第18話 沼の素材で、ゼリーができました
痛いのは、やっぱり嫌なので。
次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。
さっそく、私は自分で効果を確かめてみることにした。
ゼリーを、ひと口。それから、おそるおそる、さっき指をぶつけたかまどの角に――今度はわざと、軽く、指を、こつん、と当ててみる。
……痛くない。
じんじんする、あの不快な感覚が、まるでない。
「おお……! すごい、ちゃんと効いてる……!」
私は感動して、つい調子に乗ってしまった。硬いものを、ぺしぺし触ってみたり、熱い鍋の縁に、ちょん、と触れてみたり。うん、平気だ。痛くない。これは、素晴らしい。
「レン、それ、あぶない」
ティルが、じとっと私を見た。
「痛くないからって、けが、してる。ゆびさき、あかくなってる」
「……あ」
言われて見ると、確かに、指先が少し赤い。痛みは感じないけれど、無茶をすれば、体はちゃんと傷ついている。痛みは、体を守るための警報でもあるのだ。それを消したなら、自分で気をつけないといけない。
「……ごめん。ちょっと、はしゃぎすぎた」
子どもにたしなめられてしまった。中身は大人なのに。まあ、痛くないのが、よほど嬉しかったのだ。許してほしい。
「痛いの、なくなる? ほんとに?」
ティルが、興味津々でゼリーを覗き込む。
「うん。ほら、この前、あなた、狩りのとき、足、擦りむいてたでしょ。ちょっと、食べてみて」
ティルは、おそるおそる、ゼリーを、ひと口。すると、擦り傷のひりひりした痛みが、すっと引いたらしく、目をまんまるにした。
「……いたく、ない! すごい、レン、すごいっ!」
「でしょ。これで、私も、もう、うっかり指をぶつけても平気」
私は、満足げに頷いた。
これで、私の「痛くない暮らし」は、また一歩、完成に近づいた。繭で防げない、日常の痛みも、このゼリーがあれば怖くない。痛いのは嫌だ。だから、あらゆる手を尽くして、痛くない環境を作る。私の、人生の最優先事項だ。
「あのね、レン」
ゼリーを食べ終えたティルが、ぽつりと言った。
「レン、いつも、みんなの『いたい』を、なくしてる。冒険者の、おなかの痛いのも。おじいさんの、さみしいのも。ぼくの、こころの、いたいのも」
「……そう、かな」
「うん。レンは、いたいのが、きらいだから。じぶんのも、ひとのも、なくしちゃう。……やさしいね」
不意打ちだった。
私は、痛み止めゼリーを、自分のために作ったつもりだった。でも、言われてみれば――私はいつも、誰かの「痛い」をなくそうとしている。自分が痛いのが、いちばん嫌いだから。だから、他人が痛がっているのも、見ていられない。
なんてことだ。私の筋金入りの「痛いの嫌」は、めぐりめぐって、誰かの痛みを救っているらしい。
……まあ、それはそれで。悪くない、か。
「はいはい。優しくないよ、私は。ただの、痛がりなだけ。……さ、ゼリー、たくさん作ったから、ネルさんにも分けてあげようか。あの人、肩こり、ひどそうだし」
私は照れ隠しにそう言って、透明なゼリーを、いくつも器に取り分けた。
翌日、私はそのゼリーを、何人かに配ってみた。
まず、ネルさん。慢性的な肩こりと頭痛に悩まされていた彼女は、ひと口食べて、「……嘘。楽になった。何これ、こわい」と、目を丸くした。「売り物にしたら、絶対、儲かるわよ、これ」と言うので、「働きたくないので、やめときます」と、丁寧にお断りした。
次に、露店の常連で、古傷の痛みに顔をしかめていた、老いた冒険者。彼はゼリーを食べて、「何十年ぶりだ、痛みのない朝は……」と、涙ぐんだ。
ジオじいさんの、節々の痛みにも効いた。
みんな、痛みが和らぐと、ふっと表情が優しくなる。痛みは、人を険しくする。それが消えると、人は、本来の穏やかな顔に戻る。
……ああ、そうか、と私は思った。
私は、自分が痛いのが嫌なだけ。でも、その「嫌」を突き詰めた結果が、こうして、誰かの長年の痛みを和らげている。
痛いのが嫌いな私は、たぶん、この世界でいちばん、他人の痛みにも敏感なのだ。だって、痛いのがどれだけ嫌か、誰よりも知っているから。
痛くない暮らしは、まだ道半ば。でも、今日も、私の家は――そして、私のまわりの何人かの毎日は、少しだけ快適になった。それで十分だった。いや、十分すぎるくらいだった。




