第34話 ティルで、実験してみました
その様子を見ていた、常連のガーゴさんが、興味津々で割り込んできた。
「なあ聖女様! じゃあ、オレが、いちばん強くなる飯は、どれだ!? 次の討伐、でかい岩みてえな魔物なんだ!」
「岩みたいな魔物、ですか。それなら――」
私は、少し考えて答えた。
「硬い相手には、“当てる力”より、“砕く力”。業火唐辛子を利かせた炙り肉を、どうぞ。あと、長期戦になりそうなら、発酵させた漬物も少し。粘り強くなりますよ」
「おおっ、さすが聖女様! なんでも、お見通しだ!」
ガーゴさんは、大喜びで、それを平らげていった。……なんだか、酒場の賄い担当みたいになってきた。まあ、頼られるのは、悪い気はしないけれど。
こうして、私は、なんとなく、“その日の敵に合わせて、料理を見立てる”ということをするようになっていった。
攻めの日は、辛い一皿。守りの日は、発酵の一皿。傷を負っているなら、甘い一皿。長丁場なら、出汁のきいたスープ。
まるで、台所にいながらにして、みんなの戦いを采配しているみたいだ。……いや。采配、なんて大層なものじゃない。ただ、その人にいちばん合うものを出しているだけ。母親が、家族の体調を見て、献立を変えるみたいに。
でも、その“ただの気遣い”が、この世界では、とんでもない力になる。
「レンは、まほうつかい、みたい」
ティルが、目をきらきらさせて言った。
「ごはんで、みんなを、つよくしたり、やさしくしたり、できるんだもん」
「魔法使い、かあ。……まあ、料理って、もともと、そういう魔法みたいなもの、なのかもね」
私は、笑った。
剣も、魔法も、使えない。前線にも立たない。でも、私は、台所から、みんなの戦い方を変えられる。暮らし方を整えられる。
それは、なんだか、とても私らしい力の使い方だと思った。
さっそく、この“法則”は役に立った。
翌日、露店に、傷だらけの若い冒険者パーティがやってきた。深い階層で無理をして、ぼろぼろになって帰ってきたらしい。リーダーの少年は、それでも「もう一度、挑む」と意気込んでいた。
私は、彼らを見て、少し考えた。
この子たちに今、必要なのは、力じゃない。
「はい。今日は、これ」
私が出したのは、蜜熊のはちみつを使った、甘くてあたたかい煮込みだった。攻撃を上げる辛い料理じゃない。心と体を癒す、甘い一皿。
「え……もっと、強くなる料理じゃ、ないんですか」
「強くなる前に、まず、ちゃんと休んで。傷を治して。焦って無理して、またぼろぼろになったら、意味がないでしょう?」
リーダーの少年は、きょとん、として。それから、甘い煮込みをひと口食べて――ふっと、肩の力が抜けた。張り詰めていた顔が、ようやく子どもらしくゆるむ。
「……あったかい。……なんか、ちょっと、泣きそう」
「うん。今日は、ゆっくり休みなさい。挑むのは、元気になってから。……そのほうが、絶対うまくいくから」
料理で人を強くする。それはたぶん、ただ攻撃力を上げることじゃない。その人に今、いちばん必要なものを見極めて、差し出すこと。
時には、“強くしない”ことが、その人をいちばん強くする。
……なんだか、私は、料理を通して、大事なことを教わっている気がした。
◇
その夜、私はふと考えた。
この、レシピと力の「法則」。突き詰めれば、いったい、どこまでいけるんだろう。
辛味で攻撃、甘味で回復、発酵で持久。……なら、それを組み合わせたら? 辛くて、発酵した一皿を作ったら――攻撃力と持久力が同時に上がる、最強の一杯になるんじゃないか。
あるいは、まだ私の知らない食材や調理法があって、それを見つければ、もっととんでもない力を引き出せるのかもしれない。
考えると、わくわくが止まらなかった。
……いけない、いけない。私は、静かに暮らしたいんだった。強い力なんて、目立つだけで、ろくなことがない。
でも。
「美味しくて、しかも、いろんな力になる料理」を探求すること自体は――純粋に、楽しい。これは、戦うためじゃない。ただ、料理人としての好奇心だ。
だったら、いいだろう。少しくらい。
私は、帳面に、新しいレシピのアイデアを書きつけた。まだ見ぬ食材の、まだ見ぬ使い方を想像しながら。
――そういえば、時渡り羊の出汁は、どんな力になるんだろう。
“懐かしい味”が力になったら。それは、いったい、どんな力なんだろうか。
その答えを、いつか確かめる日を楽しみに、私は、静かに帳面を閉じた。
足元では、ヒノが、ぐるる、と心地よさそうに寝息を立てている。そのあたたかい背中に、ティルがもたれて、うとうととしていた。
……この、あたたかい法則。私だけの、秘密の料理の魔法。
でも、私は知っている。この帳面に書いた法則は、あくまで“技術”にすぎない、ということを。
いちばん大事な“隠し味”は、きっと、この帳面には書けない、別のものだ。
それがなんなのか、私はちゃんと、わかっている気がした。
……まあ、それは、また別のお話。今夜は、このあたたかい寝息を聞きながら、ゆっくり眠るとしよう。
スキルの使い道は、まだまだあります。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




