第四十話 「黒の海」
空が裂けていた。
世界中で。
銀色へ変わり始めた空の奥から、
巨大な黒い亀裂が広がっていく。
黒域深層。
その最奥。
“黒い本体”が目を開いていた。
『解放を継続』
声。
だが。
白域中枢とは違う。
もっと原始的だった。
もっと深い。
まるで。
世界そのものが抱えていた“死”の意思。
黒いノイズが空から降る。
触れた建物が崩壊する。
存在情報が解けていく。
東京湾沿岸。
いや。
世界規模だ。
都市が少しずつ黒へ侵食されている。
「黒域暴走……!」
紗那が震える声を漏らす。
白域は崩壊した。
だが。
均衡を失った黒域中枢が、
今度は単独で世界を飲み込もうとしている。
黒瀬が侵食痕を押さえる。
「来るぞ……!」
その瞬間。
塔内部へ黒い海が流れ込んできた。
液体みたいなノイズ。
無数の声。
絶望。
孤独。
死への恐怖。
全部が混ざっている。
ユナが苦しそうに震える。
「いや……!」
「ユナ!」
銀色の光が黒を押し返す。
だが。
弱い。
第三位相だけでは、
暴走した黒域を止めきれない。
『白は誤りだった』
黒域中枢の声。
『固定は停滞』
黒い海が脈動する。
『故に全てを解放する』
「違う!」
俺は叫ぶ。
「解放は救いじゃない!」
その瞬間。
黒域中枢がこちらを見る。
世界そのものみたいな巨大存在。
理解できない圧力。
『神代玲司』
侵食痕が焼ける。
『お前は知っている』
十四年前。
東京相位崩落事件。
黒域。
崩壊する都市。
死。
絶望。
俺の中へ、
あの時の記憶が流れ込む。
『人間はいずれ壊れる』
黒域中枢の声。
『ならば最初から解き放てばいい』
黒い海が広がる。
存在境界が消えていく。
個人が溶ける。
死すら曖昧になる。
それは。
究極の虚無だった。
「……違う」
俺はユナの手を握る。
温かい。
まだここにいる。
「人間は壊れる」
認める。
苦しむ。
迷う。
間違える。
でも。
「それでも、
誰かがいるから立ち上がれる」
銀色の光が脈動する。
第三位相。
人類位相。
その瞬間。
黒い海の中から、
一つの映像が浮かんだ。
幼い黒瀬真琴。
崩壊した街。
泣いている少年。
『全部消えてしまえば楽なのに』
黒域は。
人間の絶望から生まれていた。
黒瀬が震える。
「やめろ……」
黒域中枢が脈動する。
『黒は人類自身』
沈黙。
白も。
黒も。
結局は人間だった。
完全を求めた白。
絶望から逃れようとした黒。
その両方を抱えているのが、
人類そのもの。
ユナが涙を浮かべる。
「玲司……
助けたい」
「ああ」
銀色の光が広がる。
黒い海へ触れる。
その瞬間。
無数の絶望の中へ、
一つの感情が流れ込んだ。
“誰かを求める想い”。
黒い海が、
初めて揺れた。




