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【新版】痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


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第38話 服を選ぶのは、思いのほか楽しい

 服を選ぶ、というのは、思いのほか楽しかった。


 前世では、服なんて、動きやすければ、なんでもよかった。おしゃれをする余裕も、気力もなかった。仕事用の地味な服を、着回すだけの毎日だった。


 でも、今は違う。


 ティルが、あれこれと私に服をあてがっては、「これ、レンに、にあう」「こっちも、いい」と、真剣に選んでくれる。その一生懸命な顔が可愛くて、私は、つい笑ってしまった。


「ティルは、どれがいいと思う?」


「んーとね。……この、あおいの。レンの、めのいろと、おなじ」


 ティルが選んだのは、深い青色のワンピースだった。動きやすくて、それでいて、少しだけ女の子らしい。


「……うん。これ、いいね。これにしよう」


 試しに、その青いワンピースを着てみる。姿見の前に立って――私は、少し意外な気持ちになった。


 鏡の中の私は、もう、あの、頼りない幼女ではなかった。少し背が伸びて、手足もすらりとして。どこか大人びた雰囲気の女の子が、そこに立っていた。


 女将さんが、感嘆の声をあげた。


「あらまあ……聖女様、あんた、将来、とんでもない別嬪さんになるよ。今でも、こんなに可愛いのに。この調子で育ったら、街中の男が放っておかないねえ」


「……はあ。どうも」


 私は、曖昧に笑った。正直、そういうのは、まだ、ぴんとこない。中身がくたびれた大人だからか、自分の見た目がどう、というのは、あまり気にならない。それより、この服が、料理のときに動きやすいか。汚れが目立たないか。そっちのほうが、よほど大事だ。


 でも――少しだけ。


 鏡の中の大人びた自分を見ていると、不思議な気持ちになった。この体は、これから、どんどん育っていく。いつか、本当に大人の女性になる。そのとき、私は、どんな暮らしをしているんだろう。ティルは、どんなふうに育っているんだろう。


 ……まあ、それはそのときのお楽しみだ。今は、目の前のこの青い服が気に入った。それで、十分。


 自分の目の色と同じ、なんて。そんなこと、言われたのは、生まれて初めてだった。前世を含めても。誰かが、私のことを、そんなふうによく見てくれている。それだけで、なんだか、胸の奥があたたかくなる。


 ティルの服も、選んだ。あたたかそうな、丈夫な狩り着。それから、ちょっとおめかし用の上着も一枚。


「ぼくの、ふくも……? いいの?」


「当たり前でしょ。うちの大事な家族なんだから。ちゃんとあったかくして、いてもらわなきゃ」


 ティルは、新しい服を宝物みたいに抱きしめて、しっぽをぱたぱたさせた。里にいた頃は、ぼろ布一枚だったこの子が、今は、自分の服を選んでもらえる。その一つひとつが、この子にとっては、まだ奇跡なのだ。


    ◇


 服屋を出たあと、私たちは、外で待っていたガーゴさんと合流して、しばらく街を歩いた。


 せっかくだ。あたたかいこの街を、のんびり楽しんでおきたかった。


 露店の並ぶ、賑やかな通り。串焼きの香ばしい匂い。焼きたてのパンを売る店。飴細工をこしらえる屋台。ティルは、あれもこれもと、目を輝かせた。


「ティル、何か、食べたいもの、ある?」


「……いいの?」


「いいよ。今日は特別。好きなもの、食べていい日」


 ティルが、おずおずと指さしたのは、蜜をたっぷり絡めた木の実の串だった。素朴だけど、美味しそうな甘いお菓子。


 買ってあげると、ティルは、ひと口食べて、ほっぺたを押さえて、ふにゃりと笑った。


「……あまい。おいしい」


 その顔を見ているだけで、私も、幸せな気持ちになる。


「なあ聖女様」と、串焼きを頬張りながら、ガーゴさんが言った。「あんた、ほんとに、いい姉ちゃんだな。そのチビ、幸せもんだ」


「……姉、ではないですけどね。まあ、家族、ではあります」


「はは、そうか。家族か。……いいもんだな、家族ってのは」


 ガーゴさんは、しみじみとそう言って、遠くを見た。この豪快な人にも、いろいろとあるのだろう。誰にでも語らない、事情の一つや二つはある。あたたかいものを一緒に食べる相手がいない、寂しさも。


「ガーゴさんも、今度、うちにごはん、食べに来てくださいね。ヒノも、紹介したいですし」


「おう! 絶対、行く! ……って、ヒノって、誰だ? 新入りか?」


「まあ、そんなところです。会えば、わかりますよ。……ちょっと、大きいですけど」


 賑やかな、夕暮れの街。あたたかい匂い。笑い声。


 この、なんてことない一日が、私はたまらなく好きだった。


    ◇


 服を買って、店を出ると。


 あたりは、もう夕暮れになっていた。街の灯りが、ぽつぽつとともり始めて、あたたかいオレンジ色に、通りを染めている。


「レン、みて。あたらしいふく、きて、あるくの、うれしい」


 新しいワンピースを着た私と、新しい狩り着を着たティルは、なんだか、少しだけ“ちゃんとした二人”になった気がした。


 新しい服も。ティルの嬉しそうな顔も。この、あたたかい夕暮れも。


 全部、宝物みたいだ、と思った。


「ティル」


「ん?」


「新しい服でさ。……これから、たくさん街を歩こう。美味しいもの食べて。楽しい思い出、いっぱい作ろう。ヒノにも、街の話、いっぱい聞かせてあげよう」


「うん! する!」


 ティルの無邪気な返事に、私は微笑んだ。


 この体は、これから、まだまだ育っていく。いつか、大人になる。その頃には、私はどんな暮らしをしているんだろう。ティルは。ヒノは。……ネルさんたちとは、まだ、こうして笑い合えているんだろうか。


 先のことは、わからない。世界は、不思議なことで満ちているし。私の静かな暮らしを脅かす影も、どこかにあるのかもしれない。


 でも――今は、このあたたかい夕暮れを、ちゃんと味わおう。あたたかいごはんを、ひと口ずつ味わって食べるみたいに。


 新しい服の、少しごわごわした生地の感触が、なんだかくすぐったくて。私は、ティルと手をつないで、あたたかい街を歩いて帰った。ヒノへのお土産のお肉を抱えて。

大きくなるのも、悪くない……かも。

次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。

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