第27話 街の裏通りの、見えない飢え
移動式かまどが完成してから、私は時々、街のいろんな場所で料理をするようになった。
露店の隅っこだけじゃない。かまどを担いで、街のあちこちを歩いて、あたたかいものを必要としている人のそばで、ぱっと火をともす。
そうすると、見えてくるものがあった。
この賑やかな街にも、ひっそりと腹を空かせて生きている人が、思っていたよりずっとたくさんいる、ということが。
◇
ある日、私は、街の裏通りで、うずくまっている小さな子どもを見つけた。
痩せこけて、ぼろぼろの服を着て、じっと地面を見つめている。物乞い、というより、ただ力が出なくて動けない、という様子だった。
……あの頃のティルみたいだ。
私は放っておけなかった。かまどを据えて、あたたかいスープを作って、そっとその子の前に差し出した。
「はい。……あったかいうちに、どうぞ」
子どもは、びくっとして、私を警戒するように見上げた。それから、スープと私を交互に見て、おそるおそる器を受け取った。
最初は、ほんのひと口。味を確かめるように。それから、堰を切ったように、夢中でスープを飲み始めた。よほどお腹が空いていたのだろう。
私は静かに、その隣に座って、おかわりをよそいながら待った。急かさずに。ゆっくり食べていいよ、と。
器が空になる頃には、その子のこけた頬に、少しだけ血の色が戻っていた。
「……おじちゃんと、おばちゃんが。ながれびょうで、しんじゃって。……ぼく、ひとりに、なって」
ぽつり、ぽつりと、その子は話し始めた。身寄りを亡くして、行く当てもなく、この裏通りでうずくまっていたのだ、と。
ひと口すすって――ぽろぽろと泣き出した。
「……あったかい……」
その涙を見ながら、私は思った。
この子も。ジオじいさんも。ティルも。ヒノも。……そして、前世の私も。
みんな、同じだ。ただ、あたたかいものを、あたたかいうちに食べさせてくれる誰かが、いなかっただけ。
それだけで、人はこんなにも簡単に、心が冷えてしまう。
◇
その子どもをきっかけに、私は、街の“見えない飢え”に目を向けるようになった。
仕事にあぶれた、日雇いの男。旦那を亡くして、幼子を抱えた女。歳を取って、働けなくなった老人。……賑やかな街の光の、すぐ裏で、たくさんの人が、ひっそりとお腹を空かせていた。
私は、そういう人たちのところへ、かまどを担いで通うようになった。
旦那を亡くしたという若い母親は、幼子に食べさせるので精一杯で、自分は何日も、まともに食べていない様子だった。私は、母親と子ども、二人分の栄養のある煮込みを、そっと置いた。母親は最初、固辞したけれど、子どもが美味しそうに食べる姿を見て、やがて、自分も涙ながらに口にした。
「……こんなにあたたかいもの。……いつぶり、だろう」
歳を取って働けなくなった老人は、「わしなんぞに、もったいない」と、何度も遠慮した。私は、「作りすぎちゃったんです。手伝ってください」と、笑って押しつけた。じいさんは、しわしわの顔をくしゃくしゃにして、スープをすすった。
あたたかいスープを。あたたかいパンを。そっと差し出す。お代は、取れる人からはもらう。取れない人には、「味見の残りです」と言って渡す。
施し、なんて大層なものじゃない。ただ、目の前で腹を空かせた人を、見て見ぬふりができないだけ。私がいちばんしてほしかったことを、しているだけ。
「聖女様は、ほんとうに、聖女様だ……」
誰かが、そう呟いた。
私はいつものように、否定しようとして――やめた。もう、どう言っても無駄だと知っているから。それに、今日は少しだけ、その呼び名の意味がわかった気もした。
聖女、なんて柄じゃない。でも――「腹を空かせた人を放っておけない」という、そのたった一つのお節介が、もし、誰かを救えるなら。
その呼び名も、悪くないのかもしれない。
炊き出しは、もう、私ひとりのものじゃなくなっていく。




