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【新版】痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


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第30話 箱庭の保存食を、街へ

 私の保存食は、その“みんなの備え”の中心になった。


「聖女様の蓄えがあるから、この冬は、なんとか越せそうだ」


「あの発酵調味料、ほんの少しで、びっくりするくらい美味しいスープができるんだよ」


 私は、料理の知恵も一緒に配った。


 少ない食材を、いかに美味しく、栄養たっぷりに食べるか。くず野菜も皮も、捨てずに出汁にする方法。硬い豆を柔らかく煮る方法。発酵で保存をきかせる方法。……“飢えをしのぐ料理”を、街のおかみさんたちに教えてまわった。


 食料を配るだけじゃ、いつか尽きる。でも、“知恵”を配れば、それはみんなの中に残って、これからも役に立つ。


 おかげで、パニックになりかけていた市場も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。買いだめや、いがみ合いが減って、「分け合えば、なんとかなる」という空気が戻ってくる。


 人々の顔に、少しずつ安堵が戻っていく。


 銅貨一枚のスープから始まった、私の“食”は、いつのまにか、街全体の冬を支える“備え”になっていた。


    ◇


 ある日、ジオじいさんが、しみじみと言った。


「レンちゃん。……あんたの蓄えは、金貨より価値があるよ。金貨は食えんが、あんたの干し肉は食える。この冬を越させてくれる」


「あはは。大げさですよ、ジオじいさん」


「大げさなもんか。……昔はな。飢饉が来れば、街は地獄になった。奪い合いで、人が死んだ。……でも、今年は違う。あんたの蓄えと、あんたが育てた“分け合う心”が、あるからな」


 その言葉に、私は少し、胸があたたかくなった。


 保存食を貯め込むのは、ただの私の心配性だった。誰かを救おうなんて、これっぽっちも思っていなかった。


 でも――こつこつと貯めた小さな備えが、今、たくさんの人の冬をあたためている。


 備えあれば憂いなし。前世の教訓が、こんな形で誰かを救うなんて、思ってもみなかった。


「じいさんはな。長く生きてきて、わかったことがある」


 ジオじいさんは、あたたかいスープをすすりながら続けた。


「ほんとうの豊かさってのは、金貨を山ほど抱えることじゃない。……いざってときに、あたたかいものを分け合える相手が、ちゃんといること。それが、いちばんの豊かさだ」


 その言葉が、じんと胸に染みた。


 前世の私は、がむしゃらに働いて、お金は少しはあった。でも、いざ倒れたとき、あたたかいものを分け合える相手は、一人もいなかった。


 だから、私はあんなに寂しく死んだのだ。


 でも、今は違う。私の周りには、ティルが、ヒノが、ネルさんが、ジオじいさんが、ガーゴさんがいる。街のみんながいる。


 ……私はたぶん、前世よりずっと豊かになった。金貨の話じゃない。心の話だ。


    ◇


 その夜。箱庭で、私は、ティルとヒノと、あたたかい鍋を囲んだ。


 街にたくさん放出したから、私たちの蓄えも、少し減った。でも。


「ぜんぜん、へっちゃら、だよね。だって、また、貯めればいいんだもん」


 ティルが、鍋を頬張りながら言った。


「そうだね。……深層に行けば、食材はいくらでもあるし。ヒノの炎で、いつでも料理できるし。私たちは、どこにいても、あったかいごはんに困らない」


 ヒノが、そうだそうだ、と言うように、ぐるる、と鳴いた。


 蓄えは、また貯めればいい。分けた分は、また作ればいい。


 あたたかいものを作れる、この力がある限り、私たちは大丈夫。そして、その“大丈夫”を、少しでも分けられるなら、こんなにいいことはない。


「いただきます」


 あたたかい鍋を囲む。ことこと、と優しい音を立てる、移動かまど。窓の外の景色は――私が選んだ、あたたかい夕暮れ。


 街は、これから厳しい冬を迎える。でも、この街には、あたたかい備えと、分け合う心がある。


 だから、きっと、大丈夫。


 銅貨一枚から始まった小さなあたたかさが、今、この街の冬を、静かに支えていた。

冬は、備えあれば憂いなし。

次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。

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