第13話 ギルドの行列、はじめました(不本意)
鋼牙イノシシの一件から、数日。
私の「隅っこの露店」は、もはやギルドの名物になってしまっていた。
目立ちたくない、という私の願いは、もはや風前の灯火だった。というか、とっくに消えていた。むしろ、街いちばんの注目株である。どうして、こうなった。
いや、わかっている。原因は全部、私だ。毒を出汁に変えたり、硬い肉を蕩けさせたり、余ったからと伝説の魔物肉を安売りしたり。……そんなことをすれば、そりゃあ目立つ。冷静に考えれば、当たり前だった。
でも、その時々の私は、いつも「もったいないから」「美味しいから」という目先の理由で動いてしまう。料理のことになると、私の「目立ちたくない」は、あっさり後回しになる。困った性分だ。
朝、鍋をかけると、もう列ができている。冒険者だけじゃない。近所の職人、荷運びの人夫、宿屋のおかみ。みんな、私のスープや煮込みを目当てにやってくる。
「聖女様、今日もよろしく頼むよ」
「聖女様のごはんを食べると、一日、調子がいいんだ」
……聖女様。
もう、何度否定しただろう。「ただの料理好きな子です」と。でも、否定すればするほど、なぜか「謙虚だ」「お優しい」と、崇拝は厚みを増していく。もはや、否定という行為が逆効果でしかない領域に、突入していた。
私は諦めた。
人は、信じたいものを信じる。私が何を言おうと、彼らの中の「聖女様」は勝手に育っていく。だったら、いちいち抗うだけ体力の無駄だ。前世で学んだ。無駄な抵抗は、しない。
「はい、スープです。銅貨一枚」
「ありがとうございます、聖女様!」
「……どういたしまして」
もう、訂正もしない。魂が少し、遠い目をしているだけだ。
◇
困ったことは、もうひとつあった。
私を崇める波は、私の隣にいるティルにも、しっかり及んでいたのだ。
「聖女様が連れている、竜鱗族の御子……あれは、きっと、聖獣様に違いない」
「見ろ、あの神々しい鱗を……!」
いや、その鱗、この前まで「出来損ない」って言われてたやつです。
当のティルは、「せいじゅう?」と、きょとんとしている。自分が崇められている、という状況が、まるで飲み込めていない。ずっと蔑まれてきた子だ。急に拝まれても、どう反応していいかわからないのだろう。
私は、ティルの頭を、ぽんと撫でた。
「気にしないでいいよ。みんな、勝手に言ってるだけだから」
「でも、ぼく、せいじゅう、じゃない。……ただの、トカゲ」
「うん、知ってる。私にとっては、ただの、うちのティルだよ」
その言葉に、ティルは、へへ、と照れくさそうに笑った。
崇められるより、その一言のほうが、この子にはずっと嬉しいらしい。……わかる。私も、聖女様なんて呼ばれるより、「美味しかった」の一言のほうが、百倍嬉しい。
もっとも、ティルの「聖獣様」扱いには、思わぬ余波もあった。
崇拝者の一人が、「聖獣様の鱗には、きっとご利益がある」と言い出したのだ。すると、抜け落ちたティルの鱗を「お守りに、ぜひ!」と譲ってほしがる者が、現れ始めた。
……ちょっと待ってほしい。あの鱗は、うちの大事な調理器具だ。落とし蓋であり、鍋敷きであり、保温具だ。売り物にする気は、さらさらない。
「すみません。あの鱗は、非売品です」
私がきっぱり断ると、崇拝者たちは「なんと、欲のない……!」と、また勝手に感動していた。
もう、何を言っても良い方向に解釈される。私は、聖女という役から、どうやっても降りられないらしい。……解せぬ。
噂を聞きつけて、身なりのいい商人が、私を勧誘に来たこともあった。
「聖女様。どうです、私の店で専属の料理人に。破格の給金をお約束しますよ。あなたほどの腕、こんな路地裏で腐らせるのは、もったいない」
破格の給金。専属。……つまり、毎日、決まった時間に、決まった場所で、たくさんの料理を作り続ける、ということだ。
私は、間髪入れず答えた。
「お断りします」
「なっ……ど、どうして。給金なら、もっと――」
「お金の問題じゃないんです。私、働きたくないので」
商人は、ぽかんと口を開けた。「働きたくない」という言葉が、まるで異国の言葉みたいに通じていない顔だ。
でも、これが私の、譲れない一線だった。
私は、誰かに雇われて、ノルマを課されて、決まった量をこなし続ける。そういう働き方で、前世、死んだのだ。二度と、ごめんだ。私は、私の作りたいものを、作りたいときに、作りたいぶんだけ作る。それだけがいい。
「私は、気が向いたときに、余ったものでスープを煮る。それが、いちばん幸せなんです。だから、ごめんなさい」
商人はしばらく食い下がったが、やがて諦めて帰っていった。「変わったお嬢さんだ」と、首をひねりながら。
変わっている、でけっこう。私は、私の静かで気ままな暮らしを、何より大事にしたいのだから。
もっとも、中には面白いお客もいた。
ある日、身なりのいい若い貴族が、供を連れてやってきた。「聖女の飯とやらが、そんなに美味いものか、私が確かめてやろう」と、いかにも偉そうに。彼は、椅子もないのに供の者に椅子を運ばせ、優雅に腰かけて、スープを注文した。
「ふん。しょせん、庶民の食べ物だろう。私の舌が満足するとは――」
ひと口すすって、彼は黙った。
二口目をすすって、目を見開いた。
三口目からは、もうなりふり構わず、貴族らしからぬ勢いで器を傾けていた。供の者が「わ、若様、はしたのうございます」と慌てるのも、お構いなしに。
完食して、彼はしばらく放心していた。それから、ぽつりと言った。
「……なんだ、これは。うちのお抱え料理長の、どんな高級料理より……美味い、ではないか」
「お粗末さまでした」
「き、貴様、これを毎日、こんな路地で……ええい、明日も来る! 毎日、来るからな!」
顔を真っ赤にして、そう言い捨てて、貴族は帰っていった。
……なんだか、可愛い人だな、と思った。偉そうにしていても、美味しいものを前にすると素直になる。人間、みんな、そんなものだ。身分も、種族も、関係ない。あたたかくて美味しいものの前では、誰もが、ただの、腹を空かせた一人になる。
それが料理の、いちばんいいところだと、私は思う。
……その行列が、やがて一人の痩せた老人を、私のところへ連れてくる。




