幕間 第三夜(後編) 私が選んだ、穏やかな夜
夜。あたたかい夕食を囲みながら。
私は、大きくなった手で、おたまを握って、みんなの器にスープをよそった。
……小さな手だった頃は、重い鍋も、大きなおたまも、扱いにくかった。でも、今は、すいすいと料理ができる。体が大きくなるのも、こういうときは、便利だ。
「レン、なにか、かんがえてる?」
ティルが、私の顔を覗き込む。
「ううん。……ただ、思ってたの。私、見た目は、どんどん変わっていくけど。……この、あたたかい食卓を囲む気持ちだけは、ぜんぜん変わらないなあ、って」
「かわらない?」
「うん。……小さい体のときも、大人の体になっても。私の、いちばん大事な願いは、ずっと同じ。『痛いのも苦労するのも嫌だから、お家で美味しいごはんを作って、静かに暮らしたい』。……その根っこは、何も変わらないの」
ティルは、こくこく、と頷いて、それから、にっこり笑った。
「うん。……ぼくも。レンが、おおきくなっても、ちいさくても。レンの、ごはんが、だいすき」
その言葉に、私は、胸があたたかくなった。
◇
その夜。ティルとヒノが寝静まったあと。
私は、もう一度、鏡の前に立ってみた。
大人びた、鏡の中の私。……前世の私と、少しずつ顔立ちが似てきている気もする。あの、疲れ果てて死んだ、社畜の私。
でも――鏡の中の、この目は。あの頃の私とは、違った。
あの頃の私の目は、いつも死んでいた。疲れて、乾いて、何の希望もなかった。……でも、今の、この目は、ちゃんと生きている。あたたかい光が、宿っている。
ティルと、ヒノと、街のみんなと出会って。あたたかい食卓を手に入れて。私の目は、ようやく、"生きている人間の目"に戻ったのだ。
見た目が大人になっていくのは、ちょっと不便で、ちょっと照れくさい。……でも、こうして、あたたかい暮らしの中で育っていけるなら、悪くない。むしろ、こんなに幸せな成長は、前世では考えられなかった。
見た目は、大人になっていく。でも、心は、この、あたたかい食卓と一緒に、ゆっくり、ゆっくり、"いい味"に。……そう、発酵していけばいい。
◇
窓の外の星空を、見上げる。私が選んだ、穏やかな夜。
……いつか、私が完全に大人になる頃、私は、どんな暮らしをしているんだろう。ティルは、ヒノは、どんなふうに育っているんだろう。街のみんなとは、まだ、笑い合えているんだろうか。……そして、あの、時渡り羊の"懐かしい味"には、たどり着けているんだろうか。
わからないことは、たくさんある。少し、不安もある。
でも――ひとつだけ、確かなことがある。
私の見た目がどれだけ変わっても。大人になっても。この、あたたかい食卓を囲む気持ちだけは、ずっと、変わらない。
私は、そう思いながら、あたたかいスープをひと口すすった。今夜も、ちゃんと美味しかった。それだけで、十分、幸せな一日だった。
――変わっていくもの。変わらないもの。その両方を抱えながら、私は、この地の底で、少しずつ大人になっていく。
もっとも。この"成長"が、遠い未来、思いもよらない形で、物語の大きな鍵になることを。このときの私は、まだ、知らなかったのだけれど。
見た目は少女、中身は元社畜。少しずつ育っていく体と、自分で選んだ穏やかな夜。
★次回は「幕間 第四夜」。“懐かしい味”を、探しに行きます。 次回もどうぞ、あたたかくお過ごしください。




