。
その“思いつき”を、私は、家族にも打ち明けることにした。




