表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新版】痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/102

第27話 街の裏通りの、見えない飢え

 移動式かまどが完成してから、私は時々、街のいろんな場所で料理をするようになった。


 露店の隅っこだけじゃない。かまどを担いで、街のあちこちを歩いて、あたたかいものを必要としている人のそばで、ぱっと火をともす。


 そうすると、見えてくるものがあった。


 この賑やかな街にも、ひっそりと腹を空かせて生きている人が、思っていたよりずっとたくさんいる、ということが。


    ◇


 ある日、私は、街の裏通りで、うずくまっている小さな子どもを見つけた。


 痩せこけて、ぼろぼろの服を着て、じっと地面を見つめている。物乞い、というより、ただ力が出なくて動けない、という様子だった。


 ……あの頃のティルみたいだ。


 私は放っておけなかった。かまどを据えて、あたたかいスープを作って、そっとその子の前に差し出した。


「はい。……あったかいうちに、どうぞ」


 子どもは、びくっとして、私を警戒するように見上げた。それから、スープと私を交互に見て、おそるおそる器を受け取った。


 最初は、ほんのひと口。味を確かめるように。それから、堰を切ったように、夢中でスープを飲み始めた。よほどお腹が空いていたのだろう。


 私は静かに、その隣に座って、おかわりをよそいながら待った。急かさずに。ゆっくり食べていいよ、と。


 器が空になる頃には、その子のこけた頬に、少しだけ血の色が戻っていた。


「……おじちゃんと、おばちゃんが。ながれびょうで、しんじゃって。……ぼく、ひとりに、なって」


 ぽつり、ぽつりと、その子は話し始めた。身寄りを亡くして、行く当てもなく、この裏通りでうずくまっていたのだ、と。


 ひと口すすって――ぽろぽろと泣き出した。


「……あったかい……」


 その涙を見ながら、私は思った。


 この子も。ジオじいさんも。ティルも。ヒノも。……そして、前世の私も。


 みんな、同じだ。ただ、あたたかいものを、あたたかいうちに食べさせてくれる誰かが、いなかっただけ。


 それだけで、人はこんなにも簡単に、心が冷えてしまう。


    ◇


 その子どもをきっかけに、私は、街の“見えない飢え”に目を向けるようになった。


 仕事にあぶれた、日雇いの男。旦那を亡くして、幼子を抱えた女。歳を取って、働けなくなった老人。……賑やかな街の光の、すぐ裏で、たくさんの人が、ひっそりとお腹を空かせていた。


 私は、そういう人たちのところへ、かまどを担いで通うようになった。


 旦那を亡くしたという若い母親は、幼子に食べさせるので精一杯で、自分は何日も、まともに食べていない様子だった。私は、母親と子ども、二人分の栄養のある煮込みを、そっと置いた。母親は最初、固辞したけれど、子どもが美味しそうに食べる姿を見て、やがて、自分も涙ながらに口にした。


「……こんなにあたたかいもの。……いつぶり、だろう」


 歳を取って働けなくなった老人は、「わしなんぞに、もったいない」と、何度も遠慮した。私は、「作りすぎちゃったんです。手伝ってください」と、笑って押しつけた。じいさんは、しわしわの顔をくしゃくしゃにして、スープをすすった。


 あたたかいスープを。あたたかいパンを。そっと差し出す。お代は、取れる人からはもらう。取れない人には、「味見の残りです」と言って渡す。


 施し、なんて大層なものじゃない。ただ、目の前で腹を空かせた人を、見て見ぬふりができないだけ。私がいちばんしてほしかったことを、しているだけ。


「聖女様は、ほんとうに、聖女様だ……」


 誰かが、そう呟いた。


 私はいつものように、否定しようとして――やめた。もう、どう言っても無駄だと知っているから。それに、今日は少しだけ、その呼び名の意味がわかった気もした。


 聖女、なんて柄じゃない。でも――「腹を空かせた人を放っておけない」という、そのたった一つのお節介が、もし、誰かを救えるなら。


 その呼び名も、悪くないのかもしれない。


 炊き出しは、もう、私ひとりのものじゃなくなっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ