表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新版】痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/101

第29話 秋の終わり、冬支度

 その年の、秋の終わり。


 街に、少しずつ、不穏な噂が流れ始めた。


「今年は、どうも、作物の出来が悪いらしい」


「北の村じゃ、もう蓄えが底をつきかけてるって」


「この冬は……厳しくなるかもしれんなあ」


 冷害、というやつだった。夏が短くて、秋が早くに冷え込んだせいで、あちこちの畑が不作になった。このままだと、冬を越すための食料が、街全体で足りなくなるかもしれない。


 人々の顔に、じわじわと、不安の影が差し始めた。


 市場では、日に日に食べ物の値段が上がっていった。買いだめに走る人。少ない食料をめぐって、いがみ合う人。あたたかかった街の空気が、少しずつ、ぴりぴりと張り詰めていく。


 ギルドでも、ネルさんが頭を抱えていた。


「困ったわ……。備蓄は心もとないし、北から食料を運ぼうにも、どこも不作で。……この冬、越せるか、微妙なところよ」


 飢饉。その恐ろしい言葉が、人々の頭をよぎり始める。


 あたたかい食卓を脅かすのは、帝国だけじゃない。こういう自然の厳しさも、人から笑顔を奪っていく。


 ……でも。


    ◇


 でも、私は、そう慌ててはいなかった。


 なぜなら――私の箱庭には、たっぷりと蓄えがあったからだ。


 毒霧スライムの発酵調味料。じっくり熟成させた干し肉。塩漬けの野菜。乾燥させたきのこや山菜。深層で採れた、日持ちのする食材。……この体になってから、私は、こつこつと保存食を貯め込んでいた。


 前世で身に染みた教訓だ。備えは大事。心の備蓄が底をついて、私は一度、倒れたのだから。だから今世は、食べ物も、心も、たっぷり蓄えておく。


 それが、今、街を救うことになるとは。


「ネルさん。私の保存食、街に出しましょう」


 私がそう言うと、ネルさんは、目を見開いた。


「え……いいの? あなたの、大事な蓄えでしょう」


「はい。……でも、私一人が抱えてても、仕方ないですから。困ってる人がいるなら、使ってもらったほうがいい」


 ネルさんはしばらく私を見つめて、それから、ふっと笑った。


「……あなた、ほんとに。自分のことより先に、人のこと、考えるのね」


「そんな立派なもの、じゃないですよ。……ただ、腹を空かせた人がいる街で、私だけ蓄えを抱えて、ぬくぬくしてたら。……ごはんが美味しくなくなりそうなので」


 それは、本音だった。


 目の前で、誰かが飢えているのに、自分だけあたたかいものを食べる。そんなの、味がしない。前世で、味のしない飯をさんざん食べた私には、それがいちばん耐えられなかった。


 みんながあたたかいものを食べて、笑っている。その中で食べるごはんが、いちばん美味しいのだ。だから、これは優しさというより、私の“美味しく食べるためのわがまま”みたいなものだった。


「……ま。理由は、なんでもいいわ」ネルさんは、肩をすくめた。「とにかく、助かる。ありがとう、レンちゃん。……この恩は、街のみんな、絶対、忘れないから」


「大げさですよ。……さ、善は急げ。さっそく始めましょう」


    ◇


 私は、箱庭の保存食を、少しずつ街に放出した。


 発酵調味料を分ければ、少しの食材でも、深い味の料理が作れる。干し肉や乾物を分ければ、日持ちする栄養が行き渡る。


 それだけじゃない。私は、ヒノとティルを連れて、深層へも食材の調達に通った。


 冷害は、地上の話。ダンジョンの地底には関係ない。深層には、相変わらず、地底きのこや、光る苔や、地下水の魚が、豊かに実っていた。危険で、誰も手を出さない、その宝の山を、私は繭で身を守りながら、遠慮なく収穫した。


 地上が飢える冬に、地の底から食料を運んでくる。……我ながら、とんでもない食料庫を持ったものだ。


「役に立たない場所なんて、ない、か」


 誰も近づかない、危険な深層が、今、街の飢えを救う恵みの大地になる。危ない、怖い、と遠ざけられるものほど、ちゃんと向き合えば、とびきりの宝物になる。いつもの、私の口癖どおりだった。


 そして――ここで活躍したのが、あの“炊き出し”の仕組みだった。


 私が始めた、あたたかい支え合いは、もう、この街に根付いていた。パン屋も、八百屋も、冒険者も。みんなが少しずつ持ち寄って、困っている人に分け合う。


 ――冬は、もう、すぐそこまで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ