第28話 みんなで、炊き出しを
ティルも、ヒノも、私の“炊き出し”を手伝ってくれた。
ティルは、器を配って回る。「あったかいよ」と、たどたどしく声をかけながら。ヒノは、かまどの火を守る。時々、寒そうにしている人のそばで、あたたかい風を送ってあげたりして。
里で“使えない子”と追われたティルが。山で独りぼっちだったヒノが。今、こうして、誰かをあたためる側にいる。
その姿を見ているだけで、私は胸がいっぱいになった。
そして――嬉しいことに。あたたかさは、私たちだけのものではなくなっていった。
最初に私がスープをあげた、あの身寄りのない男の子。あの子が少し元気になると、今度は、私の炊き出しを手伝いたい、と言い出した。
「ぼくも。ぼくみたいに、おなかすいてる子に。ごはん、あげたい」
その言葉に、私は胸が熱くなった。
もらったあたたかさを、今度は誰かに渡したい。その気持ちの連鎖が、少しずつ広がっていく。
それを見ていた街の人たちも、動き始めた。
パン屋の主人が、「売れ残りだが」と言って、パンを届けてくれるようになった。八百屋のおかみが、「傷ものだけどね」と、野菜を分けてくれる。ガーゴさんたち冒険者は、「魔物のいい肉が手に入った」と、狩りの獲物を持ってきてくれる。
みんな、照れ隠しみたいに「余り物だ」「傷ものだ」と言うけれど、……ちゃんといいものを持ってきてくれるのは、私にはお見通しだった。
一人の、小さな一杯のスープが、街の人たちの優しさを引き出して、いつのまにか、街ぐるみのあたたかい支え合いになっていた。
私は、そのきっかけになれただけ。あとは、この街の人たちがもともと持っていた優しさが、ひとりでにあふれ出しただけだ。
あたたかさは、伝わっていく。もらった人が、今度は誰かにあげる側になる。ティルがそうだったように。ヒノがそうだったように。
私が始めた、小さな一杯のスープが、少しずつ、少しずつ、この街をあたためていく。
◇
その夜、箱庭に帰って、ティルがしみじみと言った。
「レン。……ぼく、おもうんだ。レンは、ほんとに、まほうつかい、だって」
「まほう? また、それ?」
「うん。だって。おなかすいてる人に、ごはん、あげると。その人、わらうでしょ。こわいかおの人も、やさしいかおに、なる。……それって、まほう、みたい」
私は笑った。
「魔法じゃ、ないよ。……ただの、あったかいごはん。でもね、ティル。あなたの言うとおり、かもしれない」
あたたかいごはんには、人の冷えた心を溶かす力がある。剣でも、魔法でもない。ただの、湯気の立つ一杯が、誰かの一日を、時には一生をあたためる。
それはたぶん、この世界でいちばん地味で、いちばん優しい魔法だ。
後日、ネルさんがしみじみと言っていた。
「……ねえ、レンちゃん。最近、この街、雰囲気が変わったの。気づいてる?」
「そう、ですか?」
「うん。前より、みんな優しくなった。困ってる人がいたら、放っておかない。あたたかい食べ物を分け合う。……そういう空気が、街に根付いてきた。ぜんぶ、あなたが始めたことよ」
私は少し照れて、それから、首を横に振った。
「私は、きっかけだけです。……あたたかさって、たぶん、伝染するんですよ。ひとつ火がともれば、それが次の火をともす。私は、最初の一杯を配っただけ」
ネルさんは、優しく笑って、それから、少し真面目な顔になった。
「……でもね。あんまり目立つのも、考えものよ。“街を変えた聖女”なんて噂が広がったら……また、良くない連中が寄ってくるかもしれない」
その言葉に、私の胸が、少しだけざわついた。
そうだ。あたたかさが広がるのは、嬉しい。でも、それは同時に、私の名が広がる、ということでもある。……いつか、それが、私の静かな暮らしを脅かす日が来るのかもしれない。
でも――今は、目の前のあたたかい食卓を大切にしよう。心配事は、そのとき考えればいい。
私は、その魔法を、これからも使い続けよう。どこにいても。誰に対しても。
腹を空かせた人がいる限り、私はあたたかい一杯を煮込む。
……まあ、本音を言えば、半分は、ただ自分が美味しいものを食べたいだけ、なんだけど。それでもいい。その“ついで”で誰かがあたたまるなら、こんなにいいことはない。
あたたかい湯気の向こうで、ティルとヒノが笑っている。
私の小さな、あたたかい世界は、今日も少しずつ広がっていた。
見えない飢えにも、一杯のスープを。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




