第21話 あの食卓の会から、数日
あの賑やかな“食卓の会”から、数日が過ぎた。
みんなで囲んだあたたかい夜。その余韻は、まだ私の中にあたたかく残っていた。「椅子、もっと増やそうかな」なんて、柄にもなく、そんなことを思ったりもした。
あたたかい食卓は、人を呼ぶ。腹を空かせた者、心の寒い者を、この湯気が引き寄せる。……その予感は、思ったよりずっと早く、しかも、思いもよらない形で当たることになる。
でも、その日の私は、まだそんなこと知る由もなく、ただいつも通り、のんびりと暮らしていた。
ことの始まりは、私のちょっとした不満だった。
その日、私とティルは、街の外れの森へ食材を採りに来ていた。木の実や、山菜や、きのこ。箱庭の保存食も大事だけれど、やっぱり新鮮な素材は、外で採ってくるのがいちばんだ。
ティルは、すっかり採取が上手になっていた。
「レン、みて。このきのこ、いいにおい、する」
「お、よく見つけたね。それ、香り茸だ。炙ると、すごくいい出汁が出るの。今夜のスープに使おう」
「やった!」
鼻の利く竜鱗族の血が、こういうときは役に立つ。ティルは、匂いだけで、美味しい食材とそうでないものを嗅ぎ分けられる。もはや、立派な私の相棒だ。
たっぷり収穫して、お腹も空いてきた。
「ティル、お昼にしようか。……あ」
そこで、私は気づいた。
あたたかいお昼を作りたい。でも、ここにはかまどがない。火をおこすには、薪を集めて、火打ち石でちまちまやらないといけない。
……面倒くさい。
私はめんどくさがりだ。火おこしなんて、地味で手間のかかる作業は、できることならやりたくない。
「どこでも、ぱっとあったかいものが作れたら、いいのに」
思わず、そうこぼした。
結局、この日は冷たい握り飯で済ませた。箱庭から持ってきた保存食のパンと。それはそれで美味しかったけれど、でもやっぱり――外で食べる、あたたかい汁物にはかなわない。
冷たいごはんを頬張りながら、私は決意した。
「……よし。どこでも使えるかまどを作ろう」
前世の私が聞いたら、呆れるだろう。「そんなことのために、わざわざ?」と。でも、料理のことになると、私のめんどくさがりは、なぜか逆向きに働く。「楽して、美味しいものを食べる」ためなら、私はいくらでも手間をかけられるのだ。
それに、と私は思う。
どこでもあたたかいごはんが作れる、ということは、どこでも“帰れる場所”を作れる、ということだ。
冷たい場所でも。暗い場所でも。危険な場所でも。あたたかい湯気と、いい匂いさえあれば、そこはもう、“ただの怖い場所”じゃなくなる。あたたかい食卓のある場所に変わる。
前世の私は、それを知らなかった。どこにいても、心が冷えていた。あたたかいごはんを食べる余裕なんて、なかった。
だから今世は、どこにいてもあたたかくいられるように、持ち運べる“火”を手に入れたい。
……なんて。ちょっと大げさかな。まあ、本音の半分は、ただ、外であったかい汁物が飲みたいだけ、なんだけど。
◇
箱庭に帰って、私はさっそく、“移動式かまど”の構想を練った。
問題は、火力だった。
持ち運べるくらい小さくて、でも、しっかり料理ができる火力があって、しかも、薪がなくても使える。そんな都合のいい熱源。
普通なら、無理な注文だ。
最初は、いろいろ試してみた。
熱くなる石――“火岩”を使ってみたけれど、火力が弱すぎて、お湯を沸かすのが精一杯だった。次に、油を燃やしてみたけれど、煙がもうもうと出て、箱庭が真っ黒になりかけた。ティルと二人で、慌てて換気をした。
「けほっ、けほっ……だめだ、これ」
「レン、まっくろ……」
ティルの顔も、私の顔も、煤で真っ黒だ。二人で顔を見合わせて、笑ってしまった。
試行錯誤は続いた。でも、どれも決め手に欠けた。持ち運べて、火力が強くて、薪がいらない。その三つを同時に満たす熱源が、どうしても見つからない。
でも――私には、料理人としての直感があった。
「熱源、熱源……あ」
ふと、ギルドで聞いた噂を思い出した。
最近、街の近くの山に、火竜の幼体が住みついた、という話。まだ子どもだけれど、その炎は、あたりの木々を焼き尽くすほど強い。冒険者たちは、「危ないから近づくな」と警戒しているらしい。
火竜の炎。
あたりを焼き尽くすほどの熱。
……それって。
「最高の熱源、じゃない?」
私は思わず、にやりとした。
誰もが「危ない」と恐れる、火竜の炎。でも、私の目には、それが“究極のコンロ”に見えた。あの炎を飼い慣らして、ちょうどいい火力に調整できれば、世界一の移動式かまどが作れる。
「役に立たないものなんて、ない。役に立つ使い方が、まだ見つかってないだけ」
私の口癖だ。危ない、怖い、近寄るな。そう言われるものほど、使い方次第で、とんでもない宝物に化ける。ティルの鱗がそうだったように。毒霧スライムの毒がそうだったように。
危ないものほど、宝になる。……次に目をつけたのは、なんと、火竜だった。




