第40話 祭りのあとで、気づいたこと
祭りも、たけなわになった頃。
ジオじいさんが、よろよろと立ち上がって、震える声で、みんなに呼びかけた。
「みなの衆。……この冬を越せたのは、聖女様の蓄えと、そして、みんなで分け合った“あたたかい心”のおかげだ」
じいさんの言葉に、広場が静まり返る。
「だからな。……感謝を込めて、みんなでいただこうじゃないか。聖女様の心のこもった、このごちそうを」
みんなが頷いた。そして、めいめい、料理の器を手に取って、両手を合わせた。
広場中の人たちが、声をそろえて――言った。
「「「聖女様、ありがとう。……いただきます!」」」
その、あたたかい大合唱に。
私は、とうとうこらえきれなくなった。
ぽろぽろと、涙があふれた。
「いただきます」。私が、この街に広めた言葉。誰かが作ってくれたものへの、感謝の言葉。命をいただくことへの、祈りの言葉。
その言葉を今、街中のみんなが、私への感謝を込めて返してくれている。
ネルさんが、そっと隣に来て、私の肩を、ぽんと叩いた。
「よかったわね、レンちゃん。……これ、ぜんぶ、あなたが蒔いた種よ。あなたが一杯ずつ配ってきたあたたかさが、こうして、街いっぱいの花になったの」
「……ネルさん」
「泣きなさい、泣きなさい。今日くらいは、いいのよ」
ネルさんも、目元を赤くして笑っていた。いつものしっかり者の受付嬢の顔じゃなくて、心から嬉しそうな顔で。
ガーゴさんが、大声で「聖女様に、乾杯!」と叫んで、広場中が、それに続く。
わあっ、という歓声と拍手が、あたたかい波みたいに、私を包んだ。
◇
……ふと、私は、あることに気づいた。
みんなが、私を呼ぶ、その言葉。「聖女様」。
最初は、あんなに鬱陶しかった。何度否定しても通じなくて、うんざりしていた。
でも――今日の、この「ありがとう」は、「聖女様」という役に対するものじゃなかった。
私が、こっそりジオじいさんにスープをあげたこと。痩せた子に、そっと器を差し出したこと。冬に、蓄えをみんなに分けたこと。ティルやヒノと笑っていること。
……そういう“素の私”のぜんぶを見て、それでも、「ありがとう」と言ってくれている。
「聖女様」という立派な役を演じているから、じゃない。ただのめんどくさがりで、ただの食いしん坊で、ただ、腹を空かせた人を放っておけないだけの。……そんな“素の私”を、この街は、まるごと受け入れてくれていた。
それが、たまらなく嬉しくて、私は、涙を拭いながら笑った。
「……ありがとうございます、みなさん。私こそ。……この街に来られて、本当に幸せです」
◇
祭りのあと。
箱庭に帰った私は、ティルとヒノと、三人で(二人と一匹で)、残り物のごちそうを囲んだ。
くたくたに疲れたけれど、心は、ぽかぽかとあたたかかった。
「レン、きょう、ないてた」
ティルが、心配そうに言う。
「うん。……でも、悲しくて泣いたんじゃないよ。嬉しくて泣いたの。……みんなが“素の私”を受け入れてくれたのが、嬉しくて」
「すの、レン?」
「うん。目立ちたくない、めんどくさがりで、食いしん坊の。……ちょっと変な、私」
ティルは、こてん、と首をかしげて、それから、にっこり笑った。
「ぼくは、その、レンが、だいすき」
その、まっすぐな一言に、私は、また泣きそうになった。
……ああ、もう。この子は。どうして、こう、いちいち。
目立ちたくない、という願いは、もう遠くにいってしまった。でも。
“素の私”を受け入れてくれる場所がある。“素の私”を好きだと言ってくれる子がいる。
それなら――少しくらい目立ったって。少しくらい賑やかだって。かまわない。
私はやっぱり、この、賑やかであたたかい隅っこが、世界でいちばん好きだった。
「いただきます」
二人と一匹の声が、あたたかい箱庭に響く。
ことこと、と優しい音を立てる、移動かまど。窓の外は、私が選んだ、あたたかい夕暮れ。
……静かに暮らしたい。その願いの意味が、少しずつ変わっていく。
誰とも関わらない静けさ、じゃない。大切な人たちに囲まれた、あたたかい賑やかさの中の、ほっとできる静けさ。
それが、私のいちばんいたい場所だった。
――もっとも。このあたたかい日々を、じわじわと脅かす影が、すぐそこまで来ていることを。このときの私は、まだ知らずにいたのだけれど。
お祭りのあとの、静けさ。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




