第37話 朝、服が入らなくなりました
朝、目を覚まして、いつものように服を着ようとして。
私は固まった。
着られない。
正確に言うと、寝間着の丈が、明らかに短くなっている。袖は、手首のずっと手前まで。裾も、いつもより上にある。
「……え?」
寝ぼけているのかと思った。でも、何度見ても、そうだった。昨日まで、ぴったりだったはずの寝間着が、今朝は、つんつるてんになっている。
水たまり――ではなく、箱庭の磨いた金属の鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、昨日より明らかに背の伸びた、私だった。
「……のびてる」
子どもの成長は早い。よく、そう言う。でも、これは、そういう次元じゃない。一晩で、目に見えて育つなんて。まるで、早送りだ。
思えば、この体になってから、ずっとそうだった。数日ごとに、少しずつ背が伸びて、手足が長くなっていく。普通の子どもの、何倍もの速さで。
「……この体、成長が規格外なのかな」
中身は、二十代後半の大人だ。だから、体が大人に近づいていくこと自体は、むしろ落ち着く。あの、頼りない幼い体は、正直、やりにくかった。包丁も、重い鍋も、扱いにくい。早く大人の体に戻れるなら、それはそれで、ありがたい。
問題は。
「……服が、ぜんぶ、入らない」
成長に、手持ちの服がまったく追いついていない、ということだった。
「レン、どうしたの?」
物音で目を覚ましたティルが、寝ぼけ眼で私を見て――それから、目をぱちくりさせた。
「……レン、おおきくなってる」
「うん。なんか、また伸びちゃったみたい」
ティルは、のそのそと起き上がって、私の隣に並んで立った。背比べのつもりらしい。この前まで、私とそんなに変わらなかったはずなのに。今は、私のほうが、頭ひとつ大きい。
「レンだけ、ずるい。ぼくも、はやく、おおきくなりたい」
「あはは。あなたも、ちゃんと育ってるよ。ほら、この前より、狩り着、きつくなってるでしょ? いっぱい食べて、いっぱい動いてる証拠」
「ほんと?」
「ほんと。……というか、私の成長が、ちょっと異常なだけ。普通は、こんなに急には伸びないの」
なぜ、自分だけ、こんなに成長が早いのか。理由は、わからない。転生のおまけみたいなものかもしれない。あるいは、私の四つの規格外なスキルの、どれかの副作用か。
まあ、深く考えても仕方ない。この世界は、そういう不思議なことで満ちている。私は、そういうものだと受け入れることにした。……ただ、この調子だと、服代がかさみそうだ。それだけが、悩みの種だった。
◇
というわけで、私は久しぶりに、街へ服を買いに出ることにした。
ティルも一緒だ。というか、ティルの服も、そろそろ小さくなってきている。あの子も、あの子で、少しずつ育っている。あたたかいごはんを、毎日食べているからだ。……それが、なんだか、私はとても嬉しかった。
(ちなみに、ヒノはお留守番だ。さすがに、火竜を連れて、街の服屋には行けない。「いい子で、待っててね」と言うと、ヒノは、しょんぼりしながらも、こくり、と頷いた。お土産にお肉を買って帰る約束をしたら、機嫌を直してくれた。)
でも、街に出る、というのは、今の私にとっては、少し勇気のいることだった。
なにせ、「聖女様」だ。露店をしばらくお休みしていても、私の顔は、すっかり街中に知れ渡っている。案の定、通りを歩くだけで――。
「あっ、聖女様だ!」
「聖女様! 今日は、露店は……!」
「わ、握手を、一つ……!」
あっという間に、人だかりができてしまった。
「おいおい、お前ら、聖女様が困ってんだろうが! 道をあけろ、道を!」
そこへ、のっそりと割って入ってきたのは、常連のガーゴさんだった。その巨体と強面で、人だかりを、ぐいぐいと押しのけてくれる。
「聖女様、大丈夫か? どこ行くんだ、送ってやる」
「ガーゴさん……助かります。服を、買いに」
「おう、まかせろ! そら、道をあけろ、あけろ!」
用心棒みたいに前を歩くガーゴさんのおかげで、私とティルは、なんとか人波をかき分けて進むことができた。強面も、たまには役に立つ。……いや、失礼。いつも、いい人だ。
「ここだろ、服屋は。……じゃあ、オレは外で見張ってる。ゆっくり選んでこいや」
「本当に、ありがとうございます」
ガーゴさんに頭を下げて、私とティルは、服屋へ逃げ込んだ。ふう。人気者、というのは、本当に疲れる。前世の私が知ったら、贅沢な悩みだと笑うだろうか。いや、たぶん、「面倒くさそう」と、心底、同情してくれる気がする。
服屋の気のいい女将さんは、私を見るなり、目を丸くした。
「あらまあ、聖女様! ……って、あんた、この前より、ずいぶん背が伸びたねえ? まだまだ、育ち盛りだ」
「ええ、まあ……びっくりするくらい、伸びちゃって」
「いいことじゃないの。若いんだから。さあさ、たくさん見ておいき」
久しぶりの買い物が、こんなに心弾むものだとは、思わなかった。




