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【新版】痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


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第16話 受付嬢が、共犯者になりました

 それから、ネルさんは、少しだけ声のトーンを落とした。


「……あのね、レンちゃん。私が、なんで深入りしないか、教えてあげる」


 彼女は、遠くを見るような目で話し始めた。


「私、昔、才能があるって言われてたの。鑑定の腕が立つって。だから、ギルドに引き抜かれて、期待されて、どんどん仕事を任された。……最初は嬉しかった。頼られるのが。役に立てるのが」


 その口ぶりに、私はどきりとした。前世の、私だ。


「でも、気づいたら、私にしかできない仕事が山ほど積まれてて。断れなくて。倒れるまで働いて。……ある日、ぷつん、て、糸が切れたみたいになった。それで、こう思ったの。『ああ、私、便利な道具になってたんだ』って」


 ネルさんは、自嘲するように笑った。


「だから、今は受付嬢。目立たず、深入りせず、定時で帰る。それがいちばん。……あなたを見てると、なんだか、昔の自分と逆のことを上手にやってる気がして。悔しいような、羨ましいような、ね」


 私はしばらく、黙って聞いていた。


 それから、そっと言った。


「……ネルさん。それ、私が、いちばんわかる話です」


「え?」


「私も、便利な道具になって、壊れたクチなので。だから、今世は絶対、働かないって決めてるんです」


 ネルさんは、目を丸くした。それから――ぷっと噴き出した。


「なにそれ。子どものくせに、達観しすぎでしょ」


「よく、言われます」


 二人で顔を見合わせて笑った。なんだか、長年の戦友みたいな笑いだった。


    ◇


 その日から、ネルさんは、私の「共犯者」になった。


 私のスキルのことは、決して口にしない。誰かが私を怪しんでも、「ただのランク1よ、公式記録がそう言ってるでしょ」と、素知らぬ顔で、受付の権威をもって封じてくれる。


 それだけじゃない。ネルさんは、私の「静かに暮らしたい」を守るために、いろいろと裏で手を回してくれるようにもなった。


 私に「専属になれ」と迫る商人を、「あの子は、ギルドの専属協力者ですので」と、体よく追い返してくれたり。私のことをしつこく嗅ぎ回る者がいれば、「ただのランク1の子に、何の用です?」と、受付の権威で牽制してくれたり。


「言っとくけど、あなたのためじゃないからね」と、ネルさんはつんとして言う。「あなたに変な奴が群がって、この街が騒がしくなるのが嫌なだけ。私は、平穏に、定時で帰りたいの」


「はい。ありがとうございます」


「お礼はいいから。……その代わり、たまに、美味しいまかない、ちょうだい」


「もちろん。いくらでも」


 こういう、口では素っ気ないのに行動は優しい人を、私は前世でも、何人か知っている。たいてい、そういう人がいちばん信頼できる。


 その代わり――というわけでもないけれど。ネルさんは、時々、私の露店に来て、こっそりため息をつきながら、スープを飲んでいくようになった。


「……はあ。今日も、面倒な冒険者ばっかり。書類は溜まるし、上はうるさいし」


「お疲れさまです。はい、スープ。今日は、少し濃いめにしときました」


「……なんで、私が疲れてるの、わかるのよ」


「顔に書いてありますよ。『働きたくない』って」


「……それ、あなたが言う?」


 ネルさんは、呆れたように笑って、それから、あたたかいスープを、ずずっ、とすすった。


 働きたくない者、同士。目立ちたくない者、同士。


 私たちは、なんだか、とても気が合った。


 その共犯関係が、さっそく役に立つ日が来た。


 数日後。ギルドに、身なりのいい役人風の男がやってきて、受付でこう尋ねたのだ。


「この街に、“食事で人を強くする”聖女がいる、と聞いた。そのスキルの、正式な登録記録を見せてもらいたい。……国の、調査だ」


 国。その言葉に、私は露店の陰で、そっと身を固くした。前世の勘が、警鐘を鳴らす。いちばん関わりたくない、大きくて厄介なやつ。


 でも、ネルさんは眉ひとつ動かさず、帳簿をめくって、澄まし顔で答えた。


「ああ、あの子ですか。記録なら、ここに。……『ランク1・調理』。ええ、正真正銘のランク1です。料理がちょっと上手なだけの、そこらの子ですよ。冒険者が強くなったのは、まあ、景気づけの、気の持ちよう、ってやつでしょう」


 役人は、帳簿をじろじろと確かめた。でも、そこに書かれているのは、まぎれもない、公式の鑑定記録。「ランク1・調理」。それ以上でも以下でもない。


「……ふん。噂は、しょせん噂か」


 役人は、つまらなそうに帰っていった。


 その背中を見送って、私はほうっと息を吐いた。ネルさんが、こっそり私に目配せする。「借り、一つね」とでも言いたげに。


 ……助かった。本当に。


 嘘の記録じゃない。本物の記録が、そのまま私を守ってくれた。そして、その記録を盾にしてくれる共犯者が、いてくれた。


 こうして、私の「静かな暮らし」には、また一人、賑やかで、面倒見のいい共犯者が加わったのだった。


 ……本当に、静かな暮らしは、どこへ行ったんだろう。まあ、いいか。今日のスープも、美味しくできたし。


 もっとも――“国”が、私に目をつけ始めた、という事実は。じわじわと、これから私の平穏を脅かしていくのだけれど。それは、もう少し先の話だ。

内緒の共犯者が、一人増えました。

次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。

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