第22話 火竜を、飼い慣らしに行こうと思います
「……というわけで、ティル。火竜を飼い慣らしに行こうと思う」
私がそう言うと、ティルは、目をまんまるにして固まった。
「か……かりゅう!? あの、こわい、ドラゴン!?」
「うん。まあ、子どもらしいけど。……大丈夫。倒すわけじゃないの。ちょっと、仲良くなりたいだけ」
「なかよく……ドラゴンと!?」
ティルは混乱している。無理もない。普通、火竜と仲良くなろうなんて、考える人はいない。
でも、私には勝算があった。
【硝子の繭】。あらゆる攻撃を通さない、伝説の盾。火竜の炎がどれだけ強くても、私にはまったく効かない。だから、私は炎の中でも、平然と立っていられる。
攻撃が効かない相手に、魔物はどうするか。
……たぶん、最初は驚いて、それから諦めて、最後は興味を持つ。犬や猫と同じだ。危害を加えてこない相手には、警戒を解く。そして――あたたかいごはんの匂いを嗅がせれば。
どんな生き物だって、心を開くものだ。私は、そう信じている。
「大丈夫だよ、ティル。あなたは後ろで見ててくれればいい。危ないことは、私がぜんぶ引き受けるから」
「……レン、ほんとに、だいじょうぶ?」
「うん。……ただ、ひとつだけ心配なのは」
「なに?」
「火竜が、私の作るごはんを気に入ってくれるかどうか、なんだよね」
私が大真面目にそう言うと、ティルは、こてん、と首をかしげて、それから、ぷっと噴き出した。
「レン、しんぱいする、とこ、そこなの……!」
「そこが、いちばん大事でしょ。仲良くなるいちばんの近道は、美味しいごはんなんだから」
◇
翌日。私たちは、火竜の住むという山へ向かった。
念のため、箱庭からとっておきの食材を持って。火竜が喜びそうな、大きなお肉も。(火竜は肉食のはずだ。たぶん。)
山を登っていくと、だんだん、あたりの木々が焦げ始めた。地面には、点々と焼けたあとがある。近くにいる。火竜が。
道中、下山してくる冒険者とすれ違った。彼らは、私たちを見て、ぎょっとした。
「おい、嬢ちゃん! この先は、火竜が出るぞ! 子ども連れで登る場所じゃねえ! 引き返せ!」
「ご忠告、ありがとうございます。……でも、大丈夫です。ちょっと、火竜に用があるので」
「用!? 火竜に用って……お前、正気か!?」
冒険者は、信じられない、という顔で私たちを見送った。まあ、そうだろう。普通の感覚なら、火竜のいる山に、わざわざ登る人はいない。
でも、私は普通じゃない。というか、私の“危ない”の基準は、みんなと少しずれている。だって、私にはどんな攻撃も効かないのだから。世界でいちばん危険な相手だって、私にとっては、“ちょっと気難しいご近所さん”くらいのものだった。
「ティル、こわい?」
「……ちょっと。でも、レンがいるから、だいじょうぶ」
私の手をぎゅっと握るティルの手は、少し震えていたけれど、それでも逃げなかった。この子は、本当に強くなった。
やがて、開けた岩場に出た。
そこに――それは、いた。
真っ赤な鱗。まだ幼いけれど、それでも、私の背丈より大きい、火竜の子ども。ぐるる、と喉を鳴らして、こちらを睨んでいる。口の端から、ちろちろと炎が漏れている。
「……いた」
ティルが、私の後ろで身を固くした。
火竜の幼体が、大きく口を開けた。喉の奥が、真っ赤に燃えている。
――炎が、来る。
私はティルを背中にかばって、一歩前に出た。そして、いつもの退屈そうな声で呟いた。
「【硝子の繭】」
ふわり、と。私の体を、儚げな光の膜が包んだ。
次の瞬間。火竜の口から、轟音とともに、灼熱の炎が放たれた。
あたりの岩が、真っ赤に焼ける。すさまじい熱。……のはずだった。
でも、私は、その炎の真ん中で、一歩も動かず、髪の毛一本焦がすこともなく、ただ静かに立っていた。
火竜の幼体が、ぽかん、とした。
全力の炎を浴びせたのに、目の前の小さな人間は、平然と立っている。何が起きたのか、わからない、という顔だ。
火竜は、もう一度、炎を吐いた。今度は、さっきより大きく。それでも――結果は、同じだった。私は、まったくの無傷。繭の膜の内側は、そよ風ひとつ吹かない。
火竜が、うろたえ始めた。ぐるぐると、その場を回って、焦ったように何度も炎を吐く。でも、どれも効かない。やがて――疲れたのか、諦めたのか。火竜は、炎を吐くのをやめた。
ぜえぜえと肩で息をして、恨めしそうに私を睨んでいる。「なんで効かないんだ」と、言いたげに。
……うん。犬や猫と同じだ。効かないとわかれば、次は警戒と興味がやってくる。
いよいよ、ここからが本番だ。心を開いてもらう番。そして、それは――私のいちばん得意な分野だった。
私はにっこりと笑って、火竜に話しかけた。
「こんにちは。……あのね。あなたのその、すごい炎で、美味しいごはんを作りたいんだけど。……ちょっと、お話、いいかな?」
新しい家族の、予感。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




